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episode4 滑動再会・下


<side来島>


 カーペットに点々と、朱黒いシミが作られる。

「…………ぐッ!」

 傷が熱い。

 脇腹を押さえ、膝をつきそうな体を深呼吸で抑える。

 たいしたことじゃない。痛みには慣れている。傷は浅い……と思いたいが、肉をえぐり取られた。内蔵が無事なだけだ。

「――――――」

 侵入者は何も言わず、俺を見ている。無機質、かつ不気味。生気を感じない。銃を取り出す動きすらなかったが、撃ったのはコイツしかいないはずだ。

 何処だ。

 否、考えるな。

 傷を押さえたまま、フラフラと走り出す。

 即、破裂音。元居た場所に銃弾がめり込む。

 出血で目が霞む。だが、霞んだ目にもよくわかるほど黒い影に向かって、空いた腕を振り上げた。

 拳が、侵入者にめり込んだ。

 白い首が胴体から離れて飛び、黒いマントがスルリと落ちる。その中に隠されていたマネキンのような人形の、くり抜かれた腹の中に、


「残念、だね」


 彼女は足を組んで座り、言った。

 瞬間。

「…………ッ!?」

 銃弾が、太股を貫通した。無理矢理動かした身体は、至近距離からの銃撃による反動には耐えられず、今度こそ膝をついた。視界の端をぶらつく靴先に、ひざまつかされているようだ、とさえ思う。

 文字通り、"犯罪者"に屈している。

「大丈夫。血管とか骨には当たってない……と思う」

 頭上で少女の声がする。ギリ、と自分の歯が擦れる音が妙に頭蓋に響いた。

 クソ。油断、したか。

「まぁいっか。コンピュータとはいえ誤差は出るし」

 ふわり、と頬に風があたる。少女がデスクから、俺の側に飛び降りたらしい。しゃがんでいるのだろうか。目線を上げれば、撃たれたとき見なかった少女の全貌が見える。

 月光が強さを増した。

 膝をついた俺の胸くらいの高さにそいつの頭があり、腰まである黒い髪を下の方で二つ結びにしている。細いフレームの眼鏡。その奥の目が澄んだ紫色に見えたのは、月光の反射のせいか、目の霞みのせいか。

 藍色のシャツに黒いパンツ……奇しくも俺と似た格好だが、突けば折れそうなほど細く、小さい。

「この部屋には、『対侵入者用ウェポンセキュリティ』ってゆう危ないものがあるの。サイレンサ付きの銃が、"来客"の死角に隠れてるんだって。まぁ、パスワードとIDがあれば簡単にハッキングできるけど……見る?」

 少女は、ノートパソコンをたたんだ膝の上に乗せて開き、俺に向けた。見せられたところで、どれほど侵食されているかが解るはずもないのだが。

「蒼門ってさ、ドSだから。急所じゃなくて腕とか足とかに当たるようにプログラムしてるみたい。なんか鞭とか手錠とかあったし。趣味悪いな、まったくもって本当に」

 アイツは嫌い、という少女の声が近い。

「…………何故、だ」

「うん?」

 少女はこてん、と首をかしげる。年相応の仕種と喋り方だ。

 声に苦痛が滲まないよう喋るのは難しいが、お喋りな犯罪者から情報を引き出すのには、こちらから仕掛けなければ。

「表の騒動はただのダミー、こっちの貴様が真打ち……だろ」

「うん」

「そこまではいい……予測できた」

 『手品師が右手を出したら、左手をみろ』という言葉通り。

 4年前と同じ戦略。

「ならば何故、貴様のような子供が送られた……?」

「本当に欲しいのはデータだったし、早く済むうえ力もいらなかったから。私が来ても大丈夫って…………あれ?」

 少女はしゃがんで、俺の顔を正面から見上げた。つり目だが大きい両眼は、やはり吸い込まれそうなほど澄んだ紫だ。

 日本人じゃないのか。

「『送られた』? 私が?」

「…………」

 何だ、噛み合わないのか。

「……"クロコ"という野郎を、知っているはずだ」

「うん、まぁ」

 やはり、あの時の――4年前の怪しい集団の一味か。

 記憶の中で取り逃がした"そいつら"の中には、ガキも混ざっていた。

「貴様の仲間共は……ッ」

 ふいに意識した痛みに歯をくいしばる。今ここで倒れるわけにはいかない。時間を稼がなければ。

 ようやく掴めそうな"手がかり"を、みすみす逃してたまるか。

「……貴様のもとに、着くのが、複数だとは考えなかっ、……たのか…………? 逃げ道は階段かエレベーター……3人以上いれば。1人の犠牲を出してでも、退路を塞げる……」

「あれ、その犠牲が嫌だから、いつも1人なんでしょ? 刑事」

 俺は目を見開く。

――"いつも"…………?

「な……」

「勘違いしてるの? 刑事、これは4年前とは違うよ」

 混乱し押し黙る俺に、少女は笑って両手を伸ばしてきた。

「たぶん今回は私の勝ち。だから教えてあげようか、刑事」


 時間の流れが遅くなった。


 不思議なほどゆっくりと近づいてくる、少女の細い腕から逃れるほどのことも、今の俺には不可能に近く。

 そのまま、首に腕をまわされ

た。


「"盗まれた"んじゃない。"シモン"は"逃げた"の。自分の力で」

「……………!!」


 頬にやわらかい感触がする。


「監視に気づかれないように、こっそり仲間を集めて」


 首に息がかかる。

 子供の体温を感じる。

 まわされた腕の強さも。


「貴さ……オ、マエ……」

「動機はね、3つもあるんだ」


 今更気づいて、驚愕した。

 俺は、俺を出し抜いた"犯罪者"に何をされている?

 まるで。


「"玄庭グループ"と蒼門への『復讐』。4年前に垣間見た世界への『好奇心』。それとね」


 娘が父親にするような、躊躇いのない抱擁。

 俺のものと同じように、少女……シモンの服も、俺の血で染まる。


「私をその世界に出してくれた、キジマ刑事に会いたかったから。


ねぇ、遊ぼう?

4年待ったよ、キジマ刑事」



 二人分の鼓動と、シモンの軽やかな笑い声だけが聴こえる。





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