episode2 放童事故(ホウドウジコ)
某年、6月20日。
『犯罪者』が世間に出没した。
俺は、「ごめんなさい」「もうしません」「ゆるしてください」を連呼する痴漢容疑のオッサンが残る交番を出た。
たまたま現場の電車に乗り合わせたので、その場で腕をひねり上げた。
交番に連れていけば容疑を否認しやがったので、真っ正面に座って、じっと目を見てやれば、オッサンは真っ青になって自白したのだ。
何故だ。
「刑事の目つきが怖かったからですよ……ぼくも怖かったです。交番の駐在さんまで顔が引き攣ってました……」
普通のようについて来た平瀬がつぶやく。俺自身、睨んだつもりはない。ただ、しかたなくその場で"尋問"でも始めようかと思っただけだ。
試しに、「刑事、足早いですって」とか「休憩しましょうよ」とか五月蝿い平瀬を、意識して睨んでみた。平瀬はとたんに真っ青になって黙る。
不本意だが、黙らせるのに便利かもな。
とある凶悪事件の、目撃者である12歳の少年、"明石 宗太郎"の捜索。そのために俺と平瀬は、少年が保護されていたという交番付近を歩き回ることになった。
その交番に、痴漢野郎を突き出した訳だが。
原さん曰く、「来島は子供ばっかり追いかけてるから、行動パターン読めるんじゃないの?」と、俺に担当をまわしたらしい。
冗談じゃない。俺が先を読めるのは"犯罪者"の行動くらいだ。特別にガキを捕まえるスキルがあるわけじゃない。
「刑事ぃ〜……どこにむかってるんですか〜……?」
「…………」
でも、まぁ、難しいことでもない。
ごみ箱の中を覗きこんでいる(いるわけないだろう。)平瀬の襟首を掴んで、引きずったまま歩いていく。
「け、じ、く、苦し……」
「すぐ近くだ。我慢しろ」
「だ、だ、だからどちらへ……」
「綾崎児童公園」
かくして、明石少年はいた。
「みぃ〜つっけた!」
平瀬が笑顔で、ドーム状の遊具の中に手を伸ばしているのを、少し離れたベンチに腰掛けて眺める。
犯罪者でもないガキに対し、俺が自ら行くのは、あまりにガキが不憫だ。睨まなくとも、人相が悪い自覚はある。
「心配しましたよ! 怖かったですね〜……もう大丈夫ですから!」
その点、緊張感のない雰囲気を持ち、無害さをかもしだしている平瀬。俺よりは"説得"に向いている。
しばらくして、遊具から平瀬の手を握り、明石 宗太郎が出てきた。なるほど、Tシャツに半ズボン、情報通りだ。顔色がすごぶる悪いが、怪我はない。
俺が立ち上がると、明石少年は怯えたように足をすくませた。目が潤んできた……マズい。
やはり、大声で泣きだした。
「あわわ……大丈夫ですよ、お兄さんの先輩です! 目は怖いけど、いい人ですから!」
余計なお世話だ。
「ほん……とう?」
「えぇ、正義の味方です!」
誰がだ。そう言って殴り飛ばしたいが、ガキが泣き止んだのでここは抑えよう。
単独で"滑動"出来ない理由は、こういうところにある。
その後、俺と平瀬は無事少年を交番に届け、原さんに報告の電話をした。仕事は一先ず終了だ。
平瀬と少年はいつの間にか仲がよくなったらしく、平瀬に手を振る少年はひどく不安そうだった。
不安の原因は、平瀬との別れだけじゃないかもしれないが。
昼前だったので、適当な喫茶店で昼食をとることにした。男二人というムサい組み合わせも、昼休みのサラリーマン共に混ざれば違和感はない。
「刑事、あまり聞いていなかったのですが……宗太郎くんはどんな凶悪事件の目撃者なのですか? すごく怯えていたのですけども……」
「"宗太郎"……?」
「も、もう忘れたんですか!? さっき保護した男の子ですよ!」
「あぁ……」
済んだ事件のこととなると、印象が薄ければすぐに忘れてしまう。
明石 宗太郎。
「"強盗殺人事件"だったか」
「えっ……」
「『襲われたのは午前7時ののコンビニ。客は、塾へ向かう途中の明石少年しかおらず、犯人は店員を刃物で刺殺。レジごとバイクに乗せ逃走した』」
報告書の内容、そのままだ。
「…………」
「あいつは棚の裏に隠れていたらしい。人が一人殺され、犯人がバイクで逃げ去るところを見た唯一の目撃者だ」
「……ショックだっただろうなぁ。かわいそうに」
と、平瀬は首を傾げる。
「なら、なんで逃げだしたんでしょう。警察にいた方が安全なのに……」
「あの交番の前に、暴走族のものらしいバイクが複数置いてあった」
派手に赤いペンキをかけたような、ふざけたデザイン。爆音を伴う機動音。
見たばかりの血飛沫と、逃げ去った犯人のバイク音に重なったのではないか。
「混乱してたんだよ。まぁ、即座に180番できたのは、あの歳にすれば上出来だろう」
「……なんだか、かわいそうですね。そんな混乱した状態で、取り調べを受けるなんて。怖いお兄さんにかこまれて…………」
「保護者もつくからいいだろうが…………"怖いお兄さん"にはならねぇように、一人、呼んでおいた」
「え?」
「同期の刑事だ。ガキみたいで変人だが、自分より弱い奴には人当たりがいい。……弱い奴ならな」
見れば、平瀬はポカンと口を開けていた。無理もない。普通はそうだ。
だが、実在する。
少なくとも2人、俺のまわりには、そういう変人の刑事がいる。
しかも、2人そろって俺に絡んでくる。
「け、刑事、もう、そんなところまで推理して……」
「ただの"予想"だ。こんなも」
「すごいッ!!!」
俺の言葉を遮り、平瀬は突然立ち上がって叫んだ。
一斉に注がれる店内の視線。
「おい」
「すごいですよ! 彼を見つけたのだって、理由がわかったのだって、彼のために適材適所な人材を呼んじゃうのだって」
「静かにし」
「迅速に的確に無駄なくミスなく、何だってこなしちゃうだなんて、流石ですッ! 惚れ直しましたよ!!」
「キモい。うるさ」
「他の誰が刑事のこと悪く言ったって、ぼくは刑事にッぐぇ」
ネクタイを下に引いて黙らせた。平瀬はむせたのか、苦しそうに席に座る。
ざまあみろ。
平瀬は、俺と組んだときから、いちいちくだらないことまで騒ぎ立てる。何がそんなに楽しいんだか、俺には理解できない。
これが無ければ、ただの"役に立つ後輩"なんだがな。