episode3 片方(カタカタ)
カタカタ カタ
『こんにちわ、平瀬 哉です。ぼくの名前、なんて読むか覚えてますか?
ハジメですよ。
ぼくと来島刑事は、"玄庭グループ"本社ビルの1階、ロビーにいます。本物のシャンデリアなんて初めて見ました! キラキラして綺麗なんですね!
犯人が狙っている"忘れもの"の正体がわからないので、ビル全体に監視を置いて、犯人が現れしだい確保します。っていうのを、さっき偉そうな人が、わざわざ難しくして喋ってました。ぼくには簡単なほうが助かるのになー(泣)
刑事は、さっきからロビーをうろうろとしている。結局、4年前のことは聞けなかったけど、ぼくは刑事のこと信じてるし尊敬してるから大丈b』
「パソコンは仕事に使え。ブログを更新するな。殴られてぇか」
「も、もう殴られてます……」
慌ててパソコンを閉じると、刑事は何事もなかったかのように、また辺りを歩き回りはじめる。何をしてるのかなんて、きっと馬鹿なぼくには解らないんだろう。
ちなみに、ブログみたいに書いているけど、ただの日記です。ネットに仕事のこと流すほどは馬鹿じゃないですよ! 情報は大事なんです。
急だったのは依頼だけで、警察はもう準備をしていたから、すでにビル全体に監視がついてる。しかも、建物そのものがセキュリティに優れていて、網膜認識キーにレーザー網もあるし、監視カメラに死角もないらしい。
そういえば、なんで監視カメラって、見つけるとピースしたくなるのかな?
あっ、シャンデリアに隠れてるのみっけ。ピース。……まわりの人達に白い目で見られた。うぅ。
こんなに警戒されてて、犯人は入ってくる気になるのかな?
というか、自分から「盗みに行くよー」なんて自分から教えなきゃいいのに……。
もしかしたら、刑事は犯人の意図も全てわかっているかもしれない。
4年前のあの事件だっ て
あ っと いう
ま に
…………………………。
「平瀬」
「ぇはいッ、刑事!」
急に来島刑事に呼ばれ、ふかふかのソファーのせいで飛びかけた意識を、慌てて掴みとった。
刑事は呆れた顔で、僕の正面に立っている。
「お、おはようございますッ!」
「もう昼だ。むしろ遅ぇよ。何寝てんだ」
「い、いえ! 刑事に初めてお会いした時の夢を……」
「キモい夢見るな」
ずぱっ、と言い放ち、刑事はデコピンでぼくの頭を弾いた。
実はコレ、かなり痛い。
「……お前はここにいても邪魔なだけだ。抜けてろ」
痛くて抱え込んだ頭に、刑事の低い声が入り込む。
「そ、……そんなっ!」
勢いよく頭を上げた。
額も痛いけど、刑事に失望される方がぼくには痛い。
「た、た、確かに今ちょっと眠かったです、ごめんなさいっ! でも、ちゃんと指示が来たら……」
「静かにしろ。指示は期待するな」
刑事が指した親指の先を見ると、今回の司令官でもある鷹鮠警視が、ふんぞり返って部下に指示を出している。
「アレは使えねぇ。考えが若すぎる」
「鷹鮠警視、ですか?」
若いって……年歳は、刑事とあまり変わらないはずだけど。
「目立つ事件だ。次の署長候補の一人だしな……手柄にしたくて堪らないんだろうよ」
確かに、鷹鮠警視の出世欲の強さは、よく彼の部下から噂で流れてくる。
「えっと、でも、ビルには死角がないように警察官が配備されてますし、セキュリティも完璧って……」
「確かにビルのセキュリティは完璧だが、所詮ただのプログラムで動いている。情報さえ漏れれば、侵入はたやすい」
「で、でも、そんなに簡単に知られるなんてないんじゃ……」
「"思いがけず情報を知っているからこそ、犯行予告をした意味がある"」
思わず息を呑む。
それなら、ぼくが寝る前に考えていた"疑問"の答えにもなる。
「……そっか、なにか"有利になるもの"が無いのなら、予告なく侵入したほうが成功するはずですね」
「あぁ。だが、奴……鷹鮠は、たかが刑事の俺が進言したところで動かないだろう」
そういえば、鷹鮠警視は部下からのアドバイスを聞かないことでも有名だ。実績もあるし、プライドが高いんだろうけど。
「……だからこそ、やってもらうことがある」
「へ?」
「比較的お前の方が自由に動ける。ここを出て、コイツに書いてあることをやっておけ……その方が有益だ」
手渡された紙は、手帳を破いたものだろうか。
書いてあることを読んで、……理解できなくて、思わず2回読む。
「刑事……これは?」
「せいぜい俺なりにやらせてもらう。……頼むぞ」
ふっ、と。
刑事は珍しく、薄く笑った。
カッコイイ……!
「はいッ、刑事! いってきますッ!!」
ぼくは、勢いよくドアへ駆け出した。
刑事の期待に応えたい! その一心だ。
「あっ、なぁ平瀬」
ドアを抜けたところで、先輩の警察官に呼び止められた。
「何ですか? 今急いでるんです!」
勢いのまま行ってしまおうとするのを、身体で遮られてしまう。自分より体格のいい先輩を跳ね飛ばすだけの勢いは、流石にない。
ひょろひょろした自分の体格は、ちょっとコンプレックスだったりする。
「もー、何ですか!?」
「いや、お前さ、来島刑事とよく一緒にいるだろう?」
「え? ハイ」
「さっき、すごく怖い顔してたからさ……刑事の機嫌どうだった?」
おそるおそる、ちらちらとロビーの扉をうかがう先輩を見て、なんだか不思議な気持ちになる。刑事は確かに厳しいけど、怖い人ではないのに。
「さっきお会いしたときは良さそうでしたよ。笑ってたし」
「笑ってたぁ!? アレで!?」
ものすごく驚かれた。
「わ、笑ってましたよ? アレは」
おっかなびっくり言えば、先輩は、ぼくの顔をまじまじと見て、あごに手をやる。
「お前、実はすごい奴かもな」
「な、何がですか?」
「普通、あの人の"笑い"とか"呆れ"とか"怒り"とか、全部同じ仏頂面に見えるだろ?」
そうなんだろうか。
「ま、付き合いが長いってことだよな。がんばれよ」
ぼくの肩をぽんっ、と叩き、先輩はロビーに入っていった。
なんか……褒められた?
カタカタ カタ カタッ
カタカタ カタカタ
カタカタカタ
キーボードを叩く軽快な音。
カタカタカタカタ
カタカタカタカタカタ
カタカタカタカタカタ
カタカタカタカタカタ
だんだん速くなってゆく、細く白い指の動きを、両膝を抱えるようにすわり、サングラスをかけた少年が見守っていた。
針金のように細い身体を、6月だというのに、灰色で分厚い長袖のパーカーで包んでいる。黒い短パンと小柄さ以外、彼を少年らしく見せるものはない。
暗い室内ではむしろ視界が悪くなりそうだが、サングラスを外す様子はない。ボサボサの黒髪をかきあげもせず、微動だにしない姿は、どこか矛盾だらけだ。
「シマ」
名前を呼ばれた少年は、動きを止めない指先から目を上げた。その視線の先には、彼よりもさらに大きな矛盾をもった…………否、"矛盾そのもの"がいる。ひたすらにキーを打つ白い指は、その"矛盾"のモノだ。
「もうそろそろ終わるから。準備して?」
"矛盾"はノートパソコンの画面を見たまま、明るい声で言う。バックライトに照らされた楽しそうな笑顔に、シマは首を傾げた。
「え? そうかな。なんか照れる」
シマは声を発していないが、"矛盾"は一人で喋り続ける。
その指は、喋りながらも一向に止まらない。
「警察を呼んだのは、会いたい人がいるからだけど、ね。久しぶりなんだ、"遊ぶ"の自体」
えへへ、と、"矛盾"は無邪気に笑ってシマを見た。
「シマ、大丈夫。楽しいけど、"忘れもの"はちゃんと返してもらうつもり。…………え、シマもそう思う?嬉しいな。うん、わたしは……怒ってる、もちろん」
相変わらず、シマは一言も発していない。
キーボードの音は、いつしか止まっていた。
"片"や 動き、
"方"や 動かず。
細工の音は眈眈と。
カタカタ 片方 カタカタッ
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