会話、食堂にて
信頼のおける侍女にツェリの案内を頼み、俺は一足先に席に着いた。10年以上も会うことを控えていたが、近くにいることがわかっているためか早く顔が見たくて仕方がない。
控えめなノックの後、静かに扉が開かれた。
「失礼いたします」
ツェリは微笑みながらドレスの裾を少し持ち上げ、非の打ち所のない礼をした。明らかに外行きの振る舞いだ。部屋に入った瞬間、素早く目だけで侍女たちの存在を確認していたのが見えた。
ツェリは俺に歩み寄り、もう一度深く礼をとる。
「今宵はディナーにお誘いくださり恐悦至極にごさいます」
「・・・かしこまらなくてもいい」
「いいえ。陛下とのお食事なのですから最低限の礼儀はわきまえなくてはなりません」
思わず笑みが漏れる。ツェリと初めて出会ったときの会話を思い出したからだ。
『はじめまして、ヴィアルス王子。わたくしは第三王女のツェルリアと申します。お目にかかれるとは光栄の極み。是非これからもメイティアと親交を深めてくださいませ』
『・・・そんなにかしこまらなくていいんだけど』
『いいえ。大切な客人に無礼な振る舞いはできません』
俺が13歳のときだからまだツェリは9歳だったはずだ。見た目はさらに幼く見えたのに雰囲気はもう少女ではなく、淑女のものだった。あの時点でツェリの礼や言葉遣いは完璧だった気がする。
「クラウド。侍女たちが料理を運び終えたら人払いをしてくれ」
「かしこまりました」
人がいればツェリはいまの態度を崩さないだろうからな。
人払いが済んだようで部屋は静まり返っている。ツェリに視線を移すと怪訝そうな表情でこちらを見ていた。再開してから作り笑顔と驚愕以外の表情を見るのは初めてだ。できれば本当の笑顔が見たいが、それは高望みしすぎだろう。
「猫をかぶるのをやめたのか?」
「・・・ヴィアルス陛下はわたくしのことを知っているのでしょう。いまさら偽っても意味がありませんから」
「そうか。順序が逆になったが、そのドレスよく似合っている」
そのドレスは薄紫を基調としたもので、ツェリの深紫の瞳がよく映えている。侍女たちが一瞬固まったことに気づいただろうか。美しい、の一言に尽きる。
「ありがとうございます。・・・紫はわたくしの最も好きな色なのですよ」
作り笑顔ではあるがその言葉を発したとき雰囲気が柔らかくなったのがわかった。俺には副声音が聞こえたような気がした。
「・・・ルイゼルに褒められたから、か?」
ルイゼル・ジェーク・セイティア。メイティアの貴族セイティア家の四男にして、ツェリの教育係兼護衛を務めていた青年の名。歳は離れていたが俺の友人でもあった人物だ。
思わず零れた言葉だったが瞬時に失敗だったと悟った。ツェリの指先は震えていて、動揺しているのだと誰の目にも明らかだ。
「あ、の人のこと・・・知って・・・」
「・・・あぁ、知っている。ツェリの想いも知っているつもりだ」
「でしたらなぜっ!」
そう。ツェリはルイゼルのことが好きだった。もちろん恋愛対象として。幼いながらも早熟だったツェリの想いは本物で、俺が入りこむ隙はなかった。ルイゼルの死んだ後もそれはまったくといっていいほど薄れていないようで、知っていながら彼女を正妃として召し上げたことに怒りを感じているのだろう。
それでも。たとえ卑怯な手段だったとしても。
「俺はツェリを愛している。いまはまだルイゼルを想っていてもいい。だが、いずれ必ず落とす。俺が好きだと、愛していると言わせてみせる」
「な・・・ッ!?わ、わたくしは妃にはなりません!どのようなお咎めも受けましょう。ですからお考え直しください」
ツェリを手放すつもりはない。だが、無理強いすれば彼女は何かしら行動に出るだろう。それだけは避けなければならない。ツェリが本気で逃げようと思えば逃げられてしまうだろうし、あり得ないとは思うが自殺をはかられては困る。
「俺のことを思い出せたなら、考えよう」
「え・・・?」
「俺は昔、ツェリと会っている。そのときのことを思い出せたなら、考えてやると言ったんだ」
ツェリは少し思案するように俯いたが、すぐに顔を上げた。
なぜか俺と視線を合わせようとはしなかったが。
「わかりました。約束ですよ」
「あぁ」
「では、わたくしは失礼させていただきます」
あの用心深いツェリが“取りやめる”ではなく“考える”という曖昧な言い方を言及しなかったことに多少不自然さを感じたが、今日は思っていた以上にたくさんの表情が見れたのでとても気分がいい。それにツェリは条件を呑んだのだ。もしかすると俺を思い出してくれるかもしれない。
俺はこれからのことに思いを馳せ、口元に笑みを浮かべたのだった。
ヴィアルス視点でした。読んでくださりありがとうございます。