波乱の予感?
「ちょっと、どういうことですかコレ」
衣替えの時期もとうに過ぎて涼しくなり始めた、とある日の昼休み。
私は山中君に背中を押されながら1年の教室が並ぶ廊下を歩いていた。でっかい世界地図を抱えながら。
「やまもっちゃんに次のクラスに運んどけって言われてさー」
「私関係ないじゃないですか!」
「まーまー。いいじゃないの」
「なんだか怖いんですけど。これから向かう先が怖くてたまらないんですけども」
「だいじょーぶだって」
「絶対槇原のクラスでしょう!山中君おもしろがってるでしょう!」
「ばれたか」
「いやホント勘弁してください。この校内で一番近づいてはいけない場所なんです!」
いくら学校では話しかけるなと言い聞かせてあったとしても、うっかり話しかけてくる可能性だってなくはないのだ。特に怖いのは3バカだ。夏休みの間、ことごとく誘いを断りまくったのだ。腹いせに嫌がらせしてきてもおかしくない。
私の抵抗もむなしく、ついに目的のクラスへ到着してしまった。
なんとか一歩も動かないように足を踏ん張っていたものの、山中君もなかなか手ごわい。ぐいぐいと私を教室の中へ入れようと押してくる。
「いつまでもこうしててもしょうがないだろ」
「私はここにいますから、山中君が行ってきてくださ…ぃよ!」
負けた。
山中君に力技で押し切られてしまった。
『ぃよっ』っという威勢のいい掛け声とともに突然乱入してきた見知らぬ女を、このクラスの住人達はどう思ったのだろう。
「…………」
シーン。
教室の中は静まりかえり、私は全生徒の注目を浴びていた。
気まずい。恥ずかしい。山中、許すまじ。
誰もが戸惑って身動きが取れない中、山中君が背後から私の抱えている世界地図を指差した。
「あー、と。これやまもっちゃんに頼まれたんだけど。誰かどっか置いといて」
声震えてますよ。笑いこらえてんのバレバレですよ。
誰のせいでこうなったと思ってんですか。あとで覚えてろよ。
「はいはーい」
「預かりま~す」
「……ぃよ!って。恥ずかし」
……出た。やっぱり出た。
私は心の中で涙を流した。
にやにやしながら私達に歩み寄ってきたのは、3バカである。
そうだよね。こんな面白い状況であんたたちが出てこない訳ないよね。
私はとっさに目で殺した。
≪変なことしたら後でシメるからな≫
威嚇しながら内心怯える私をよそに3人は愉しそうに笑っていた。
「わざわざどうもでした~」
おお、知らないフリをしてくれるのか。
よかった。本当によかった。
ありがとう子犬ちゃん。君には後でこっそりチョコをあげよう。
「今日の日直だれだっけー?あ、タクミか!」
てめー腹黒!わざとらしく呼ばなくていいだろ別に!
お前は逆にチョコ没収だ!
来なくていい。来るな。
先に目で殺しておこうと思って、教室内の槇原の姿を探す。
いた。ていうか探すまでもない。
明らかに目立っている場所に奴はいた。
いかにも学校充実してます的な人達に囲まれていた。そこらへん一帯が実に華やかである。
クラスの中心。学校の人気者。まさに勝ち組そのもの。
分かっちゃいたけど、私とはまったく縁のない世界の住人なんだなぁ。
まぶしい人気者と私の様な地味女。なんて不釣り合いなんだろう。
ふと、私に向かって満面の笑顔を浮かべている槇原と目が合った。
あわてて先手必勝で睨みを利かすと、槇原は身を乗り出そうとしていた体をびくりと止めた。
ぐぐっと動きを堪えた槇原の様子にほっとする私。
ふー、あぶないあぶない。
目で殺すのがあと少し遅かったら、たぶんあいつ駆け寄ってきてた。
まったく……。普段あんなに言い聞かせてるのに。
念のためもう一度目で殺しておくとしよう。
なにやら太ももをつねっている槇原に、再び殺気を送ろうとしたその時。
「なち……?」
はて。
一体どなたでしょうか。
窓側一番後ろの席(羨ましすぎる)から、声をかけてきた男の子。
私のことじーっと見つめてる。
ザ・普通。どこにでもいそうな普通の男の子だ。
うーむ。誰だっけ。
だがしかし、あのまなざしを受けて「誰?」とも言えない。
なんとか思いだそうと頭をフル回転している私に向かって、彼はドタバタと走り寄ってきた。彼は私の両手をぎゅっと掴んで、爆弾を落とした。
「なち!俺の事捨てやがって!俺はあんな別れ方、全然納得してないからな!」
…………核爆弾、投下されてしまいました。
頭が真っ白になった私の視界に映ったのは、恐ろしいほど眉間にしわを寄せた槇原の表情でした。
ようやく動きだしそうな気配へたどり着きました。