表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

episode1 滑動動機・下


 身体を起こし、ガシガシと髪を掻き乱してから辺りを見渡す。

 職場……警察局の執務用デスクに突っ伏して寝ていたらしい。書きかけの報告書がまとめてある。

 まとめてある、ということは、つい俺はうたた寝したのではなく、真剣に寝ようとして寝たということだろう。

 我ながら堂々たるサボりじゃないか。

「刑事〜……、降参ですから放してくださ〜い……」

 気のせいか?机に押し付けた球体から、情けない声が聞こえる気がする。

「刑事ぃ〜……」

「…………わかったから、気持ち悪い声出すな」

 腕を放すと、五月蝿い後輩がバネのように跳ね上がる。

「痛かったです! 刑事!」

 わざわざ敬礼つきで報告しやがった。

「その報告はいらねぇ……次」

「はぇ?」

「クソガキ共の処遇について調べて来いっつったはずだろが」

「は、はいっ」

慌てて鞄を探る後輩。

「あ、あったあった。今回ぼく達……いえ、刑事が補導した"安逹 佑真"被告人を初めとする高校生グループは"放火"、"脅迫"、"障害"などの容疑があり、言い逃れできない状況です」

「………………」

「でも、中学生の"牧川 健太郎"被告人ですが、"未成年であること"と、"死者が出なかったこと"、"脅迫されてのこと"だってことが考慮されたので、重罪にはならないです。よかったですね!」

「……いいわけあるか。そいつはすでに"放火魔"で、未遂でも犯罪者は犯罪者だ」

 俺が言うと、そいつは首を傾げる。

「刑事、こんなに"未成年犯罪"にこだわるのに……子供嫌いだったりします?」

「嫌いだから引っ立てる程、俺はガキに見えるか?」

「むしろ、少し老けて見えます……い、言い間違えですッ! 渋くてカッコイイです!睨まないでくださいっ!」

「褒めろとも言ってない」

「……じゃあ、なんでですか?」

 俺は後輩から目を離すと、4年間で節張った己の手の甲を見つめて、吐き出す。

「"殺させないため"、ただそのために動いてきた」



 "働い"たのではない、"動い"た。

 俺は、"人"らしい目的を持たず、ただひたすらに"動い"ている。

 何がしたくて警察になんかなったのかも忘れて、4年間、刑事に就任したてのころに俺に起きた"変動"から、ひたすら。


『純粋無垢ゆえ、タチが悪い。

子供は人を殺せるだろうが』


 違う。俺達が、

 大人が殺させるのだ。



 だから、殺させない。




「きーじまちょん☆」


 ぽん、と、冷たい何かを脳天に置かれた。声と呼び方で誰だかわかる。

 振り返る気力も起きないほどうんざりする奴だ。

「あっ、(ハラ) 昭孝(アキタカ)警部!」

「……何か用スか」

 置かれた缶コーヒーを軸に、ぐるりと首だけ回して背後を見遣る。

 でっぷりした腹を揺らして、俺に唯一かまう上司が笑っていた。

「睨まないのー。来島ちゃんは見た目ヤーさん(ヤクザ)なんだから」

「余計なお世話だ……です」

「他の偉い人達からは印象悪いよー?その目つき」

「いい歳してそのふざけた喋り方する奴に言われたくねェ……たくないですよ」

「言い直してもトゲが抜けないんだけど。セリフからも僕のハートからも」

 と、脂汗を拭きながら、原警部は苦笑した。そして、俺のデスクにひとまとまりの紙を置いた。

 バサリという音の重さは、内容の重さまで表しているようで。

「新しいお仕事、だよ」

 俺は頭上のコーヒーを掴み取りながら、書類を1枚めくる。

 取り調べ。しかも、やはり未成年。

「さっきの仕事が終わったばっかで悪いけど、僕等も手をやいてるんだよねー、これが。助けて来島ちゃん」

 自然と溜息が出た。

 コイツは変わらない。4年前から、腹の出方も生え際も、俺にすぐ頼るところも、人使いが荒いところも。

 そのおかげで動きやすいが。

「了解」

 一言だけ返すと、俺は立ち上がった。

 とにかく、まずは、動く。

 「ゴメンネー☆」とかのたまう上司を置いて、俺は書類に記された取り調べ室へ向かった。



「け、刑事! 待ってくださいよ〜!」

 少し行った通路で振り返ると、後輩が息を切らして追いついてきた。

「あ、歩くの、早過ぎ、ますっ、て……ちょっとだけ、よそ見したら、もういないなんて、びっくりですよ……!」

「……ついて来るのかよ」

 取り調べにそう人数はいらない。前任者もまだ溜まってるはずだ。

 しかし。

「当たり前です! ぼくは、来島刑事の行くところ、どこまでもついて行きますからね!」

 ソイツは何故か胸を張り、俺の横まで来て大声で言った。

「……ストーカー容疑で職務質問」

「ひ、酷いッ!」


 原警部が"変わらない奴"だとして、コイツは相当に"変わった奴"だ。4年間から、やたらと付き纏ってくる。

 俺と居ても、功績が積み上がったところで、出世はしないだろうに。


「……しゃあねぇな。行くぞ、後輩」

「うわぁ! さらに酷いじゃないですか、刑事!」

後輩が突然、大声を上げた。

「何だ」

「"後輩"……って、せめて苗字で呼んでくださいよ……。"平瀬(ヒラセ) (ハジメ)"ですって、何度も名乗ってるじゃないですか」

 そうだった……か?

 そういえば、たまに呼び方が無意識に元に戻る。気づかなかったな。

「……行くぞ、平瀬」

「はいっ!」

 後輩……平瀬は、何故か嬉しそうについて来る。

「…………気持ち悪ぃ」

「ひ、酷いっ!」





 それは"滑動"。

 自身の"動機"など関係しない。




※ご感想、ご意見など、心からお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ