真夜中の攻防
槇原くん、君はいま何時か分かっていますか。
深夜2時です。
私の特等席であるテレビのまん前を陣取ったあげくに、愛用のクッションを一人占めしてベッドに寄りかかっている槇原。
それに対して居場所のない私は、ベッドの上に身を小さくして座っている。
むかついたから枕を投げつけてみた。
「お前もう帰れよ!」
「え~今いいとこなんですけど。それに勉強まだしてないですよ?」
「あんたが悪いんじゃん!冬ソナのDVD-BOX勝手に引っ張り出してきて見始めたあんたが悪いんじゃん!」
「まさかナツ先輩の部屋に冬ソナがあるなんてねぇ。見るしかないでしょう」
「別に韓流好きな訳じゃないし。もらい泣きとかしたことないし」
「出た、ツンデレ」
え、今のツンデレなの?
使い方あってる、それ?
あのさ、私9時から見たいドラマあるって言ったよね。
せっかく8時にはお風呂入って準備万端にしたのに、あんたテレビ独占し続けたよね。
そんでもって、英語の勉強はどうした?
お前ぜんっぜん勉強してないじゃん!
ずっと冬ソナ見っぱなしじゃん!
そりゃさ、冬ソナは最高だよ。
見だしたら止まらないのも分かるよ。
しかも今おまえが見てるとこ超いいとこだよね。
サンヒョクの顔むくみっぱなしなのが気になるけども、泣けちゃうとこだよね。
「もう夜も遅いんでこのまま泊っちゃいます」
それ、こっち側が気を使って言うセリフなんですけど。
「もー、帰れよ!眠いんだよ私は!冬ソナ貸してやっから!」
「牛の刻参りに出くわしたらどうしてくれるんですか?三脚を頭にのせてわら人形もってる人に追いかけられたらどうしてくれるんですか?」
うん、それは怖い。
深夜2時だもんね。怖いよね。
なんか想像してみたら体が震えた。
「ちょうど明日バイトなんでここから行くほうが楽ですし。そんでもって英語は明日のバイトの後でよろしくお願いします~」
「え、なに?明日もうち来るつもり?勘弁してよ。ていうか泊まるの許可してないんですけど」
「牛の刻…」
「だぁっ!もう分かったよ。勝手にしろ。リビングのソファーにブランケットあるからそれで寝て。私はもう寝る!」
「はい、おやすみなさい」
もうダメだ。諦めよう。
冬ソナに魅了された今のこいつを止めることは難しい。
なにより私の眠気がもう限界だ。
布団にもぐって目を閉じた。
『ユジナー、ユジナー!』
『ミニョシー!』
…………冬ソナうるせー!
「ちょっと、私もう寝るって言ってんじゃん。うるさいんですけど」
「あ、ごめんなさい。音下げますね」
「ちげーよ!リビング行けって言ってんだよ!」
「一階で店長寝てるんですよね?起こしちゃいませんか?」
「私は起こしてもいいってのか」
でもまあ確かに、おじいさんに迷惑かけるのはいけない。
音に敏感だから起こしてしまう可能性は十分ある。
「んじゃ兄ちゃんの部屋にでも行って。どうせいないだろうから勝手に使っても平気だと思う」
「ふざけんな」
え?なに今の。
まさか槇原?いやさすがにこんなこと言う奴じゃない。
声のしたほうを見てみると、なんと兄がドアに寄りかかってDSをしているではないか。
「え、兄ちゃん何してんの」
「別に」
「ハルさん、けっこう前からそこにいましたよ」
マジでか。
こえーよ、なにしてんだよ。
「見張らなくても、手出したりしませんよぅ」
「別にそんなんじゃねーよ」
あたりまえだ!私なんかに手出そうと思うわけないじゃんか!
「つーかなんで兄ちゃん家にいんの?いつもいないくせに、なんで今日に限っていんの?不良なんだから出かければいいじゃん。そんで部屋貸してよ」
「不良言うな」
「俺はナツ先輩のベッドで寝るんで大丈夫ですよ」
「おぃぃ!何言ってんの?なんで私のベッドをお前が使うの?そして私にどうしろと!?床か?私なんか床に転がってろとでも言うつもりか?」
「こうすればいいじゃないですか」
そう言って槇原はするりと私の横へ転がってきた。
しかもきちんと布団の中へ入って。
え、なにこれ。
添い寝?これって添い寝ってやつ?
妙に背中があったかいんですけど。そんでもってなんか二本の腕が腹にまわってきたんですけど。
「ナツ先輩、固まっちゃってる?」
槇原が耳元でなんか言ったけど、ちょっと今ムリ。
こんな展開マンガとかで見たことあるけど、自分ちょっとムリ。
「おい」
はっと我に返ると、いつのまにやら兄が槇原をずるりと引きずっていた。
どうやら自分の部屋へ連行するようだ。
ありがとう兄ちゃん。
さっきはこえーとか思ってごめんよ。
「兄ちゃん。そいつボコっちゃって」
親指をたてて了解の合図をする兄。
そして私も親指をぐっとたてた。
槇原、グッドラック。
よくある少女漫画的ハプニング要素など、私の人生には無関係なのである。
お兄ちゃんは地味にシスコンなのです