動きだす
視点もどります
「安藤、最近やたら急いで帰るけどどうした?」
担任の話を聞き流しながら帰り支度をすすめていると、隣の席の山中君がこそこそと話しかけてきた。
「別に。どうもしないですが」
山中君の相手をしている暇などない。顔も見ずに返事をすると、前の席の高橋さんがニヤニヤしながら振り向いた。
「あんた知らないの?安藤さん彼氏と待ち合わせしてんのよ」
「いや、あれはただの幼なじみです」
「毎日一緒に帰ってんの知ってるんだからね」
「マジで?奏太と!?だって、まき……」
カッ
いま絶対、私の目からビーム出た。
その名を出したら殺す。
そんな私の気持ちはちゃんと山中君に届いたようだ。
彼はぐっと喉を詰まらせながら口を閉じた。
ちょうど担任の話が終わったので、私は急いで立ち上がる。
「今度、彼氏紹介してね」
「違いますって。まいいや、とにかく私帰りますから。高橋さんさよなら」
「バイバーイ」
「俺は無視かよ!」
帰ろうとしている私のカバンを引っ張って邪魔をしてきやがる。
なんなんだ、一体。
なんで今日はこんなに絡んでくるんだ。
しばし無言でカバンをとりあう二人。
ちょっともう。こんなことしてる場合じゃないんだって。
私早く帰りたいんだって。
アイツに会わないようにしてるんだから。
もう一週間近く避けてるのに、見かけない日はない。
見たくないのに、勝手に視界に入ってくる。
これだからまぶしい人は嫌いなんだ。
「ナツ先輩」
ああくそ、幻聴まで聞こえてきた。
脳にまで侵食してくるなんて、いい加減にしろ。
「ちょっ、もう!はなしてください!」
懇親の力を振り絞ったら、同じタイミングで山中くんが力を抜いた。
まさかのタイミングだ。
まじか。
体のバランス失うっつーの。後ろにひっくりかえるっつーの。
この勢いで体勢を戻すことなどできるわけがない。
尻もちですむか?いや、これは近くの机や椅子を巻き込みながら頭からいくパターンと見た。
瞬時にそう判断し、思わずギュッと目をつぶった。
ポスッ
あれ、なんだこの音。
そしてなんだ?この背中にあたる感触は。
尻もちどころか倒れてすらいない。
痛いところもないぞ。
状況が判断できずに、しばし目をつぶったままでいる私。
なんだ、なにが起こった?
「ナツ先輩」
ぞわ。
体が一気に震える。
どうして。
ここは教室。なんでここにいる?
幻聴じゃなかったのか?
恐る恐る目を開けて、ああヤバい。
そう思った。
視界に入るほとんどのクラスメイトが、きょとんとした顔で私を見ている。
違う。私ではない。
その後ろにいる男を、だ。
「つかまえた」
槇原はそう言って、私の耳にちゅっと音をたてた。
瞬間。
キャアーー!!というクラスメイトたちの叫び声。
「なっ…………!」
思わず槇原をつきとばして、触れられた耳を手のひらで隠した。
なのにすぐにその手を奪われて、ぐっと引き寄せられる。
ああ。
まぶしい。
一週間ぶりにちゃんと見るその顔は、やっぱりまぶしくてまぶしくてまともに視線を合わせられない。
今すぐにこの手を振りほどけ。そして早く逃げろ。
そう思っているのにどうしてなんだろう。
体がいうことを聞かない。腕も足もまともに力が入らない。
だからこんなに簡単に抱きしめられちゃうんだ。ぎゅってされちゃってるんだ。
周りが騒ぐのもお構いなしに、槙原が私を抱きすくめて口を開く。
「ナツ先輩、こないだのこと……」
「ちょ、待て!いきなり何を言い出すつもりだ!」
反射的に槇原の顎に頭突きをかます。
なかなかいい音がして槇原はしばし悶絶していが、それでも私を離しはしない。
こんな注目されてる中であの時のことを話すなんて。
バカかこいつは。ありえない。
「いきなりじゃないです。俺はずっと話したかった。一週間も逃げてたナツ先輩が悪い」
ぐっと言葉に詰まる。
ダメだ。
さすがにもう逃げられない。
覚悟を決めて向き合うしかない。
「わかった。もう逃げない」
「ほんとに?」
「本当。あんたの話もちゃんと聞く。だからせめて場所変えて」
視線が痛いよ。
羞恥で周りを見ることもできない。
ここから連れ出してよ。あんたのせいで力が入らないんだから。
「お願い」
初めてまともに視線を合わせた。
懇願の意を込めてじっと槇原の目を見つめていると、槙原が先に目をそらした。
そして私の手を引いて槙原が走り出す。
またもやキャー!と歓声があがった気がしたが、今はそれどころじゃない。
槇原の触れている手が、槇原の触れた耳が。熱くて熱くて仕方がない。