episode1 滑動動機・上
※誤字、脱字あったらごめんなさい。
現実の組織、団体、事実とは一切関係ありません。
良作とも一切関係ありません。
夕暮れ、薄暗がりの中を小柄な少年が走っていた。
両手に必死に抱えたポリタンクからは水音。制服姿の彼の顔は蒼白で、見開いた目は絶えずあたりを見回している。
「…………」
あたりに人がいないことを確認すると、さらに暗い路地裏に入り込み、そこに詰まれた雑誌と新聞の山を見下ろした。
ここまでくれば、少年が何をしようとしているかは察せられるだろう。
しばらくすると、少年は緊張した顔でライターを取り出した。
荒い息に吹かれて揺らめく、赤い火。
「……おい」
少年は弾かれたように走り出す。
「あっ、コラ待て、クソガキ……!」
――なんで、なんでバレた!?
今回で最後なのに!!
今だけ上手くいけば……!!
「ぅぅうおあぁぁぁいッ!?」
俯きながら必死で逃げた先から、奇声があがった。
「ぎゃぁっ!」
少年も思わず叫ぶが、スピードは急には下がらない。
思いっきりその人影に突っ込み、もろとも地面に転がる。
「ボケっとするな、確保しろ!」
「は、はいぃ」
慌てる人影に捕まえられ、少年は必死の形相で暴れ回る。
捕まったら死ぬ、それくらいの勢いだ。
「離せよッ! 離せってばッ!!」
「い、痛い痛い! ちょっ、爪痛い! 暴れないで痛い!」
「離せぇーーッ!!」
「噛み付かないでーーーッ!」
捕まえた方が泣きそうだ。
しかし、拘束の腕は弱まらず、最初に声をかけてきた男が暗闇からフェードインしてきた。
くすんだ藍色のスーツの前を開き、白いシャツに背景に溶け込む黒いスラックス、オールバックの長身。
その眼光の鋭さに、少年は身が凍る。
「警察だ」
その男が静かに告げると、少年は体中の力を抜いた。
終わりを、自分の負けを悟ったのだ。
そのまま泣き出す少年を、捕まえていた男が心配そうに覗き込む。
――終わった。
このまま僕は
連れていかれて
"妹"は……!
「心配するな、自分のこと以外はな」
男は心底嫌そうに少年を見下ろし、吐き捨てるようにつぶやいた。
「お前もクソガキだが、アイツ等も相当クソガキだ。だが、"牧川 美幸"のマークはもう外れたと思え」
妹のフルネームに少年が目を上げると、男はうんざりだというふうに溜息をついていた。
甲高いパトカーのサイレンが聞こえる。
赤いランプの光が、断続的に路地裏に差し込んだ。
雑音が聞こえる。
『これは人間じゃない』『余分なことをしない方が身のためだ』『諦めろ』『残念だったな、ルーキー』『問題は歳じゃないんだよ』
『これは私のものだ』
『さようなら』
俺は、雑音に問う。
何故、助けなかった。
罪は、何から派生する。
『なぁ、なんでお前ほどの奴が現場にいるんだ? とっくに人の上にたってもいい功績だろうに』
現場じゃねぇと意味がないからだ。
動き続けなければ生きられない。
『何故、そこまで"子供"にこだわるんですか? 刑事』
俺にもわからない。
『刑事』
わからない。
知るかそんなこと。
『刑事?』
五月蝿い。
考えさせるな。
「刑事〜? 朝ですよ〜?」
「………」
「やっと起きた! いやぁ〜、死んじゃったのかと思ってびっくりしました! あ、徹夜続きだったですもんね〜」
「………………」
「み〜んな、目が点になってましたよ! あの子なんてノーマークでしたから! さすが刑事! 最高ですッ! かっこいいです!」
「……………………声でかい。五月蝿い」
「えっ、ちょっ、怒らせちゃいましたか!? ごめんなさいごめんなさい、寝起きの刑事の目つき怖いです! 人殺せそうってか今死にそう! ただでさえも人相悪いのに睨まないでくだ……へぶっ」
机に顔面を叩き付けてやって、ようやく後輩の平瀬は静かになった。
俺の眠りを妨げた報いだ。
ざまあみろ。