地味女、戸惑う
暑い。すこぶる暑い。
ギラギラ照りつける太陽の下、私は額から流れる汗をぬぐった。
このままでは溶けてしまいそうなので、暑さをしのぐために近くにあった木の影へと逃げ込んだ。
汗が落ち着いてきたところで少し冷静になってあたりを見まわす。
ここは私の住んでいる地域から少し離れたさびれた町だ。
今日は電車で1時間以上かけてやってきたので、知り合いに会う可能性は低い。
ここ重要。
なぜならば、今日は例の目立つ軍団と行動を供にするから。
学校関係者に遭遇なんぞした日には一巻の終わりである。
そんな私の気持ちを考慮してくれたのか知らないが、待ち合わせ場所を聞いてホッとした。
久しぶりに周りの目を気にしないで過ごせそうだ。
現在の時刻、午前10時。
約束の時間だと言うのに誰一人いやしない。
あいつら、どういうつもりだ。
一人として時間を守る奴がいないとはどういうことだ。
少しイライラしながら靴紐を結び直していると、突然視界に誰かの足が映り込んだ。
「おはようございます!遅れちゃってごめんなさい」
むむ、この声は槇原。
「遅い!……ぐあっ!」
まぶしい!
文句を言おうと顔を上げたとたんに、太陽を背にしょった爽やかスマイルが飛び込んできた。
なんだコイツ、普段より50%増しでまぶしいじゃないか。
真夏の太陽ってすごいな。人を輝かせる威力ハンパない。
「ナツ先輩?怒っちゃいました?」
まぶしさのせいで目を細めた様子が、どうやらしかめ面にみえたらしい。
困り顔で慌てふためく槇原が不覚にも少しかわいらしく見えてしまった。
あまりにも慌てて私の機嫌をとろうとしてくるので、思わずくすっと笑うと槇原がハッと息をのんだ。
「ナツ先輩!もう一回!」
「は?」
「今の!今の顔もう一回やって!かわいい!」
「バッ……、やだよ!」
えらく興奮した様子で肩を激しくゆさぶってきたので、とっさに頭を殴って木の裏へ逃げた。
なにがかわいいだ!お世辞で機嫌取ろうなんて百年早いわ!
木の幹から少しだけ顔を出して睨みつけてやると、そんな私の様子を見ながらニヤニヤしている。
なにコイツ。あまりの暑さに頭がおかしくなったのではないだろうか。
なぜかじりじりと近づいてくるので、こちらもじりじりと後ずさる。
「……なぜ距離をつめる?」
私の問いには答えず、笑みを深める槇原。
ぞわ。
なにやら変な悪寒が走った。
「ちょ、なに?」
「そのおびえた感じ、たまらなくかわいいです」
ぞわぞわぞわ。
私の全身をかけめぐる危険信号。狼に狙われた羊のような感覚に襲われた。
「こっちくんな、捕食者!」
槇原が一瞬目をパチクリさせてから、口角をきゅっと持ち上げて微笑んだ。
「捕食者……なんだかいい響きですね。ぜひ捕食してみたいです」
それはそれは妖艶な笑みでした。
いつもの爽やかスマイルとは全く系統の違う、今まで生きてきた中で見たことのないジャンルです。
爽やかイケメンのくせにこんな表情もするなんて反則だ。
いつもは見せない新たな一面を見たような気がして、妙にそわそわする。
金縛りにあったような感覚になって固まっていると、あっという間に槇原に距離を詰められた。
「そんなにビクビクしなくても大丈夫ですよ。今日のところは何もしませんから」
槇原を見上げるといつもの爽やかスマイルに戻っていた。
発したセリフに疑問を感じつつも、なんとなく安心してホッと息をついた。
パシャ
………今、なんか音がしたんですけど。
うん。この音はあれだ。盗撮の音だ。ここ数カ月で何度この音を聞いたことか。
私はうんざりした顔を向けた。
案の定、そこには隣の木から顔だけ出してニヤニヤしている3バカの姿が。
「あんたらぁ!毎度毎度写メとるのやめんか!そして来てたなら早く声かけろ!」
「だってさぁ、いい感じにイチャついてたから声かけらんなくて」
「ほんとほんと~。二人の空気できあがちゃってたし~」
「イチャついてねーわ!」
「いやいや、コレ見てみろ」
無表情男が差し出してきた携帯を覗き込んだ。
そこに映っていたものは、今にも泣き出しそうな顔をした私を優しい笑みで見つめている槇原の姿だった。
なんじゃこりゃ!甘い!この写真、甘すぎる!
少女マンガでこんなシーン見たことあるぞ!
槇原の写真写りの良さったら尋常じゃないし。まさに王子。麗しの王子ここに現る。
ファンに見せたら鼻血だすんじゃねーかって程の素敵写真である。
かたや私はといえば、不本意にも王子にうっとりしているように見えるではないか。
写真だけ見たら完全に見つめあって二人の世界作っている。実際は全くそんな状況じゃなかったんですけどね!怯えてただけなのに、まさかのラブラブ写真ができあがっちまいましたよ。
「消せぇぇ!」
無表情男に飛びかかって携帯を奪おうとしたら、槇原にひょいっと抱え込まれた。
「それ、俺に送っといて」
「りょーかい」
「バッ……消せって!」
「さーさー、全員揃ったことだし行きましょー!」
槇原が私の手を引いて強引に歩きだす。
くそ。拘束された!これじゃ奴から携帯を奪えない。
もはや諦めるしかない。
……あんな偽ラブラブ写真、もしも誰かに見られたりしたら地味ライフ滅亡である。
とんでもない最終兵器を生み出してしまった。
槇原に手を引かれながらしょんぼりしていると、突然槇原が自分がかぶっていたキャップを私の頭にパサッとかぶせた。
「ちょ、なに?」
「これかぶってたら少しは涼しいでしょ?」
どうやら暑さにやられてしょんぼりしていると思ったようだ。
親切にしてもらっておいて悪いんだけど、むしろ未来への恐怖で寒いぐらいですが。
…って言おうと思ったけど、やめた。
だって槇原がいやに優しい顔で微笑んでくるから。純粋に私のこと気遣ってくれてるんだなって感じるから。いくら私だってこんな王子スマイル向けられたら何も言えなくなりますって。
ありがたく帽子は借りておくことにしよう。
帽子のツバがあれば、やたらまぶしい槇原の顔見ないで済むし。
「なんかー、タイトル『俺の女』って感じ?」
私の後ろを歩く腹黒男がぽつりとつぶやいた。
「は?」
「男物の帽子かぶって仲良く手をつないでいる様子に、タイトルつけてみました」
「変なタイトルつけんな!ちなみにこれは拘束されてるだけだから。タイトルつけるとするならば『囚われの宇宙人』てとこでしょ」
「ナツ先輩は宇宙人じゃないですよ」
「分かっとるわ!」
槇原をどついてギャイギャイ騒いでいると、無表情男がじーっと私を見ていた。
「なに?」
「タイトル、『ぼくのなつやすみ』でどうだ?」
まさかとは思うが、あの有名なゲームのことだろうか。
小学生の小僧が虫捕りしたりして夏休みを満喫するあのゲームのことだろうか。
「……何が決め手でそう思ったのか聞かせてほしい」
「パッと見、小僧じゃん」
あーやっぱり。絶対見た目で判断したと思ったわ!
「どこが小僧だ!私は女!」
「俺は今までユニクロのTシャツ短パンを着てきた女は見たことがない」
「ユニクロの何が悪い」
「ユニクロは責めてないしあんたがそれを着てようと別にどーでもいいんだけど、ひょろひょろ細いし色気はねーしでそんな格好してたら小僧にしか見えねーって話」
うぐぐ。言い返せない。
確かに女子力なんかないって自分でも分かってるけどさ、そんな真正面からズバリと言われると多少なりともグサッとくる。地味は地味なりに女のプライドというものを持ち合わせていたらしい。
あからさまにしょげた私を見るに見かねたのか、子犬ちゃんが突然声を張り上げた。
「じゃあさ~『ビーナス誕生』ってことで!」
「「「…………」」」
いたたまれない沈黙が流れた。
……いやいやいや、無理があるよ。お世辞丸出しじゃん。ムリヤリ真逆の事言うことによってむしろ浮き彫りになってるじゃん。
「イインジャナイ?」
「ソーダナ」
腹黒と無表情男が哀れな顔してこっち見てる。カタコトだよお前ら!
くっ。泣いてもいいですか。
危うく涙腺が緩むかと思われたその時、槇原が突然立ち止まったせいで背中に思いっきり顔をぶつけた。
「ぶへっ!」
変な声をあげた私の両手をぐっと掴んで、じっと覗きこんできた。
「ナツ先輩!俺はナツ先輩の事ちゃんと女として見てますから!色気はなくてもかわいいとこいっぱい知ってます!ストレートに褒められると照れちゃうところとか、無防備でスキだらけなのに男に免疫なくて全く気付いてないところとか!それに料理上手なことも知ってます!ナツ先輩のカレーは絶品でした!また俺の為に作ってください!」
じぃー。
真っ直ぐな視線を四方八方から浴びております。
真剣そのものである槇原。
そして面白そうに私を観察する3バカ。
……えっと、なんつーか。
…………すんごい恥ずかしいんですけど!
やばい、どうしたらいいかわからない。槇原の目みれない。
「あ、赤くなった」
「あはは、照れてる照れてる」
「なっちゃんかわい~」
固まる私をパシャパシャと撮りまくってる音が聞こえる。
「……あれはあんたの為に作ったカレーじゃないっつの!誰が作るかバカ!手離せ!」
掴まれた両手をブンっと振りほどいて、キャップのツバをぐいっとさげた。
槇原なんかこれで完全シャットアウトだ!
「なるほど。これが噂のツンデレ」
「顔隠したつもりなんだろーけど全然隠れてないんだけど。アホだなあいつ」
「なっちゃんかわい~」
「お前ら、ナツ先輩のこと好きになんなよ?」
「「「ならねーよ!」」」
槇原のくりだした羞恥プレーに戸惑いまくっている私には、奴らの会話なんか全く聞こえていないのでした。
「バーベキューは?」なんてツッコミが聞こえてきそうです。