不機嫌な男
「奏太君、よかったら夕飯食べていきなさい。奈津、春に帰ってくるように連絡してくれるかい?」
私の小さい頃の話とかでおじいさんと奏太はすっかり意気投合してしまったようである。
最後のお客さんを送り出すまで待っていた奏太と、コーヒーを飲んで一息つくことにした。
「奏太、砂糖とミルクは入れる?」
「砂糖3つで」
「そういやあんた甘党だったね。いつか糖尿病になるんじゃない?」
「なちだって昔は甘いもんよく食ってたじゃん。俺のおやつの大福横取りしたり、俺の誕生日ケーキの生クリームだけごっそり持ってったり」
「その記憶力、怖えーよ」
「そっちが記憶力なさすぎなんだよ。俺の事も忘れてたぐらいだし」
「まだ言うか。このやろう」
「二人は本当に仲良しだったんだね」
おじいさんがニコニコしながら私達を眺めている。
「はいはい、砂糖どうぞー」
私と奏太の間に槇原がにょきっと現れコーヒーにどぼどぼ砂糖を落とすと、アツアツの液体が奏太の手に跳ねた。
「あっちぃ!ちょ、マッキー熱い!」
「ああ、かなやんごめんね」
とても謝っているとは思えないふて腐れた態度である。
そう。
槇原はひどくぶーたれているのだ。
そしてその原因は、なにをかくそう私である。
奏太と再会して一緒に帰ってしまったせいで、槇原との下校の約束をすっぽかしてしまったのだ。
公園でまちぼうけをくらった槇原は、それはもう不機嫌だった。
私に何度電話しても出ないので(カバンに入れっぱなしで気付かなかった)、とりあえずバイトに来てみればのんきに談笑しているのだからそりゃ怒るわな。
「槇原、いい加減機嫌なおしてよ。すっぽかして悪かったってば」
もう何度言ったか分からないセリフをもう一度言うと、槇原はじとーっとした目線を向けてきた。
「……ナツ先輩のとんちんかん」
「は!?」
「悪魔」
槇原はなんとも微妙な悪口を残して、ぷいっと顔を背けたかと思うとカウンターの奥へひっこんでしまった。
「なにあれ。むかつくわー、悪魔ってなんだよ!」
私までぷりぷりと怒りだすと、それを見ていた奏太が急に笑いだした。
「なるほどねー」
「なにが」
「いやいや。てかさ、マッキーにちゃんと俺達のこと説明した?」
「え?だってあんたたち同じクラスじゃん。いまさら説明とかいらないでしょ」
「それは紹介だろ。俺たちが幼馴染だってことちゃんと話してないんじゃない?」
「話してないけど。それがどうかした?」
「んー。誤解してるせいでマッキー機嫌悪いんだと思うけど」
「誤解ってなにさ」
「……なちって本当にとんちんかん。マッキーあんなに分かりやすいのに、まったく気付いてないんだな」
「奏太までとんちんかんって言うな!」
奏太にのしかかって首をしめてやると、奏太が大きな声で
「わー、なちに襲われるー!助けてー!」
と叫んだ。
すると槇原がカウンターの向こうからすっ飛んできて、私の腕やらお腹やらをすっぽり囲うように、背後からぎゅうっと固めてきた。
なにやらぎゅうぎゅうに締め付けられて槇原の体に密着状態だ。
「おい!そんなぎっちり拘束すんな!苦しい!なにも本気で首絞めてたわけじゃないから!」
息も絶え絶えの状態でなんとか背後に顔を向けると、槇原の整った顔がすぐ近くにあってびっくりした。至近距離で視線がぶつかって、一瞬で体中に震えが走った。
「俺以外の男を襲うなんて許しません」
ぞわ。
例のやつがまた私の体を支配した。
「かなやん!ナツ先輩とヨリ戻すとか言わないよね?」
ぞわに支配されて脱力中の私の体を一層ぎゅうっと締め付けて、槇原はそう言った。
「ヨリ戻すってなんだヨリって!」
「ぷっ」
つっこむ私と、噴き出す奏太。
「ほら。やっぱり誤解してた。マッキーあのさぁ、俺達ただの幼馴染だから」
「な、なんちゅー誤解してんだお前!彼氏なんかいたことあるわけないだろ!」
それから。
私達の関係をちゃんと説明してやると(家庭の事情は省いたけど)、ようやく槇原の機嫌が直ったようだった。
公園でまちぼうけくらったことに怒ってたんじゃないのか。
うーむ。まぶしい人の思考はよくわからん。
とりあえず機嫌は直ったらしいので、さっきからずっと思っていたことを言おうと思う。
「そろそろ私を解放してくれまいか。技きめられて苦しいんだけど」
「はー。今日は本当に嫉妬で狂うかと思った。かなやんがナツ先輩の元カレだって思いこんじゃったもん」
「おい、話を聞け」
「ナツ先輩のファーストキスとかいろんな初めてなこと、かなやんにとられちゃったのかと思ったらもう……」
「あ、ごめん。なちのファーストキス、昔もらっちゃった。てへ」
「「…………え?」」
なにやら、新たな波乱の幕開けです。