夏休みのはじまり
ブー、ブー
私のエプロンのポケットに入っている携帯が震えている。
カウンターの裏に入ってからそれを開いて……閉めた。
画面に表示されている着信画面を見て、私はこめかみをおさえた。
槇原工という文字が、1か月ほど前から私の着信履歴を埋めている。
2日に一回は電話がかかってくるのだ。
ちゃんと出てやれば学校では無関係のそぶりをしてくれるので、面倒くせーと思いつつ頑張って出ていた。
だがしかし今日からは出ない。私はずっと前からそう決めていた。
だって、今日から夏休みだから。
学校生活におびえる必要がないから。
夏休み万歳!!
「なっちゃーん、ジュースおかわりぃ」
ガッツポーズしたその手を、すぐさまこめかみに戻した。
そうだった。
槇原の着信のせいで忘れてたけど敵はこっちにもいたんだった。
むしろこっちのほうが、もはや敵。
「あのねぇ!おかわりなんてないってさっきも言ったじゃん!」
「でもさっきはサービスしてくれたじゃ~ん」
「あんまりにもしつこくダダこねるからだろーが!あれきりだ!今後は追加しろ!」
「ちっ、ケチな女だな」
あーもう。ほんとやだ。血管切れそう。
せっかく夏休みになったってのに、なんでこいつらと顔あわせなきゃいけないんだ。
このうざい3人組と知り合ってからたった1カ月。されど1カ月。
ほんっとーにうざかった。
学校で話しかけてこないように厳重注意したら、こっそりと毎日変なことしてきやがる。休み時間に尾行されたり、下駄箱にプレゼントと書かれた変な石が入れてあったり、槇原のメールに変な写真つけて送ってきたり。
まだ槇原一人を相手してるほうがマシだった。ま、あいつは少しうざい程度で悪い奴ではないしね。
「あのさ、今日あいつバイトじゃないんだけど」
だから帰れという思いをこめて、3人組のテーブルの横に仁王立ちしてみた。
「知ってるよ~」
「じゃ何しに来たわけ?あんたたち」
「そりゃあ、なっちゃんに会いに」
腹黒男。妙な甘い笑みを向けるのを直ちにやめろ。
「なっちゃんの太ももゲットだぜぇ!」
パシャ
「はぁ!?なにしてんのあんた!」
いきなり腹黒男に太もも盗撮されたんですけど。
「だってさぁ、こんなに足出してんの初めて見たもん。記念として撮らないわけにいかないじゃん」
記念て何だ!
夏にショートパンツなんて当たり前だろうが!こちとら暑がりなんだよ!
私はポケットから携帯をとりだして、あの男に電話をかけた。
『ナツ先輩?初めて電話くれましたね!』
「あのさ、喫茶店にバカどもを回収しに来てくんない?」
『どうかしたんですか?』
「セクハラされた」
『……今すぐ向かいます』
妙に固い声を残して、奴は電話を切った。
「へぇ~、なっちゃんは困ったらタクミに頼るんだ~」
「普通、きらいな奴呼ばねぇよな」
「なっちゃんの王子様、早く来てくれるといいねぇ」
……妙にニヤニヤしているこの3バカを無性に殴りたいんですが。殴ってもいいですかね。
他のお客さんさえいなければとっくに殴ってるんだけどな!
心の中で殴る殴らないのあみだくじをしていると、喫茶店の扉がバーンと開いた。
「「「「はやっ!!」」」」
不本意ながら3バカと声をそろえてツッコんでしまった。
てゆーか、走ってきた様子なのに息乱れてないってどういうことだよ。真夏なのに汗かいてないってどういうことだよ。
さすがまぶしい人は体のつくりからして違うんですね。
汗にまみれた醜い姿など無縁なのですね。
そんなまぶしい生き物は扉をぶっこわす勢いで開けたのち、私に向かってツカツカと歩み寄って来た。
「ナツ先輩!一体なにされたんですか!?」
「ちょ……。お、落ち着……」
肩をガクブルガクブル揺さぶられて頭が前後に激しく動く。
「なにもしてねっての」
「そうだよ~失礼だな~。なっちゃんの足撮っただけだもん~」
「こんな程度でセクハラって言われてもねぇ」
「……足?」
槇原の視線が自然と私の太ももに移された。
「ちょっ、なにしてんですか!こんな短いもの履いて!」
なぜか叱られた。
そしてエプロンの裾をぐいぐい下へ引っ張られる。
「なにしてんだお前は!離せ!破れる!」
「あーあ、タクミが暴走した~」
無表情男が槇原の頭をぶったたくと、槇原はしぶしぶといった様子でエプロンから手を離して席へと座った。
「お前ら、写真よこせ」
「アホか!」
もう一人の変態に見られる前に、腹黒男の携帯を奪い取って私の写真を消してやった。
「ったく、なんのためにアンタ呼んだと思ってんのさ!」
ぶつぶつ文句を言うと、3バカがまたもやニヤニヤしてきた。
そんな中、落ち着きを取り戻した槇原がメニューを開きだした。
「なに頼もうかなー」
「え、まさか居座る気?回収して帰ってくれて構わないんだけど」
「俺、今日はお客さんですよ」
くっそー。
客と言われちゃ追い返す訳にはいかないじゃないか。
「とりあえずアイスコーヒーください」
「ちっ」
「なっちゃん、舌打ちじゃなくてさ。アレ言ってよアレ。かしこまりましたごしゅ……」
「メイド喫茶じゃねーよ」
「じゃあ、承知しましたのほうで」
「それ家政婦のミタじゃん。やんねーよ」
「じゃあ、家政婦は見たのほうで」
「私、おばさんデカ桜乙女派だから」
カウンターに戻って、しかたなくコーヒーをいれる。
あれ?今気付いたけど他のお客さん達がいなくなってる。さっきまでいたはずのおじいさんすらいない。ぐるりと店内を見回すと、ホワイトボードにメモを発見した。
『奈津へ。今日はもう閉店にするから、友達とゆっくり遊びの計画たてていいよ』
なんだ。いつのまにやら閉店にしてたのか。
まあ今日は槇原いないからほとんど客いなかったもんね。来ても常連のおじちゃんが2、3人てとこだったしな。
「あのさ、もう閉店だからコレ飲んだらとっとと帰ってくんない?」
「だめだめ~これからが本番なんだから~」
「は?何言ってんの子犬ちゃん」
じゃーん!という効果音がつきそうな勢いで目の前に雑誌を広げられた。
「なっちゃん!海いこ~よ!」
目の前に広がる、海特集のページ。
「今日から夏休みなんだから、パーっと遊び行こ~!」
「やだ」
即座に断ると、子犬はしゅんとうなだれた。
その頭に耳が見える気がするのは気のせいだろうか。
「じゃあさ、プール行こ」
子犬の手から雑誌を奪い取り、次のページのプール特集を見せてくる腹黒男。
「行かない」
「んじゃ、昆虫採集」
無表情男が次のページを開く。
「誰がするか!つか、それキャンプのページ!」
雑誌を奪い取って投げ捨ててやった。
「なんだよ。じゃ、どこ行きてんだよあんたは」
「どこも行く気ないんですけど」
「それじゃ新しい案考えないと~。なっちゃんはわがままなんだから~」
「ったく、めんどくせー女」
私の言葉は無視されたようだ。
頭を抱えている私の前に、またもやあの雑誌がずいっと差し出された。
腹黒、いつのまに拾ってたんだお前は。
「んじゃ、これはどう?」
「ん?バーベキュー?」
「肉。食べまくり」
「……する」
「「「えーーー!?」」」
私のまさかの賛成に残りの男どもが驚きの声をあげた。
……バーベキュー。実は私の密かな憧れなのである。
友達のいない私には縁のない行事だと思っていた。
こいつらを友達だとは思えないが、この際こいつらでもいいかと開き直ることにする。
「やった~!なっちゃんと遊べる~!」
「なんで昆虫はダメでバーベキューはいいんだよ。肉目当てか?卑しい女だな」
どうやら私の夏休み、えらいこっちゃになりそうな予感です。
3バカトリオの名前は今のところ出てくる予定はありません。ナツが覚える気まったくないので(笑)