地味女、色々考える
「ひゃー、もうおなかいっぱいで動けない!」
たぽんたぽんになったお腹をパンっと叩いて、私は大きな石に体をあずけて寝っ転がった。
「そりゃーあんだけ食ったら動けなくもなるよねぇ」
「ひたすら肉食べてたもんね~、なっちゃん」
「食ってすぐ寝んなよ、一応女なんだろアンタ」
3バカがどん引きした視線を私に向けている。
「うるさいなー、だってバーベキューって肉食べまくる行事でしょ」
「野菜も食えよ。肉食べるだけじゃねーよ」
「てか食べることだけが目的じゃないから。バーベキューってのはね、女の子がてきぱきと動いて自分の家庭的なところを男に見せつけてアピールする場所なんだよ?なっちゃんはまったく手伝いもせず、食っちゃ寝した姿しか見せていないので完全にアウトです。ついでにタクミをパシリにしてジュース買いに行かせたのも減点かな」
「えーそうなの?なんか思ってたのと違うなぁ」
「なっちゃん真に受けないで~。バーベキューは皆でワイワイするのが目的なんだよ~」
「ワイワイって?具体的になにすんの?」
「え~?なにって言われても~……川に入ったりとか~?」
「川なら入ってるよ」
そう言って私は自分の足元を指差した。
大きな石に寝っ転がりながら足だけ川につけているのだ。
「そうじゃなくて……、こういうこと!」
突然腹黒男に抱え上げられた。
まさかのお姫様抱っこにぎょっとしていると、腹黒男が至近距離で甘い笑みを浮かべた。
うわ、この笑みうさんくせー!これは嫌な予感が……。
ニコニコ顔で帽子を取り上げられて、ひょいっと投げ捨てられた。
ドッバーン!
「ぐぼっ!」
川に落とされた!
少しどたばたしてからなんとか這いあがると、3バカが大笑いしていた。
「いきなり何すんだバカ!」
バカみたいに笑う腹黒に怒鳴ると、子犬ちゃんが私をひっぱりあげた。
「これがワイワイってことだよ~」
「全身ずぶぬれになっちゃったじゃんか!」
「すぐ乾くから大丈夫~」
「パンツまでぐしょぐしょだっつの!」
「女がパンツとか言うな」
「女じゃないもん。小僧だもん」
朝のやりとりを思い出して無表情男をじろりと睨んでやった。
「あれ?ナツ先輩?どうしたんですか、ずぶぬれで」
ジュースを抱えた槇原が、驚いた様子で走り寄ってきた。
そして首にかけていたタオルで私の顔やら頭やらを拭いてくれる。
「槇原!聞いてよ、川に落とされた!もう嫌だこいつら!」
思わず槇原にしがみついて訴えた。ほんと無意識的に。
ボトボトボト
「わっ、ちょっと何いきなり落としてんの!?」
槇原が抱えていたジュースを次々と落としたので、びっくりしてしがみついたまま顔を見上げた。
「顔赤いけど熱中症?」
槇原はぶんぶんと首を横に振った。
腹黒男がどこから出したのか笛をピっと吹いて、槇原と私を引きはがした。
「はいはい、なっちゃん離れたほうがいーよー」
「え、なに?」
「彼は今、己の欲望と闘っているのです。危険だから離れてようねー」
「普段逃げてばっかりなのに不意打ちで抱きつくとか、なかなかやるなアンタも」
「しかもそんなずぶ濡れで~」
そうか。ずぶ濡れで触ったから気持ち悪かったのか。これは申し訳ないことをした。
服が乾くまでおとなしくしていたほうがよさそうだ。
となれば、さっきの大きな岩で昼寝でもしてよう。
岩の上でごろりと寝転がって奴らの様子を見ると、3バカが槇原をからかって遊んでいる。
しばらくして何かを言われた槇原が怒って3バカを川に突き落とした。しかしながら腕を引っ張られて自分も落ちた。残念な奴だ。
なんか川の中でギャーギャーしている奴らを眺めながらゴロゴロしている今って、なんつーか平和ってかんじ?これがバーベキューのワイワイってやつか。
うん、なんか楽しいぞ今日。
川きれいだし満腹だし、ずぶ濡れだけど太陽ポカポカで気持ちいいし。
なんといっても周りに人がいないことが、この居心地の良さの8割を占めていると言ってもおかしくない。どこで見つけたのか知らないけど知る人ぞ知る穴場らしい。
ここでなら周りを気にしないで過ごしていられる。
考えてみれば、こんな風にのびのびと槇原と一緒に過ごしているなんて信じられない。
学校にしろ喫茶店にしろコイツはいつだって注目を浴びているから、私は目立つことを避けるために槇原から距離をとることばかり考えていた。そのせいか怒ったり冷たくしたりしてばっかりだったような…。
私ってひどい奴だ。自分の保身ばかりを考えて、槇原本人を見ようとしてなかった。
こうやって誰も見てないところでバカみたいに遊んでいる姿を見ていると、どこにでもいる普通の高校生じゃん。ただ異常にまぶしいってだけ。目立ってしまうのはアイツが望んでそうしてるわけではないのにね。
いろんな余計なこと取っ払って見てみると、槇原は非常にイイ奴だ。
私みたいな奴に怒られてもニコニコしてるし逆ギレしないし。さっきだってジュース買いに行ってくれたしタオルで拭いてくれたし。
うざくてしつこいって思ったこともあったけど、3バカのほうがよっぽどうざいから今はそうでもない。
……あれ?なんか私、案外槇原の事嫌いじゃないっぽい。ていうか今まで嫌ってたっけ?
いやいや、嫌ってんじゃなくて逃げてただけじゃない?
うーん。なんかよくわかんなくなってきた…。
「……んぱい。ナツ先輩!」
体を揺さぶられる感覚にゆっくり目を開けると、あたりはうす暗くなっていた。
「ん、もう夕方…?」
どうやらいつの間にか眠っていたみたいだ。
寝起きのせいか頭がぼうっとする。
自分の体を見ると服はすっかり乾いたらしい。
「あれ、あいつらは?」
「鉄板洗いに行ってます。俺はナツ先輩のおもり役で残りました」
「おもりって…、人を子供のように」
「子供みたいにぐっすり寝てましたよ、ナツ先輩」
槇原がニコニコした顔で私の隣に座った。
「人の寝顔見るなんて悪趣味」
「かわいかったんで、つい」
「…あんたねー、最近やたらかわいいかわいい言うのやめてよね」
「だってかわいいんですもん。しょうがないじゃないですか」
こいつは!しれっとそう言うこというのやめてくんないかな!
「……帽子!貸して!」
川に落とされるまでかぶっていた帽子は、いつのまにやら本人のもとに返っていた。
ムリヤリ槇原の頭から奪い取って深くかぶると、槇原がこっそり笑っているような気配がする。
くそー、別に照れてるわけじゃないからな!
「ナツ先輩。今日は楽しかったですか?」
「…うん」
「よかった!俺も楽しかったです!」
帽子のツバを少し上げて槇原を盗み見ると、満面の笑みを浮かべていた。
王子の100%スマイル、ハンパない。周りに華が咲いている気さえする。
いつもなら舌打ちもののイケメンぷりを見せつけられてるのに、不思議と今日はイラつかない。
それどころかこちらまでほわほわした気持ちにさせられる。
「……私さ、あんたのことそんなに嫌いじゃないよ?」
突然ぽつりとこぼれ落ちた言葉に、槇原が目をまん丸にした。
「いや、なんかいつもひどいことしてたかなーって思っ……」
きゅっと左手を握られた。驚いて槇原を見あげると真っ直ぐな視線に囚われた。
さっきまでの100%スマイルはどこいったんだ?なんでそんな真顔なの?
握られた左手がゆっくりと持ちあげられて、槇原の口元へ。
「今日はいつになく素直ですね。いつものツンデレも好きだけど、素直なナツ先輩もすごく……好き」
ひどく扇情的な視線を真っ直ぐ向けながら、私の左手にちゅっと口づけた。
「―――――ッ!」
脳みそが爆発した。心臓も、肺も血管も。
私の体にあるすべてのものが沸騰した。
顔が熱くてたまらなくて、槇原から目を離したいのに離せない。
どうして?なにこれ?
槇原がすっと近づいてくる気配がした。
頭も体もなにもかもぐらぐらして、訳がわからない感覚に襲われる。
「ちょ、な…、なにすんの!」
私の顔に影をつくるぐらいの距離で槇原がピタリと止まって、耳元で囁いた。
「あんまりかわいいことしないでください。こっちがもたない」
ぞわ。
今朝も感じたあの感覚にまた襲われた。
私はとっさに槇原を突き飛ばした。
「こっちのセリフだ、ボケ!」
「あ、いつものナツ先輩だ」
いつものニコニコ顔に戻った槇原から、バッと距離をとって立ちあがった私。
「私も鉄板洗ってくる!」
捨て台詞を残してその場を立ち去る。
早く。早く。
槇原に見られないところに行きたい。
でないと私、爆発しておかしくなりそう。
槇原が『ぞわ』なほうになると、私おかしくなる。
なにこれ、なにこれ。
その後3バカと合流した私は、顔が真っ赤だとひどくからかわれたのでした。
あまりにうざいからかいっぷりにキレた私は、もう二度と3バカとは一緒に出かけないと心に誓った。
夏休みのお話は『地味女、〇〇』シリーズで続きます。