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リルヴェアの王

(おお)せの通り、ツェルリア姫をお連れしました」

 クラウドの声には噓偽(うそいつわ)りのない敬意が感じられた。


(リルヴェアの王は臣下に信頼されているのね。ロキルド父様とは大違い)

 メイティアの臣下はロキルドに(へつら)っていたが、隙あらば王座を奪おうともしていた。

 大切なのは己の利益のみ、というような者しかいなかったから。


「ごくろうだった。下がっていい」

「御意」


 クラウドは出ていってしまった。

 他に護衛の兵などは見当たらず、リルヴェアという大国を背負う王にしては少々無用心なのではないかとツェルリアは思う。腕に自信があるのだろうが、あまりにも警備が手薄だ。


(王自らわたくしを処刑するのかしら?)

 ツェルリアが不思議に思っていると声がかかった。それは先ほどクラウドに対して発したような威厳のある声ではない。甘く優しい、まるで恋人にでも語りかけるような声。


「予想以上に美しくなったな。ツェリ、俺を覚えているか?」


 ツェリ。それはツェルリアにとって“特別”な者だけが呼ぶ、彼女の愛称。

 けれど記憶にある限り、その愛称で自分を呼んだ人は母を除けば1人しかいない。けれど母もその人も、もうこの世のどこを探しても存在しない。


「その顔では覚えていないようだな。仕方あるまい。会ったのも話したのもただの一度きりだからな」

「申し訳ありません」

 彼は仕方がないと言っているが、表情も声も落胆が(うかが)えて悲しげだ。

 ツェルリアが誤らなければならないと感じるほどに。


「いつか思い出してくれればいいさ。これからは一緒に暮らせるのだから焦らなくていい」

「はい。 ・・・え?」

 あまりにもサラリと当たり前のようにヴィアルスが言ったので、ツェルリアは思わず頷いてしまった。


「どういうことですか?」

「あぁ。言っていなかったか?ツェリには俺と共にこの国を背負ってもらいたい」

 王であるヴィアルスと国を背負う。それは彼の隣に立つということを意味していて。

「・・・聞いていません。それにヴィアルス陛下にはもうたくさんの御妃(おきさき)様がいらっしゃるでしょう?メイティアは滅びました。もうわたくしに価値はありませんよ」

 リルヴェアはメイティアとは違い、一夫多妻制が認められている。王ならば多くの妃を迎えるのが義務でさえある。


 ヴィアルスは呆気(あっけ)にとられたような顔をしたが、すぐに「そういうことか」と(うなず)いた。

「これは政略結婚ではないし、ツェリを利用するつもりもない。俺が望んだんだ。ツェリを、正妃に迎えることを」

「・・・・・正・・・妃?」

「あぁ。ツェリ、俺はお前を愛している」


 ツェルリアはほんの少し(まゆ)(ひそ)めただけだった。

 彼女の深紫の瞳は、かすかに揺れていたけれど。


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