森の中にて。
森の中を歩く。
私は母が心配だったから。
「これじゃ、どっちがお母さんか分からない」
十二歳になった私の背は母に大分近づいたけれど、まだまだ越しそうな雰囲気はない。
でも、以前までは繋いでいた手を今は離して歩いている。
「あっ」
社が見えてきたので私は思わず手を伸ばして母のものを握ろうとした。
けれど、指先がかすっただけ。
「ここまででいいよ」
母はそう言って一線を越える。
入っちゃいけないって言われた線を躊躇いもせず。
「晩御飯はお父さんと食べてね」
社を境に引かれた線。
その先は行っちゃいけないって大人の人はよく話していた。
ううん。
社に近づくことだって禁じられていた。
「いつ」
「うん?」
息を吸い。
吐き出す。
この時間を長くすれば母が行くのを止められるのではないか。
少しでも長く。
そう思ったけど、私はいつだって試すことを止めてしまう。
「いつ頃、帰ってこれるの?」
「さっき言ったじゃない。明日の朝には帰るって」
母はくすくす笑う。
「結構大きくなったけれど、まだまだ子供ね」
手をひらひらと振って踵を返して歩き出す。
私はそんな母を見送ることしか出来ない。
少しずつ、変化していく母の姿を見つめながら――。
心に去来する村の人々の言葉。
『あそこから先は神様の住処』
『近づいてはいけない』
『気に入った子供は攫われる』
『二度と帰ってこれない』
村の子供達を脅す言葉だとばかり思っていたけれど、村の人達は一線どころか社の近くにまで来たりしない。
だから、それが答えなのだろう。
「ねえ、父さん」
一人きりになった森の中で私はここに居ない父へ問う。
「一体、どうやってお母さんと恋に落ちたの?」
隣に居ない父が答えるはずもない。
既に人でないものに変わってしまった母には私の声は届かない。
どうしようもない不安。
父も、母も、これを里帰りだと言っているけれど――。
「人はきっと。そうは見ないよ」
ざわめき出す森に密かな恐怖を抱き、私は足早にその場を去った。
早く、母が帰ってくることを願いながら。
お読みいただきありがとうございました。
恋愛と違い婚姻には様々なしがらみがあること。
それを当人同士が理解するのは絶対に必要だと思います。




