時には乙女のように
本日のセボンヌ安藤。
それはもう忙しいのなんのって。
土曜日だもの、学校ないしね。
うちの王子様フルでバイト入ってますしね。
「あの!コーヒー追加くださいっ!」
「わ、私も!」
各テーブルから次々と手があがる。
お客様方、それ何杯目ですか?腹大丈夫ですか?
槇原と話するきっかけづくりの行為だ、ということは言うまでもないね。
奴は忙しそうに店内を動き回っているが、私はそんな光景を他人事のように眺めている。
すまん。可哀想だとは思うが、君目当てなのだから仕方がないのだよ。
槇原目当てで通い詰めている人がけっこういて、すっかり顔なじみになってしまった。
といっても、私なんて見えてもいないだろうから一方的な顔なじみだけれども。
ちなみに学校の人には槇原がここでバイトしてることはバレてない。
槇原に必死に(それはもう必死に)口止めしたのを、律儀に守ってくれているらしい。
万が一、うちの制服着てる人が入ってきたら速攻隠れるつもりでいる。
そのための逃げ道はすでに確認済みだ。
ちなみに説明すると、カウンター裏の下らへんをコソコソ這いながら裏口へ抜けて我が家へ一直線コースである。
「はぁ、今日もプリンスは素敵ねぇ」
私の近くにいるお客さんから、ため息混じりの独り言が聞こえてきました。
私は貴方に問いたい。
あれでも素敵に見えるんですか?
間抜け面にしか見えないのは私だけですか?
あごにでっかいバンソウコウ貼っていても、イケメンはイケメンってか。
昨夜兄ちゃんにボコられた証も、奴のまぶしさを軽減させることはできないってか。
ちっ。
昨日は結局兄ちゃんの部屋の床で寝たらしい。
ボコった後にブランケットをかけてやる兄。
アメとムチですな。
ツンとデレですな。
こちとら妙に目が冴えちゃったもんで明け方まで冬ソナの続き見てたっていうのに、奴は非常にすっきりした様子で起きてきやがった。
そして遠慮というものを知らないようで、朝ごはんおかわりしまくってた。
腹立つわー。
この目の下のクマ、誰のせいだと思ってんだこの野郎。
「ナツ、ちょっと出かけてくるから店頼んだよ」
「はーい。おじいさん行ってらっしゃい」
まぁ、槇原さえいりゃ店回るから。
ていうか私いなくてもいいんじゃねーの。
なんて思って、カウンターの後ろでこっそりマンガ読んでた。
けっこうガッツリ読んだ。
うん、やっぱ最高!ガラスの仮面!
途中けっこう間あいてるからな~、絵変わってるけど仕方ないやね。
私はアレだな、まばたき禁止の人形役らへんの話が好きだわ。
でもムリっしょ。いくらなんでもまばたきせずにはいられないっしょ。
人間だもの。
ガラスの仮面最新刊を読み終わって、ふと顔をあげた。
ん?
槇原が困った顔してる。
相手してるのって……常連の女の子だ。つまり槇原の追っかけ。
なにか話してるけどよく聞こえないなぁ。
さりげなく近寄ってみよう。
「バイト終わるまで待ってるから!いいでしょう?」
「いやぁ、ちょっと……」
「毎回そう言うじゃん!今日こそは絶対デートしてもらうからね」
「すみませんけど……」
「じゃあ、いつなら行けるの?」
うわ~
痛いなぁ、あの人。肉食女子ってすげえな。
どう見ても槇原嫌がってんじゃん。
店のお客さんだから気を使って強く断れないんだろうな。
「もう!こうなったら今日終わるまで居続けてやるから」
「営業妨害なんですけど。そんでもってコイツ嫌がってるんで、これ以上しつこくするの止めてください」
「はぁ!?」
しまった……。
つい口を挟んでしまった。
「あんた、今なんて言った?」
怒ってる怒ってる。やっちまったなー私。
いやぁ、でもさ。好きじゃないんだよねああいうの。イラッとしちゃったんだよね。
「店員のくせになんて失礼な態度なわけ!?私は客よ?こんなしょぼい店に来てやってるだけありがたいと思いなさいよ。槇原君がいなきゃ誰がこんな店来るもんですか」
カチン。
うん。久しぶりに本気でカチンときた。
きっと私の全身から、ぶわっと冷ややかな空気が流れ出た事だろう。
いや、落ち着け。落ち着くんだ私。
ムカついたけど、ムカついてない演技をするんだ。
ガラスの仮面をかぶりなさい、ナツ。
はい!月影先生、私がんばります!
「もしかしてあんたも槇原君のこと狙ってるわけ?ブスはひっこんでてよ。槇原君、変な虫が調子乗る前にバイト辞めたほうがいいんじゃない?」
パリーン。
ガラスの仮面、割れました。
すみません月影先生。あっけなく割っちまいました。
「そっちのほうがよっぽど調子のっ……」
「ナツ先輩、かわいいですけど」
おいコラ、槇原!
しゃべってる途中でしょうがっ!言葉かぶせるんじゃないよ!
……ん?今、なんつった?
「……え?槇原、くん?」
いけすかない女が目ん玉を丸くして槇原を凝視する。
というか店内の全てが槇原に注目している。私もだ。
槇原はひょうひょうとした態度で腕を組んだ。
「さっきナツ先輩のことブスって言いましたけど、俺から見たらかわいいですよ?あなたとは比較できないぐらい」
……店内が凍りついたような気がする。
「ちょ、なっ!あんた……なに、言っ!んがっ、舌かんだ!」
「こういうところも」
はぁ!?
なに言ってんのコイツ!?
「この店とナツ先輩のこと、バカにするのはやめてください。俺はそういう人は好きになりません」
いつもニコニコしてる槇原が、いつになく真顔だ。
へぇ、こんな顔できるんだ。
ぼうっと槇原を眺めていたら、いけすかない女が目に涙をためて飛び出していった。
「あぁっ!食い逃げ!」
「俺が払います。お客さん一人減らしちゃったお詫びに……。すみませんでした」
ペコリと頭を下げる槇原。
なんで。
なんであんたが頭を下げるの。
「い、いいよ!あんたが払う必要なんてない!」
「いや、俺が怒らせちゃいましたから」
「もとはといえば私が怒らせたんだもん」
「俺の言った言葉が決定打だと思いますけど」
……まあ、そうかもね。
「……じゃ、お支払いお願いしマス」
突然くるっときびすを返してカウンターの中に引っ込んだ私の後を、槇原がついてくる。
「ナツ先輩?」
背後から私の顔を覗き込もうとしてくるので、サッとよける。
そしてカウンターの中にしゃがみこんでやった。
そしたら奴もしゃがみこんできて、また覗きこもうとするので更によける。
それを何度か繰り返してたら、槇原がクスクス笑いだした。
「ナツ先輩、耳まっ赤ですけど。かわいいって言われたの思いだして照れてるんですか?」
「て、照れてない!」
一段と顔に熱がたまっていくのを感じる。
私、照れるとかそういうガラじゃないのに。
だけど、しょうがない。
人間だもの。
たまには照れる事だってありますよ。
「あはは、ほんとかわいい」
くっそぅ、からかって遊んでやがる。
「ただいま。ん?二人ともこんなとこで何してるんだい?」
おじいさんが帰ってきた。
その隙をついて私は脱走した。捨て台詞をはきながら。
「今日うち来るなよ!絶対、英語教えたりしないかんね!」
事前に逃げ道を確認しておいて良かった、と心から思った私でした。
~後日~
「ナツ先輩!見てください!」
「31点……」
「ギリギリ赤点まぬがれました!ナツ先輩が裏切ったから、どうなるとかと思いましたけどね」
「自分の力でなんとかなったじゃん。二度と私に家庭教師なんか頼まないように」
「次は来週の数学対策お願いします」
「話を聞け!」