遭遇
なんということでしょう。
今朝気を引き締めたばかりだというのに。
一日の授業を終えて、さっそうと帰ろうとしていたところを槇原に捕まってしまった。しかも校門の前という、かなり危険な場所で。
「おいコラ、離せ」
「ナツ先輩、今日こそは一緒に帰れますね」
人の話を聞いちゃいない槇原は、それはそれはまぶしい笑顔を向けてくる。
がっちりと私の腕を掴みながら。
ちくしょう。
もし今日も放課後迎えに来たら嫌だなと思って、担任の話が終わったと同時に飛び出してきたっていうのに逆にそれがアダとなったようだ。
6時間目が体育の授業だったらしい奴と、下駄箱でばったりとはち合わせてしまうとは思わなんだ。しかも校門まで追いかけてくるとは。
何が一番腹立つって、あずき色のダサいジャージを着こなしているあたりだ。
こんな今時珍しい芋ジャージが似合うのなんて、私ぐらいなのに!
「着替えてくるんで、ちょっと待っててください」
「いやだね」
「だったら俺のクラスまで一緒に来てください」
「なにその冗談。笑えない」
「もー!俺にジャージで帰れって言うんですか?」
「手を離せって言ってんだよ!ついでに一緒に帰るという選択肢を捨ててくれと言いたい」
「じゃ、俺のクラス行きましょうか」
「待てえぇ!なにが『じゃ、』だ!」
私の腕を掴みながら強引に教室へ行こうとする奴に対して、足をふんばって抵抗する。さっきからチラチラ人に見られてるのが気になってしょうがない。
これだから嫌なんだ。
まぶしい人間と一緒にいると、校門にいるだけでも目立ってしまう。
放課後の校門なのだから、これからあっという間に人も増えるだろう。
こうなったら奴の気をそらして、隙を見て逃げよう。
「ナツ先輩、おとなしくついてきてくださいよ」
「やだ」
「すぐ着替え終わりますから〜」
「やだ」
「こう見えても俺着替えめちゃめちゃ早いんすよ」
「やだ」
「ナツ先輩?」
「やだ」
「ちょっと、生返事してるでしょ!」
あ、奴の気をそらす方法を考えてたせいで生返事してたのバレた。
ぶうっと頬を膨らまして拗ねる槇原。くそ!
イケメンてやつは、なんでもサマにしやがる!
ふくれっつらを味方にできる男なんて小学校低学年までだぞ!
腹立つわ、本当に。
「とりあえず腕離してみようか」
「やだ」
「一瞬でいいからさ」
「やだ」
「オイ」
「やだ」
「『やだ』返しすんな!さっきの生返事のこと根にもってんな、お前!」
なにコイツ。子供か!
「もー!なんでそんなに一緒に帰りたがるかなあ?」
「だって、同じとこ行くんだから別々に帰るほうが不自然ですよ」
むしろあんたと私が一緒に歩いてる事のほうが不自然ですから。
「それにせっかく知り合ったんだからナツ先輩ともっと仲良くなりたいですもん!それにはまず、じっくり話しながら下校するのが一番ですよ」
はい、出ました。
人懐っこさ120%!
うんまぁ、悪い奴じゃないってことは分かってる。
むしろ、こんな地味な私と仲良くなりたいと言ってくれるなんて良い奴だ。
しかし申し訳ないが、まぶしい人種である君とは仲良くなれない。
私の願いは、静かに地味ライフ送りたいということなのだよ。
君と関わったら、まわりの人の好奇な視線にさらされてしまうのだよ。
例えば「何あいつ。地味女のくせに身の程知らず!」的な女子の怖い視線とかね!
さらに言えば、なにげにうざいところ(&しつこいところ)も仲良くなれない原因だ。
私はイケメンっぷりを見せつけられるとイラっとする性質だ。世の中の女子とはまったく方向性のちがう女子なのである。
「分かった、分かったよ。待ってるから。だから離して?腕痛いんだよ」
後半、多少演技してみた。
すると槇原はごめんなさいと言いながら力を緩めた。
今だ!
体育でも見せたことのないスタートダッシュを決めてやった。
なにやら奴が「あー!」とか言ってる声が聞こえたが、逃げたもん勝ちだ。
後で何か言われるだろうなと思いつつも、とりあえず良しとする。
……ちなみにその後。
喫茶店でのバイト中、ずっと文句を言われ続けました。やっぱりうざい。