新しいあだ名ができました
私は今、大きな木の陰に隠れています。
先日家の前で待ち伏せしていた槇原も、今の私と同じぐらいコソコソしていたのではと思われます。
まあでもここは学校な訳だし、女生徒がゴミ箱持って裏庭にいたって怪しくはないだろう。というか焼却炉行くにはココ通るしかない訳だし、いたって自然なはずだ。
そう、私はゴミを捨てに行きたいのだ。
とっとと掃除当番を終わらせて帰りたいのだ。
だから頼む。
早く告白しちゃってください、一年生のお嬢さん。
「あの、だから、その……私……」
恥ずかしいのかなんなのか、ずっとモゴモゴしてかれこれ10分だ。
邪魔したら悪いと思って終わるの待ってるんです、私。
もうひとつ気を利かせてこの場を去るべきなのだろうが、いまさら木の陰から飛び出したら逆に目立つ気がして動けなくなってしまった。
自信もってドーンと早く告白しちゃってください!
お願いします。私いいかげん帰りたいです。
「えっと、篠原さん?俺そろそろ時間が……」
コイツ告白され慣れてる感じまんまんですな。
おモテになりますね。さすがまぶしい人は違いますね。
「……ま、槇原くん!私を彼女にしてください!」
お、ついに!よく言った!
さあ槇原。
早く承諾しておやりなさい。
「ごめん。俺セボンヌに夢中で忙しいから篠原さんとはつきあえない」
「え、セボ……?」
「うん。セボンヌ。ね、ナツ先輩?」
ぎゃぁぁぁ!
バレてた!覗き見してたの気づかれてた!
にこにこ顔の槇原が近づいてきて、木の陰からずるりと引き出された。
「申し訳ございません!告白現場に遭遇してしまってすみません!私はただゴミを!ゴミを捨てに行きたかっただけなんです!」
お嬢さんに土下座をする勢いの私を、槇原がなぜか後ろから羽交い絞めしてくる。
やめろぉ!
こんなときに悪ふざけするな!
「……あなたがセボンヌ、さん?」
お嬢さん!
セボンヌって、人の名前じゃねーですよ!
私のどこにセボンヌの要素がありますか!?
どこの国かよくわかんねーけど、そんな外人風の名前を持ってるように見えますか!?
「槇原君、この人だれ?」
「セボンヌのナツ先輩」
え、なにそれ。
セボンヌのってなにそれ。
「槇原くん、このセボンヌさんに夢中なの……?」
ナツ先輩って紹介したじゃん。そこ無視してセボンヌさんにしちゃうの?
「んー」
んー、じゃない。
きちんと説明しなさい。
『セボンヌ安藤という喫茶店でバイトをすることに夢中なんです』って言いなさい。
羽交い絞めして遊んでる場合じゃねーんだよ。つか苦しいからやめろ。
ほら誤解しちゃってる気配するよ。
なんかワナワナふるえてるよ。
そしてお嬢さんは密着する私たちを見て、瞳をうるうるさせた。
あ、やばい。
時すでに遅し。
大きな瞳からポロポロと涙があふれた。
あぁぁ、泣かせてしまった。
槇原が100%悪いと思うけど、でも私も彼女を泣かせた原因であることは事実だ。
「お嬢さん泣かないでください。そもそもこんなやつ好きになったのが間違ってますよ。こいつはね、うっとうしくてしつこい男なんです。いや、悪い奴でないことは認めますけどね。あと顔がいい事も認めますけどね。こんなのと付き合っても面倒なだけですよ。そしてハッキリ言いますが、私とこいつはほとんど無関係といってもおかしくない感じの浅い仲です。だからどうか学校の皆に変な噂流したりしないでください。お願いします。目立ちたくないんです。マジで」
「ちょっと、ひどいじゃないですか」
腹に肘鉄をくらわせると案外簡単に自由になれた。
うずくまる槇原を無視して、私はお嬢さんにハンカチを差し出した。
お嬢さんは驚いた表情をしたけど、受け取ってくれた。
「ありがとうございます、セボンヌさん。……私、本当の事言います。実は槇原君のこと本気で好きってわけじゃないんです」
「は?」
「私、明日から転校するんです。池ノ森学園に」
「池ノ森……って男子校じゃなかったでしたっけ?」
「はい。というのも私の双子の兄が失踪したんです。それで兄の代わりに男装して通えって親に言われて……。『共学最後の思い出づくりに彼氏ほしいなー、できれば超かっこいい彼氏』って思って、やけくそで告白してみただけなんです。ちなみに泣いてしまったのは二人がじゃれあっている姿を見てたら、昔よく兄とプロレスごっこしたのを思いだしてしまって。そしたらまた兄への怒りが蘇って、つい涙が出てしまいました」
え……そんな理由で泣いてたんですか、あなた。
ていうか兄が失踪って結構深刻じゃね?
んでもってなに、そのドラマみたいな話。
イケメンパラダイスフラグ立ってんじゃん。絶対に転校してから逆ハーレム状態になるでしょ。むしろそこで超かっこいい彼氏できると思うよ。
「ですから槇原くんのことはもういいです。セボンヌさんにお譲りします」
「譲られても困ります」
譲るも何も振られてましたよねアナタ。
なんか最初のイメージと変わってきたな、このお嬢さん。
「では私はこれで。明日の転校に備えて髪を切りにいかないといけないので」
うわー。
切り替え早い。
あぜんとしたままスタスタと去っていく彼女の後ろ姿を見送った。
いつのまにやら槇原が復活していて、にこにこしながら私の前に立った。
「なにか?」
「譲られてしまったので。これから俺はナツ先輩の所有物となりました。なにとぞよろしくお願いします」
「いらんわ。他の人の所有物になれ」
「え~いやです~」
こっちもいやです。
全力で拒否させて頂きます。