非日常的な昼休み
どうも、安藤奈津です。
私は今、なぜか見知らぬ男子3人に拉致されています。
昼休みに廊下を歩いていた私は突然この3人組に捕まり、めったに使われていない音楽準備室へ連れてこられた。
そして何をするのかと思えば、3人でコソコソ話しあっている。
放置されて、はや10分。
なんだこれ。私ここにいる意味あんのか。
もはや私がここにいること忘れてんじゃないだろうか。
ていうか、あんたたち誰?っていう。
「ど~する~?あいつ気付いてないんじゃないの~?」
「さっきメールしといたんだけどな」
「もっかいメールしとけばぁ?」
「せっかくだからなっちゃんと遊んでよ~かな……って、ちょっとちょっと!どこ行くの~!?」
3人の後ろを普通に通り越して部屋を出ようとしていた私を、3人の中の一人が捕まえる。
「教室へ戻りたいんで離してもらえますか?」
「だめだめ~!なっちゃんに帰られちゃったら困る~」
私の腕を自分の腕に絡ませるこの男。
やたら語尾をのばす口調が馴れ馴れしいこの人物は、明るい茶髪にかわいらしい顔をしている。子犬っぽい感じだ。
「なっちゃんてもしかして私の事ですか?そんな風に呼ばれる覚えないんですけども」
「なっちゃんはなっちゃんだもん~」
なにこの人。話が通じてない。
「まぁまぁ。とりあえずココ座って座って」
ゆるいパーマ頭のやたらニコニコした男が、私の肩を押して元の場所へ戻そうとしてくる。
「もうすぐ昼休み終わっちゃうんで帰りたいんですけど」
「だいじょぶだいじょぶ」
だいじょぶ。じゃねーよ。
ニコニコしてるくせに有無を言わせない感じを醸し出すこの男。なんだその甘い笑みは。槇原の天然爽やかスマイルとは180度違う笑顔だ。察するに腹黒キャラと思われる。
こいつによって再び座らされてしまった私は、こうなったらとっとと用件を聞いてしまおうと開き直ることにした。
「あの、なんなんですか。私になにか用でもあるんですか?」
子犬と腹黒男は話にならなそうなので、もう一人の黒髪の無表情な男を見上げた。
「まあな」
そう言いながら携帯のカメラを私に向けてパシャっと音を鳴らした。
「もしかして今、写真撮りました?私のこと盗撮しました?」
「本人の目の前で撮ったから盗撮じゃない」
「撮影の許可出してないので盗撮です」
「変なことに使うわけじゃないんだからいいじゃねーかよ」
「よくねーよ!目的が謎すぎてこえーよ!なにに使うんだ、そんな地味写真!」
あ、つい口が悪くなってしまった。
この人達のマイペースな感じが、あのまぶしい生き物とすこぶる似てるせいだろうか。
……あ、そっか。さっきからなんかイラつくと思ってたら、槇原と一緒にいるような感覚になるからだ。よく考えてみれば一方的に拉致されたうえに馴れ馴れしくされてるんだから、こっちだって敬語使う必要ないよな。
開き直った私を見て、腹黒男が声をあげて笑った。
「なんだ腹黒野郎。なに笑ってんだ」
「腹黒~?」
子犬が目をパチクリさせた。そして、腹をかかえて大爆笑しだした。
「なっちゃんすご~い!こいつに腹黒なんて言った女の子初めてだよ~!」
「たしかに。普通気付かねーもんな」
無表情男もわずかに驚いている様子だ。
突然、肩にぐぐぐっと強い力がのしかかってきた。同時に黒いオーラも。
「だれが腹黒だってぇ?」
「ちょ、痛い痛い!」
ニコニコしてそんなことしてくる時点で腹黒確実じゃねーか!
「いだだだだ!」
だれか助けてえ!私の肩がつぶされるぅ!
音楽室にリコーダー忘れた男子とか、偶然に通りかかってくれえ!
ガラッ
準備室の扉が開いた。
「きたぁ、リコーダー男子!ありがとう!……って、お前かよ!」
待ち望んだ救世主は、私がこの学校で一番会いたくないアノ男であった。
「お前ら、なにしてんだよ!」
この際お前でもいい。とにかくこの怪しい3人組から助け出してくれ。
「おせーんだよお前」
「ほんとほんと、遅すぎ!」
「あ、タクミもう来ちゃったの~?もうちょっとなっちゃんと遊びたかったのに~」
え?
どゆこと?まさかの知り合い?つーかグル?
「槇原ぁ!お前どーゆーつもりだ!私を拉致するなんて!」
「ちょ、違いますよ!てか現状よくわかんないんですけど!いきなりこんなメールが送られてきたから、あわてて来たんですよ!」
槇原が差し出してきた携帯の画面を見た。
そこには、肩や腕を押さえつけられて不機嫌な顔をした私の写真と、『女は預かった。音楽準備室にて待つ』という文章が。
「あ、さっきの盗撮写真!」
「だから盗撮じゃねーって」
「うっさい!」
キーキー怒りだした私をなだめるように、子犬と腹黒野郎が肩や腕をさすってきた。
すると槇原が近寄ってきて二人の頭をゴチンと殴った。そして二人の手をパッと払い落として私を背中に隠した。
「さわんなよ」
「あ、嫉妬してる~」
「ウケる、あはは」
槇原を指差して笑い転げる二人の男。なんだこいつら、すんごくバカっぽい。
「ナツ先輩になにしたんだ?」
「別に何も」
無表情男がしれっとしてそう言ったので私は槇原の背中から顔を出して睨んだ。
「こいつらにいきなり拉致された!肩ぐぐぐってやられた!」
「こらこら、それは自分が悪いんだよ?」
腹黒野郎がにこっと笑った。黒いオーラで。
あまりに黒かったので、さっと槇原の背中に顔を引っこめることにした。
「お前ら、なんでこんなことしたんだよ?」
「そうだ!いいかげん目的を言え!」
槇原に便乗して、再び顔を出す。
「なんでって……タクミの為にひと肌ぬいでやろうと思っただけだよ~」
「そーだそーだ。携帯ごときでお前がウジウジしてっからさぁ」
「学校じゃ逃げられるっていうから、わざわざここまで連れてきてやったんだろーが」
「……お前ら……!」
事情が呑み込めずポカンとする私を放置して、槇原は3人と握手を交わしだした。
「待て待て、結局どゆこと?」
拉致しといて2回も放置するとか、いいかげんにしろ。
槇原と無表情男の握手をチョップでぶったぎってやった。
槇原の背中から出てきた私の目の前に、腹黒野郎の手のひらが差し出された。
「はいはい、携帯出してぇ」
「携帯?」
なんだいきなり。
事の展開についていけずに眉をしかめる。
「タクミがさ~、なっちゃんが携帯教えてくれないって落ち込んでるんだよね~。お願いだから教えてあげてくれない~?」
「……まさかそんなことの為に拉致したわけ?」
「一応あんたの為に場所移動してやったつもりなんだけど。別にこっちはあんたの教室乗り込ん……」
「拉致してくださって感謝します」
無表情男に頭を下げる私。
「はい、ゲットゲットー」
なんとまあ。
いつのまにやらスカートのポケットに忍ばせていた携帯が抜き取られて、腹黒野郎の手のひらに収まっているではないか。
「ナツ先輩のうそつき……」
槇原がしゅんとしてうなだれた。
どうやら以前、携帯もってないって嘘をついたことを根に持っているようだ。
くっそー、なんで嘘だってバレたんだ。
面倒くさいから教えたくなかったのに。
「ね~?いいでしょ?教えてあげて~?」
「や……」
「ムリムリ、もう交換しちゃった」
やだって言おうとしたのに!なに勝手に操作してんだ、この腹黒野郎!
「……ナツ先輩。怒ってますか?」
「あたりまえだコノ野郎。この短時間の間にどれだけストレス抱えたと思ってんだ。どいつもこいつも槇原にそっくりでマイペースかつ強引すぎだろうが。あと、敬語つかえ敬語。後輩らしさが無さすぎんだよあんたたち。それとさ、5時間目の授業始まっちゃったじゃん。遅刻とかしたことないんですけど。途中から教室入る勇気とかないんですけど」
「なっちゃん、タクミに携帯知られたことに怒ってんじゃないの~?」
「ちげーよお前ら3人にだよ!携帯なんてもはやどうでもいいわ!」
「やったねタクミ~!なっちゃんの携帯あっさりゲット~!」
「そこの子犬、特にお前だ。なっちゃんとか言うな。安藤先輩と呼べ」
「むり~。いまさら呼び方変えらんない~」
「……いまさら?初めましてのはずだけど」
「実際に会うのは初めてだけどよ。いつもあんたの話聞かされてっから、こっちにしてみりゃずっと前から知ってんだよ」
「そうそう。廊下で逃げていく様子とかたまに見かけるし」
なんですと。
そういや以前、廊下でバカみたいに笑い転げてるところに遭遇したことがあった。
あんときの奴らか!
「お前なにベラベラしゃべってんだぁ!お前との関係知られたら困るんだよ!こちとら必死に地味ライフ死守しようと頑張ってんだぞ!」
「地味ライフ?なんですかそれ?」
「お前には縁のない世界のことだよ!」
「なっちゃ~ん。タクミ僕らにしか話してないよ~?」
「よくわかんないけど、あんたタクミと知り合いだってこと隠したいんだろ?他の奴らは気付いてねーから安心しろ」
そうか。
とりあえず女子に知られてなくて良かった。ホッと胸をなでおろす。
「なっちゃんいつも逃げちゃうからさ~、僕たちも話してみたかったんだ~」
「そうそう。タクミがハマってる女の子気になってたんだよねぇ」
「女の子言うな。先輩と呼べって言ってるだろうが」
「なっちゃん面白くて俺も気にいっちゃった~!仲良くしようね!」
「話をきけ。そして敬語つかえとさっきも言ったはずだ」
うざい。
本当にうざい。
なんか槇原のほうがまだマシな気もしてきた。
よく見ると槇原ほどまぶしくはないが、この3人もなかなかのお顔をお持ちだ。
完全に勝ち組系統の人種だろうな。
この4人。さぞや目立つのでしょうな。
「あんたら全員、校内で私に話しかけないように!」
「分かりました。でもナツ先輩がメール無視したら話しかけます」
ちくしょう。
無視する気まんまんだったのバレてた。
……やっぱり携帯知られたのまずかったみたいだ。
がっくりとうなだれながら音楽準備室を出る私に、追い打ちをかけてくる槇原。
「あとでメールしますね~」
ああ、面倒くさいことが増えてしまった……。
人気のない廊下をとぼとぼと歩きながら、私は深いため息をついたのでした。
……そういえば、授業中に携帯をいじってると隣の席の山中君の視線を感じるんだよなぁ。
なんでだろ?