第2シャッター
先に言っておきます。
俺はギャグセンス零です;
『ニャーオ、ニャーオ、ニャーオ、ニャーオ』
「ん・・・」
耳の中に響く、大音量の猫の鳴き声に、
私は目を覚ます。
身体を起こし、
一伸びすれば、ベッドデスクに置いてある、ケータイに手を伸ばし、
アラームを止める。
朝5時15分。
いつも私が起きる時間。
「アズサー、おいでー」
私が呼ぶと、アズサは可愛いらしく、
ベッドに飛び乗って来てくれた。
アズサを抱き上げ、膝の上に乗せれば、
ゆるりゆるり背を撫でる。
私の朝の日課だ。
背を撫でる度に、
アズサは擽ったそうに膝に顔を擦り寄せる。
そんな仕草まで可愛いらしい・・・。
「ああ、アズサ、
どうして貴女はそんなに可愛いの?」
クスリ笑いながら、
呟いてみれば、
アズサは、
「ニャー」
と鳴いてくれた。
ずっと撫でていたいが、
流石にそうはいかない。
今日から夏期講習なのだ。
名残惜しいが、
最後の一撫ですれば、
耳にしたイヤホンを外し、
膝からアズサを降ろすと、
洗面台へと向かう。
『サァァァ・・・』
夏独特の生温い風が、
私の身体を通り去る。
灼熱の塊が私を照り付ければ、
そこはまさに天然サウナ。
「あっぢぃー・・・」
手で人工的な風を起こすも、
顔に掛かるは生温い熱気。
私は今、学校の校門に背をもたれ掛かせている。
うちの学校の夏期講習は、
学校で行われるものと、
塾で行われるものに分かれる。
たいていの奴が塾の夏期講習を選ぶのだが、
私は学校の夏期講習の方が好きなのだ。
何故なら、
塾は沢山人がいるし、
何より空気が重い。
三年の連中は受験勉強に必死になってるし、
一年連中は、
小声で長々とくだらない雑談したり、
たまにはバカ笑いしたりと、
全くもって集中出来ない。
そんな、
空気圧がズシリと乗し掛かる箱の中とは打って変わり、
学校というのは良い。
夏期休暇中だから、
教員生徒も少ないから集中出来るし、
どの机にも簡単に座れ、
取り合いになる事がないし、
何より、気が楽だから、
私は学校の講習を選んだのだ。
まぁ、昨日みたく、
変に告白されるがな。
「はぁ・・・」
と、一つ溜め息を吐くと、
いきなり後ろから、
「溜め息すると幸せが逃げっぞ」
と、声をかけられた。
私が後ろを振り向くと、
校門の向こうには、
茶髪の30代位の男、山瀬智也先生が呆れた様な顔付きで立っていた。
「オハヨー、ミスタートモーヤ。
ニホンゴ、ジョーズニナリマーシタネ」
「おい、片言やめれ。
上手もなにも、俺は元から日本男児だ。
後ミスターはいらん、代わりにセンセーを付けろ」
「センセートモーヤ?」
「逆、逆っ。
智也センセーだ」
「・・・・、
はぁ、トモッチー・・・」
「センセー何処行った・・・
つか、あだ名か」
「ユーモアのかけらも無い男はモテないよ?トモトモ」
「朝っぱらからおちょくる様なガキに、
何故にユーモアを分け与えにゃならん。
つか、呼び名統一させろよ」
「はーいはい、
コントも終わったから、
智也センセーもさっぶいギャグ言ってないで、さっさと鍵開けてよ」
「コントした覚えもなけりゃ、
ギャグも言った覚えもないわっ。
つか、もうちょい言葉遣いを直しなさいよっ」
「・・・、
もういいから、黙ってさっさと、
そのノロイ動きで、鍵をお開けになりやがれや。ただでさえノロイんだから、
もっと頭の回転を早めやがれ、
クソ・・・智也センセー様野郎が」
「・・・、
悪いが、俺には何処からツッコんで良いかわからんから、
ある程度はスルーさせてもらうが、
一つだけ言わせてもらおう。
・・・お前今、
クソ野郎って言いかけたろ」
「はいはい、
無駄な言葉紡いで、
ページ増やそうとしてないで、
さっさと鍵開けろクソ野郎」
「ページってなんだっ!
つか、今完璧にクソ野郎っつったろっ!」
智也センセーとの、
スベリまくりのコントを終わらせてやれば、
智也センセーは、なんだかぶつぶつ呟きながらも、
門を開けてくれた。
「ふふ、
あんな馬鹿なコントに付き合ってくれんのはセンセーだけなんだからさ。
楽しかったの。
許してよ」
門を通り、夏期講習教室、
もとい、2-Bクラス、
私が何時も通っている教室に入ると、
未だぶつぶつ呟いてた智也センセーに言ってやった。
「はぁ、一之瀬よー。
それが俺だけなら未だしも、
お前他の先生にも喧嘩売ってんだろ」
教壇の上に立った智也センセーは、
教卓の上に頬杖をつき、
先程と同じ様に呆れた顔で切り返してきた。
「先生、それは違います。
私は、教師、教頭、校長、生徒全てに、
喧嘩を売っているんです」
「・・・、
あー、なんだ、
とりあえず、お前が半端なく馬鹿だということは、再確認出来た」
「人を馬鹿と呼ぶ前に、
さっさと講習始めたらどうですか?
私、『あそこ』に早く行きたいんで」
「物に釣られる小学生みたいだな、おい。
ま、やる気になれりゃなんでもいいがな。
うっし、始めるぞ」
智也センセーが姿勢を起こし、
問題集を開くと、講習が始まった。
「正解、正解、正解、正解、っと。
一之瀬由奈、合格」
「んー、あんがと」
今、
講習が始まり、
数式を覚えさせられれば、
簡易テストと言った、
智也センセーのテストを解き終わり、
解答の答え合わせをしてもらっていた。
「ったくよー、
普通に勉強すれば、こんだけ良い成績残せんのに・・・。
めんどくせー奴だな、お前は」
問題集や、チョークケース、
私が解いた用紙をまとめつつ、
智也センセーは疲れた様に呟くも、
私はそんなにゆったりとはしてられない。
「はいはい、
説教は一年前の一年の時、
とっくに聞き飽きましたから、
それよりも・・・」
と、私が言葉を濁らせるも、
智也センセーはわかってくれてるようで、
「ホラヨ、
ちゃんと帰りには返せよ?」
と、スーツのズボンのポケットから、
一つの鍵をちらつかせた。
私は一つ頷くと、奪う様に鍵を取り、
そのままのいきおいで、廊下を駆け、
『ある場所』へと走る。
「廊下は走らんで貰いたいんだがなー」
『ガチャ・・・、
サァァァ』
智也センセーの注意なんて聞かずに私は、
廊下を走り、階段を駆け登り、
辿り着いた場所で、
扉の鍵を外し、開いた。
途端に、少し強い風が私を通り抜けた。
扉の向こうには何も無く、
ただ、だだっ広い空間が広がっており、
その空間を囲う様に、
落下防止のフェンスがある。
そう、
私が今いるのは校舎の屋上。
先程智也センセーに貰った鍵は、
屋上の鍵だったのだ。
私は耳に掛かった髪を下ろして、
ゆったりと、屋上に足を踏み入れる。
扉の真っ正面先のフェンスに、
背を向けて座り込む。
ここが私のお気に入りの場所。
ここに座っていると、
一年の時を思い出す。
一年生時、
入学当初の私は、上級生達に色々と、
目を付けられていた。
まず第一に、髪の色。
上級生の反感を得るので、
一番と呼ばれてもいるであろう事だ。
私の地毛は色素が薄く、
明るい栗色に見える。
それによって、
上級生達に『染めた』だとか、
『パーマかけた』だとか、
一々口うるせぇ事ばっか言って来やがる。
そして第二に、性格。
私は、
髪の事で口うるさい事を言ってきた
上級生達や、
一年の時から次々と告白してきた
男子生徒達に、
悲しむ訳でもなければ、
激昂する訳でもなく、
ただただ、さらりと受け流していた。
私はただ、
面倒な事に関わりたくないから受け流していたのだが、
それがきっかけで
『すましている』だとか
『男子に人気があるから調子に乗ってる』だとか言われ、
上級生達には、
毎日の如くイヤミを言われ続けられていた。
上級生に目を付けられていた私に、
入学したての同級生達は、
ただ遠巻きに私を見ているだけだった。
そんな風に、上級生達にイヤミを言われられていた時、
私の環境を、唯一察してくれたのが、
智也センセーだった。
智也センセーは、度々、
私が上級生にイヤミを言われている現場を見ていたらしい。
その度に智也センセーは、
何故、言い返さないのか、
と、疑問に思っていたらしかった。
ある日、
また私が上級生にイヤミ言われていた時だった。
智也センセーがいきなり、
私の手を引いて、
この屋上にまで連れて来たのだ。
智也センセーは、
当時の私の担任でもなければ、
教師でもなく、
関わりは全くなかったので、
すっごく不審に思っていた。
だが、
智也センセーはとても優しい先生だった。
『一之瀬由奈、
俺は数学教師の山瀬智也、よろしくな』
『はぁ・・・、
それで、山瀬先生はなんの用なんですか?』
『一之瀬ー、
めんどくさいのはわかる。
ああ言った連中の相手はしんどいよなー』
『・・・、
用はそれだけですか?
私、次の授業があるんで戻りまs・・・
『実はさ、
俺も中高の時、髪の事で色々言われてきたんだわ』
『・・・、それで?』
『一之瀬の気持ちも分かるが、
うぜぇ時はうぜぇって言っとけよ?
じゃなきゃ、何時まで経っても、
うっとうしいまんまだぞ』
『・・・、
そんなの、あんたに言われる筋合いないし』
『そだなぁ・・・、
ま、ちょっと気分転換でもしてろ。
俺は戻るがな』
『は?
え、私授業は?』
『ああ、
保健室行ったとでも言っといてやる。
あ、因みにここの扉閉めとかなきゃいけねぇから。
授業終わりに向かえに来てやっからな』
そう言い残して、
智也センセーは職員室に戻って行った。
しかも本当に鍵掛けられて、
私は一限の間、ずっと屋上に座り込んでいた。
だが、
そこから見上げた空は、
とても大きく、澄んで綺麗だった。
そんな空を見上げていたら、
今まで我慢してた自分が馬鹿みたいな気分になった。
その後、
向かえに来た智也センセーに、
一発ボディーブロー喰らわせれば、
上級生達に、俗に言う、
御礼参りをしてやった。
「くっ・・・、くくく」
思い出したら笑えてきた。
あんの女共の顔ったら、
驚いたような、
怒ったような、
恐れたような、
色んな感情が混ざった表情には、
後々になって、大笑いしたものだ。
それから、
私は智也センセーに色々とお世話になった。
今では兄貴みたいなものになっていた。
「ふふ・・・」
ふと見上げた空は、あの日の空と同じ様に、
広く、澄んでいた。
ただ、一つ、
『カシャ・・・』
シャッターを切る音以外は。