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地味女、心を入れ替える

夏休みも残すところ1週間。

私は毎日バイトもしくは家でぐうたらという生活をくり返していた。

そして、何故か槇原もうちでぐうたらするようになった。

疲れた~とか言いながらさりげなくうちで夜ご飯を食べ、さりげなく遅くまでぐうたらし、牛の刻やら口裂け女がなんたらかんたらと言っては泊っていく。

おじいさんによると、槇原が週5ペースで働いているため今月の売り上げはなかなかのもんらしい。安藤家の生計をたてているのはハッキリ言って槇原だ。

そんな大黒柱サマを邪険に扱うわけにもいかず、なんやかんやと食と住まいを提供しているわけである。


「槇原、なに食べたい?」


冷蔵庫を覗きこみながら、リビングでだらだらテレビを見ている槇原に問いかけた。

おじいさんは近所の木村さん家で呑むと言って出掛けたから、今日は二人分で済む。

奴はきゃんきゃん尻尾をふりながらキッチンへ飛び込んでくる。


「カレー!」

「えー、今じゃがいも無い」


しゅん、と耳を垂らす槇原。

まるでワンコ……。


パアン!


私は自分で自分の頬を打った。

すっかり愛玩動物化しちゃってるじゃねーか!しっかりしろナツ!

最近とんと『ぞわ』のほうの槇原を見かけないからって、なに馴染んでんだ!

我が家にいて当たり前みたいな空気になってんぞ。普通に夕飯のメニュー聞いちゃったし。


「ナツ先輩?ほっぺた赤くなってますけど…」


槇原の手が伸びてきた。

私はそれをすっと避けて、財布とエコバッグを手にした。


「じゃがいも買ってくる」

「あ、じゃあ俺も行きます」

「えーいいよ。サクッと買ってくっから」

「ヒマなんで」

「だったら、そのまま家帰ったらいいんじゃない?」

「あー、なんか疲れてやっぱり動けないや」


槇原は急にふらふらとソファに倒れ込んだ。なんだこいつ。

まあいいや。ほっといて買い物行こう。


「じゃー、留守番頼んだよー」


近くのスーパーまで歩いて5分。

時間的には夕方と夜の境目だけど外はわりとまだ明るい。

沈みかけの太陽を見ながら歩いていると、なぜか槇原のことが頭に浮かぶ。

太陽みたいに明るい奴だもんなーあいつ。


不思議なことに槇原がうちに泊まるようになってから、家の中が明るくなった気がする。

ご飯を作ればうまいうまいとおかわりしまくって大騒ぎだし、あのテレビ面白いから一緒に見ようとか言って強制しては一人でバカみたいに笑い転げてる。

うちは3人家族だけど兄ちゃんなんかほとんどいないしおじいさんも早く寝てしまう為、夜になると家の中はシーンと静まり返っているのが日常だった。

けれど最近は槇原という話し相手がいる。夜遅くまで一緒にテレビ見たりしているうちにそれが心地よくなってしまった。うっかりテレビの前で朝まで一緒に寝こんでしまったときの、となりで眠る槇原の体温に心がホカホカしてしまったことすらある。

とはいえこの居心地の良さに慣れてしまうのが怖いので、たまに自分の頬を叩いて目を覚まさせるようにしている。


バーベキューで今までの己の行動を反省した私は、とりあえず夏休みの間は逃げたり怒ったりせずに向き合ってみようと決めたのだ。家の中なら人の目も気にならないし。学校が始まったらさすがに地味ライフ死守するけどね。

そんでまあ『逃げない・怒らない・逆ギレしない』をモットーにしてみたところ、気付いたことがある。


――――槇原って、かわいいかもしれない。


人懐こくて愛嬌があって素直で優しい。飼い主に懐いてるワンコに見える時もしばしば。

(ちなみに3バカの子犬ちゃんは小型犬で、こっちは大型犬のほう)

あの性格だったら男からも女からも人気があって当然だ。

今まで私が一方的にピリピリして逃げまくってたから気付かなかったんだと思う。

嫌なのは槇原を取り囲む周りの目であって、槇原自身が嫌いなわけじゃなかった。

きちんと向き合ってみればこのとうり。私も槇原マジックにかかってしまった。

どう言っていいかよく分からないんだけど、なんか喜ぶことをしてあげたくなる感じ?

ほら、今だって槇原が好きなジュースをかごに入れてる。

カレー作るためにわざわざじゃがいも買いに出かけてるし。

めんどくさがりの私らしくない。

でも、こんな私も結構きらいじゃない。




「え?なにこの状況?」


買い物を終えて家に帰ると、家の電気が消えていた。

槇原帰ったのか?と思いながらキッチンへ足を踏み入れると、キッチンのすみっこのほうがぼうっと明るく光っていて槇原と兄が座りこんでいた。

そんなわけで先ほどのセリフである。


「あぁ、ナツせんぱい~」


槇原が助けてといった様子で私を呼ぶと、兄がその頭をバコンと叩いた。


「さっさとしろ」

「うぅ」


なんだ。なにやってんだ。

兄の背後から覗きこんだところ、どうやら槇原は何かを書かされているらしい。

薄暗くてよく見えない。

つーか、なんでわざわざ電気消してロウソクつけてんだ?


「ちょ、兄ちゃん。なにしてんの?」

「尋問」


でた!尋問!

前回は未遂で終わったが、ついに兄の尋問の餌食にされてしまったようだ。


「なんでわざわざロウソク出して、そんなすみっこで…」

「雰囲気が大事だからな」


あほらし。

私はパチッと電気をつけて、ロウソクを吹き消した。


「おい」

「火事になったらどうすんだよ」


一睨みすると、兄はぐっと黙った。


「なに書かされてたわけ?」

「念書です」


槇原の手から紙を奪い取ると、『ナツ先輩の部屋に立ち入らないことを約束します。槇原工』と書かれていた。


「ああ、これは大事だわ」

「そんなぁ」

「まーでも兄ちゃんもさ。わざわざこんなもん書かせなくたっていいでしょーに」

「ふん」

「ふんじゃねーよ。夕飯つくんねーぞ」

「…………」


あ、黙った。

珍しく帰って来たと思ったら、うちで夕飯食べる気だ。連絡しろよ。カレーだからよかったものの。つか前に帰って来た時もカレーだったけどいいのかな?まいっか。


「今から作るから、それまで仲良くテレビでも見てなー」


二人をキッチンから放り出してカレー作り開始だ。

野菜切ったり煮込んだりしながらチラチラ確認したところ、特に尋問は再開されていないようだ。


「あ、そうだ。槇原コレあげる」


さっき買ったジュースを持ってリビングへ行くと、槇原の顔にまぶしさ100%のスマイルが。

あ、喜んだ。


と思った矢先。

兄がジュースをかっぱらって一気に飲み干した。


「ああー!なにするんですかハルさん!」

「うるせー」

「兄ちゃん、そのジュース嫌いじゃなかったっけ?」

「嫌いだ」

「なんで飲んだんだよ」

「うるせー」


あーあ、出たよ意味不明。いくら身内といえども理解不能だ。


「ちょっとハルさん!シスコンも大概にしてくださいよ」

「え?兄ちゃんてシスコンなの?」

「ちげーよ!」


あっという間に取っ組み合いの喧嘩が始まった。

たかがジュースぐらいで…。

ま、ゴロゴロその辺転がってる程度だし放っておくか。そろそろカレーもできあがる頃だし。


ふんふんと鼻歌を歌いながらサラダ作ってカレー盛り付けてからリビングへ戻ると、案の定槇原がボコられていた。まーそうだろうね。喧嘩で兄ちゃんに勝てるわけないよね。なんせ不良だし。


「はいはい、そこまで。カレーできたよ」

「うぅ、ナツせんぱい~」

「情けない声出さない!自分からふっかけた喧嘩だろーが」

「ごもっともです」


しょんぼりした槇原を座らせて、3人でカレーを食べ始めた。

いやー、不思議だ。なにこのメンツ。


「兄ちゃんさー、なんでまたいきなり帰ってきたわけ?」

「自分の家に帰ってきちゃいけねーのかよ」

「そういうわけじゃないけどさ、いないほうが多いじゃん。どうせいつも不良仲間のとこで寝泊まりしてんでしょ?うちに帰ってくる理由なくない?なにも言わずいきなり帰ってこられてもご飯の用意困るし」

「ナツ先輩、地味にひどいことを…」

「うっせー。俺がいないのをいいことに男連れ込みやがって」

「いや、連れ込んだわけではないし。男っていうか犬みたいなもんだし。ていうかうちの大黒柱サマだし」

「犬?大黒柱?」


槇原が唖然としている。


「油断してんじゃねーよ。発情期の犬に喰われんぞ」

「…………はあ!?」


あまりにびっくりしたせいか、私は派手に椅子から転げ落ちた。


「やだなー。いきなりそんなことしませんよ」

「いきなりってなんだ、いきなりって」

「ちゃんと段階ふみますってー」

「ゆくゆくはそうするつもりだったって事じゃねーか」


はっはっはっと朗らかに笑う槇原と、鬼の形相で睨む兄。


「ちょ、待った待った。喰われるってなに?えっちなことするってこと?」

「オブラートに包めよ」

「ありえないありえない!やだなー変なこと言わないでよ、このクソ兄貴」


兄の背後に回ってギリギリと首をしめてやった。

余計なこと言ってんじゃねーよ。こんにゃろー。

それ系の話は『ぞわ』槇原出現に大きく関わる気がするんだよ。

せっかくほのぼのした関係を築き始めてたのによー。


ふと槇原と目があった。


ニコっ


むむ。なんだこの笑顔は。

『ぞわ』ではない。どちらかというと『ぞく』って感じ?

背中に悪寒が走った気がしたけど私は無かったことにした。


……なんとなく捕食者系統な気がしたので。


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