episode9 諸対面・中
――何してんだ、アイツ。
とりあえず、一回は連絡を入れようと履歴を開いた時だ。
チリン
不意に足元から響いた鈴の音に、反射的に目を落とす。
「……猫?」
何の変哲もない、どこにでもいる三毛猫だ。青い首輪には鈴、そして、小さな金属の箱が引っかかっている。
「…………」
猫はともかく、箱が気になる。雑な溶接といい、わずかな機械音といい――怪しい。
確認しようと手を伸ばした、が。
「だぁぁあああッ、いたぞッ」
突然のだみ声が響いた瞬間、怪しい猫は驚くほど素早く身をひるがえし、目の前の角へと消え去った。
「あっ、くそ、待てぇッ!」
すぐに、凄まじい形相を作った5人の警官が、揃って追うように角を曲がっていく。
なんだったんだ。
顔と制服を見るかぎり、確か交通課の奴らだったと思うが……猫まで取り締まるつもりか?
「猫ー、ねーこー?」
「あの畜生め、何処だ……ッ」
「ミケちゃーん!」
よく見ると署内のそこらかしこで、この"猫捜し"は見つけられる。しかも、そいつらの所属には共通点が見つからなかった。
「少しいいか」
「へ、俺ですか?」
声をかけると、一番近くで"ねこじゃらし"を振り回している若い警官が振り向き、俺を見るなり目を輝かせた。
「うわっ、来島刑事じゃないっスか! 退院したんスね!」
思わず眉をひそめる。名乗った覚えどころか面識もないが、俺のことは知っているらしい。
「あっ、スイマセン。いや、来島刑事と平瀬刑事、近頃ちょっと有名なんス。『玄庭』の件で"あの"鷹鮠サンを"ぎゃふん"と言わせたっつーことで! いや、人気ないっスから、あの人」
「……そうか」
ヘラヘラと笑いながら聞きもしないことを喋り続ける。"あの"平瀬よりも、相当軽そうな奴だ。
この調子なら、簡単に聞き出せる。
「他の奴らも猫を捜してるらしいが、何かあるのか。あの猫」
「あ、猫ってか"箱"っスね。金属の」
「箱……危険物か」
「そういや、刑事は何も知らないスもんね! 最近けっこう騒がれてんスけど」
「…………」
間違ってはいない、が、"慇懃無礼"ってのはこういう奴のことかもしれない。ヘラヘラした態度がイラつかせてくれる。
――鳥声よりは、マシか。
感情が表に出たのか、ソイツは俺の顔色をうかがうなり青くなった。
「あれ、なんか、怒ってたりしてるっスか……?」
「……説明してもらうぞ」
「お、おッス! あれ、実は――――」
「『爆破テロ』……みたいなものかな。小規模の。そんな訳で、手伝ってほしいんだ」
突然目の前に現れた"その人"の手には、それぞれ、警察手帳と白い猫。
「……あれ、大丈夫? 猫、ダメだったのかな?」
ぽかんとしている僕に、彼はにこりと笑いかけてくる。
「……あ、あの」
「何?」
「……どちらさま、ですか?」
ようやくしぼり出した質問も、どこか間抜けたものになってしまった。
"その人"は、一瞬の間の後、勢いよく吹き出した。
「っあはは! ごめんごめん! いきなりすぎたね。見てのとおり、ただの警察官さ」
「"見てのとおり"、ですか……?」
僕は驚いて"その人"を見る。けど、警察手帳以外、それっぽいものが見当たらない。むしろ、お洒落なサラリーマンみたいだ。
身長はそんなに高くない。僕よりちょっと低いくらい。
ふわりとしたクセのある茶髪に、太めの眉。優しそうな顔立ちだ。グレーのスーツもかっこよく着こなしている。
鳥声刑事くらい目立つ感じの人なのに、ぜんぜん署で見た覚えがないのも不思議だ。
「あ、見えない? よく言われるけどね」
「す、すみませんッ、失礼なことを……!」
「いいよ。で、最初に言った"手伝ってほしいこと"なんだけど」
そういいながら、"その人"は猫を離し、僕に笑いかける。
猫はあっという間に白い点になって消えた。
「簡単なことでね? 今からその犯人達のところに殴り込むから、『どちらが先に手を出したか』"証言"してほしいんだ」
「は、はい。…………って、"どこ"に"何を"っていいました!?」
物騒な言葉に危機感がつのる。優しそうな人だけど、何となく裏がありそうな……ついていったら無傷じゃすまなさそうな……。
「"テロ実行犯の巣"に"殴り込み"って言ったろ? じゃ、行こうか」
――って、すでに腕ひっぱられてるうえに力強いッ!?
「ちょっ……待っ、そういう手伝いなら他のっ、格闘が強い人のがいいんじゃ!?」
「大丈夫。君は喧嘩しなくていいし、おとなしくしてれば怪我はしないはずさ」
「怪我っ……なら余計、警察官の増援を連れていった方がいいですよ! 一人なんて無茶ですってッ!!」
「…………ふぅ、ん」
"その人"が歩きながら振り返る。その顔には、見た目からは意外なほど不敵な笑みが浮かんでいた。
「面白い子と組んだね、彼」
「へ……?」
「心配せずに、僕が一回殴られたら、あとは目も耳もふさいでて」
それだけ言うと、どんどん歩いて行ってしまう。
僕より一回り小さなはずの背中。なのに一瞬、刑事について行ってるような錯覚がした。
なんでだろう――?
いや、そんなことよりも……。
「け、刑事……、助けてくださいぃ〜……!」