episode1 滑動動機・下
身体を起こし、ガシガシと髪を掻き乱してから辺りを見渡す。
職場……警察局の執務用デスクに突っ伏して寝ていたらしい。書きかけの報告書がまとめてある。
まとめてある、ということは、つい俺はうたた寝したのではなく、真剣に寝ようとして寝たということだろう。
我ながら堂々たるサボりじゃないか。
「刑事〜……、降参ですから放してくださ〜い……」
気のせいか?机に押し付けた球体から、情けない声が聞こえる気がする。
「刑事ぃ〜……」
「…………わかったから、気持ち悪い声出すな」
腕を放すと、五月蝿い後輩がバネのように跳ね上がる。
「痛かったです! 刑事!」
わざわざ敬礼つきで報告しやがった。
「その報告はいらねぇ……次」
「はぇ?」
「クソガキ共の処遇について調べて来いっつったはずだろが」
「は、はいっ」
慌てて鞄を探る後輩。
「あ、あったあった。今回ぼく達……いえ、刑事が補導した"安逹 佑真"被告人を初めとする高校生グループは"放火"、"脅迫"、"障害"などの容疑があり、言い逃れできない状況です」
「………………」
「でも、中学生の"牧川 健太郎"被告人ですが、"未成年であること"と、"死者が出なかったこと"、"脅迫されてのこと"だってことが考慮されたので、重罪にはならないです。よかったですね!」
「……いいわけあるか。そいつはすでに"放火魔"で、未遂でも犯罪者は犯罪者だ」
俺が言うと、そいつは首を傾げる。
「刑事、こんなに"未成年犯罪"にこだわるのに……子供嫌いだったりします?」
「嫌いだから引っ立てる程、俺はガキに見えるか?」
「むしろ、少し老けて見えます……い、言い間違えですッ! 渋くてカッコイイです!睨まないでくださいっ!」
「褒めろとも言ってない」
「……じゃあ、なんでですか?」
俺は後輩から目を離すと、4年間で節張った己の手の甲を見つめて、吐き出す。
「"殺させないため"、ただそのために動いてきた」
"働い"たのではない、"動い"た。
俺は、"人"らしい目的を持たず、ただひたすらに"動い"ている。
何がしたくて警察になんかなったのかも忘れて、4年間、刑事に就任したてのころに俺に起きた"変動"から、ひたすら。
『純粋無垢ゆえ、タチが悪い。
子供は人を殺せるだろうが』
違う。俺達が、
大人が殺させるのだ。
だから、殺させない。
「きーじまちょん☆」
ぽん、と、冷たい何かを脳天に置かれた。声と呼び方で誰だかわかる。
振り返る気力も起きないほどうんざりする奴だ。
「あっ、原 昭孝警部!」
「……何か用スか」
置かれた缶コーヒーを軸に、ぐるりと首だけ回して背後を見遣る。
でっぷりした腹を揺らして、俺に唯一かまう上司が笑っていた。
「睨まないのー。来島ちゃんは見た目ヤーさん(ヤクザ)なんだから」
「余計なお世話だ……です」
「他の偉い人達からは印象悪いよー?その目つき」
「いい歳してそのふざけた喋り方する奴に言われたくねェ……たくないですよ」
「言い直してもトゲが抜けないんだけど。セリフからも僕のハートからも」
と、脂汗を拭きながら、原警部は苦笑した。そして、俺のデスクにひとまとまりの紙を置いた。
バサリという音の重さは、内容の重さまで表しているようで。
「新しいお仕事、だよ」
俺は頭上のコーヒーを掴み取りながら、書類を1枚めくる。
取り調べ。しかも、やはり未成年。
「さっきの仕事が終わったばっかで悪いけど、僕等も手をやいてるんだよねー、これが。助けて来島ちゃん」
自然と溜息が出た。
コイツは変わらない。4年前から、腹の出方も生え際も、俺にすぐ頼るところも、人使いが荒いところも。
そのおかげで動きやすいが。
「了解」
一言だけ返すと、俺は立ち上がった。
とにかく、まずは、動く。
「ゴメンネー☆」とかのたまう上司を置いて、俺は書類に記された取り調べ室へ向かった。
「け、刑事! 待ってくださいよ〜!」
少し行った通路で振り返ると、後輩が息を切らして追いついてきた。
「あ、歩くの、早過ぎ、ますっ、て……ちょっとだけ、よそ見したら、もういないなんて、びっくりですよ……!」
「……ついて来るのかよ」
取り調べにそう人数はいらない。前任者もまだ溜まってるはずだ。
しかし。
「当たり前です! ぼくは、来島刑事の行くところ、どこまでもついて行きますからね!」
ソイツは何故か胸を張り、俺の横まで来て大声で言った。
「……ストーカー容疑で職務質問」
「ひ、酷いッ!」
原警部が"変わらない奴"だとして、コイツは相当に"変わった奴"だ。4年間から、やたらと付き纏ってくる。
俺と居ても、功績が積み上がったところで、出世はしないだろうに。
「……しゃあねぇな。行くぞ、後輩」
「うわぁ! さらに酷いじゃないですか、刑事!」
後輩が突然、大声を上げた。
「何だ」
「"後輩"……って、せめて苗字で呼んでくださいよ……。"平瀬 哉"ですって、何度も名乗ってるじゃないですか」
そうだった……か?
そういえば、たまに呼び方が無意識に元に戻る。気づかなかったな。
「……行くぞ、平瀬」
「はいっ!」
後輩……平瀬は、何故か嬉しそうについて来る。
「…………気持ち悪ぃ」
「ひ、酷いっ!」
それは"滑動"。
自身の"動機"など関係しない。
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