episode7 私事仲間・下
「まずはコレかしら」
鳥声はそういいつつ、手鞄から何かを取り出し、俺へと放る。
「…………」
無造作に足の上にほうり出されたのは、雑誌ほどの厚さの封筒だった。
「今は読まなくていいわ。もっとも、二人とも量くらいは把握しておいてほしいけど」
「何だ」
「捜査資料のまとめ。ひとつのこらず、シモンに関係してる」
思わず布団ごしにも確かな重みのあるそれを持ち上げ、改めてその量に驚く。
「っ、多いな」
何かしているとは思っていたが、2週間でここまで膨れ上がるとは。
「彼女だけで起こした事件は少ないわよ。最近、その"シモン"っていうのは組織をつくっていると判明したから、メンバーの疑いがあるのを全部入れてきちゃったら、そうなったわけ」
「"組織"……規模は」
「せっかく作ったんだから資料を読みなさい」
「…………」
「とりあえず、"ムラサキ"の"モン"と書いて、組織名『紫門』。メンバーはどれも裏じゃ有名な犯罪者だけど、共通点がひとつ。おそらく全員、"未成年"だってこと」
「えっ、ええッ!!?」
叫び声をあげたのは平瀬だ。
「"未成年"って、子供の犯罪者ってそんなにいるんですか!?」
「推測だけに、表沙汰になってないのが多いけどね。アナタも"すごい蹴りの女の子"と交戦したでしょう?」
鳥声にウインクされ、平瀬はたじろいで口をつぐむ。顔がわずかに赤いが、黒川医師といいコイツといい、反応がおかしくないか?
鳥声の何にそこまで気圧されてんだ。――――顔か?
「まァ、そもそも未成年の範囲が広すぎるのよ。19、18なんて、もう立派に大人でしょ? ニュースで名前が出ないうちは、多少やんちゃしていいとでも思ってるのかしら……"未成年"の若造・小娘共は。捜すこっちの身にもなってほしいものね」
大袈裟に肩をすくめると、鳥声は勢いよく立ち上がり、今度は俺にウインクする。
「そう思うでしょう? ………………スルーしないの、"しのぶ"」
「名前で呼ぶなッ!」
反射的に全力で枕を投げつけるが、かるく身を反らして避けられた。体の鈍りを感じる。
だが、それ以上に鳥肌が立ちそうな悪寒を感じた。
「いいじゃない、忍。長い仲なんだから」
「だから呼ぶなッ、気色悪ィ!」
「返事しない子が悪いのよ。それとも、昔みたいに愛称で呼びましょうか? このロリコン」
「誰がロリコンだ! それは悪態であって愛称じゃねぇだろ、このコスプレ野郎……ッ」
「刑事="私服警察官"だもの。個人の似合うものを着て何が悪いのかしら!?」
「開き直るなッ! 調査および逮捕のための私服だろ、どこに紛れ込む気だ貴様は!」
「…………『あなたの心です』?」
「殴り飛ばすッ!!」
「ほらほら"銭形くん"、安静に安静に」
「誰のせいだと……クソッ」
「刑事、落ち着いてくださいっ! 傷が開きますって!」
「引っ込んでろ、平瀬ッ!! …………いや、ちょっと待て」
鳥声に殴りかかりかけた体を戻す。平瀬の介入でようやく、何かを忘れていることに気がついた。
「刑事……?」
「ん? なぁに、黙って」
「……仕事の話は終わりなのか。貴様が喧嘩ふってくるってことは」
「えぇ、だいたいね。あとは退院した後でいいでしょ」
「それだ。……何故、"処分"について触れねぇ。気でも使っているつもりか」
「処分……あっ、そういえばそうです! 鷹鮠警視!」
平瀬も気づいたらしく、おそるおそる鳥声をうかがう。鳥声も、鷹鮠の名でようやくわかったらしい。
「処分……ねぇ」
鳥声は俺達を見返しつつ、ニヤリと笑った。
「特に聞いてないけど、人事異動ならあったわ」
「ど、どんな……」
「安心なさい、平瀬くん。二人とも同時かつ一緒に、」
「――――『犯罪組織"紫門"捜査本部(仮)』に異動してもらうだけだから」
「………………」
「………………」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
つまりは。
排除でも謹慎でもなく、地方に飛ばされるわけでもない。しかも、シモンの捜査に、また来島刑事と一緒にあたれる、ということ、みたいだ。
「…………やっ、やったぁぁああっ!! よかったですね刑事っ!!」
「平……ぐッ!?」
理解した瞬間、僕は感極まって刑事のところに飛び込んでいた。
「て、てめっ、腹のは完治してねぇって……」
「うあっ、ごめんなさいっ!」
慌てて離れると、ぼくの体当たりは見事に怪我に当たってしまったようで、刑事は脇腹を押さえて唸っていた。
大変だ、せっかく退院した後も大丈夫ってニュースだったのに、怪我がまた開いたら――!
「け、刑事、痛いですかっ!? ナースコールしますかっ!!?」
「………………それ、より。立て」
「え? はい」
言われたとおり刑事のかたわらに立つ。
でも次の瞬間、お腹にまっすぐ肘が飛んできて、またしゃがみこむ。
本当に、声が出ないくらい効いた。
「……お、あいこ、ですか……」
「馬鹿が、足りねぇくらいだ……ッ」
「…………軽いコントはもう終わったかしら?」
ふと見上げると、鳥声さんはまたベットの端に座っていた。指先で長い髪をもてあそびながら、ぼく達をまじまじと見ている。
確かに、二人そろってお腹を抱え込んでいる姿は、ちょっとおもしろいかもしれない。ぼく自身は、刑事に申し訳ないのと痛いので笑えないけど。
「……ふふっ、思ったより楽しそうじゃない。忍」
「どこが、いや、どうでもいいが、名前で呼ぶな……ッ」
微笑む鳥声さんに、不機嫌そうに返す来島刑事。喧嘩してても、やっぱり何だか親しげだ。そういえば、"長い仲"って言ってた気がする。
「だが、よく鷹鮠が許したな。"メタボ"が何か仕掛けたか……?」
「あぁ、原さん? 今回は違うわ。"鷹鮠警視よりちょっと偉い人"からの口添えがあったの」
「誰だ」
「ヒントは、『優秀かつ性格のいい警視』、そして、『私もまた、本部にお呼ばれした』こと」
それを聞くと、刑事の目からようやく緊張がほぐれ、今度はすぐ苦々しい表情になる。
「"カンナ"、か」
ぼくはというと、また聞き慣れない名前が出てきて首を傾げていた。
誰だろう? あのヒントに当て嵌まるような警視なんていたかな。怖い上司の顔しか出てこない。
ぼくが一人でしゃがんだまま悩み混んでいると、すぐ正面を赤色がよぎって、ハッと顔を上げる。
「だいたい現状はわかったでしょ? "お見舞い"の目的は果たしたから、そろそろ帰るわ」
いつのまに移動したのか、鳥声さんは扉の近くで振り向き、薄く笑った。2度目だけど、まったく物音も気配も感じなかった。あんなに長身の、目立つ人なのに。
「さっさと帰れ、馬鹿が」
フン、と鼻を鳴らした刑事が吐き捨て、鳥声さんから視線をそらす。
二人の話は、これですべて終わりみたいだ。
「あ……あのっ、最後にひとつだけ聞いてもいいですか?」
「あら、何かしら。平瀬くん」
鳥声の微笑がぼくに向けられる。少し緊張しながら立ち上がり、ぼくは最初から抱いていた疑問を投げかけてみた。
「来島刑事とあなたは、その……恋人なんですか!?」
耳が痛いほどの沈黙が走る。
「あ、あれ?」
慌てて二人を見比べると、刑事は額を押さえたままサイドテーブルに突っ伏し、鳥声さんはぽかんとしてぼくを見ていた。 もしかして、聞いたらまずかったのかな……今ちょうど修羅場とか……!?
「ぷっ、は」
吹き出したのは、鳥声さんだった。
「わ、私と忍が、ね。これじゃ無理もないか……ふふっ、アハハハハっ」
鳥声さんは楽しげに声をあげて笑いながら、ふいに帽子を取る。
「くくッ、いい気味ね、忍。嫌でたまらないでしょう、ふふふ……」
長い髪を素早く一つにまとめていく。それを呆然として見ながら、ぼくは不思議な感じを覚えていた。
鳥声さんの、声が。
だんだんと――深みを帯びたテノールへ変化していく。
「それにしても……っ、アハハハハッ! 期待にそえなくて悪いけどね、平瀬くん」
乱暴に手の甲で口を擦ると、鳥声さんは尖った犬歯を見せて、野生的にニヤリと笑う。
赤い口紅は、手品みたいに綺麗に取れていた。
「"オレ"は、来島 忍に興味はあっても、男にはないぜ?」
「じゃあな」、と。
彼女――否、"彼"は、銀髪を尾のようにひるがえし、病室を出ていった。
「え、……え?」
「…………奴は、『鳥声 錦』は、まごうことなき男だろうが。…………見て気づかなかったのか」
振り向くと、体制を元に戻した来島刑事が、こちらを恨めしげににらんでいる。
ぼくは、それでやっと気がついた。
というより、何で気がつかなかったんだろう……!?
あの、"女性"から"男性"への豹変の前から、鳥声さんには『女性の体にあるべき凹凸』が、まったくといっていいほど、無かったのに。
とぼとぼと病院の廊下を、来島刑事の病室へと帰っていく。日もだいぶ傾いたし、そろそろ彼女も帰ったと思う。
「…………ハァ」
銀髪の髪の彼女を思い出すと、ちょっと胸が痛い。やっぱり、患者と恋人だろうし。
ふと、前から革靴の、コツコツという音が響いてきてハッとした。
長身、銀髪、アッシュ、奇しくも彼女と特徴が同じその男性は、赤みがかった茶のスーツの上着を小脇に抱えていた。
目が合うと、男性は薄く笑みを浮かべて会釈する。
「おつかれさまです」
「あ、はい。……?」
なんだろう、この違和感。診察で患者から異常を見つけたときのような、意識にひっかかるような。
「……失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
「いいえ」
男性は即答した後、苦笑する。
「あぁ、きっと妹と会ったのでしょう。似ているもので」
「はぁ……」
なるほど、兄妹か。なら、これだけ似ていてもいいかもしれない。
第一、彼女はまごうことなき"女性"だし、この人はまごうことなき"男性"だ。
なら、何がおかしいんだろうか。
「きっと妹がご迷惑をかけたのだろう。いづれ、お礼に行かせますよ」
「えっ、いや! 迷惑などでは」
焦りつつも、私は彼女がまた会いに来るという可能性に、胸を踊らせた。
足取りも軽い黒川医師と別れ、一人きり、白い廊下に立ち止まる。
「――タチの悪いことね」
そう呟き、"鳥声 錦"は意地悪そうに微笑んだ。
反響した声は、"彼女"のものだったが。
※セリフの一部を、
『ルパン三世』
作画・原作・原案
モンキー・パンチ
同作品映画
『カリオストロの城』
より、引用させていただきました。