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episode7 私事仲間・中


 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 ぽかん、としたままの平瀬の顔がカタカタと震え初める。


「刑事…………あ、ありがとうございますーーッッ!!!」


 立ち上がりながら、思いっきり叫んでくれやがった。ものすごい笑顔で。

 なにより、至近距離で。

「ッてめ……! 鼓膜がイカれたらどうする」

「でも、ぼくが犯人のスキをつけたのは刑事の指示に従って"停電をつくった"からです!! やっぱり凄い……電気ごと止められるなんて、犯人も予測出来なかったじゃないですか!」

「おい、ここ病院」

「セキュリティの情報が流れてても、利用させないためだったんですよね! 納得です! うわぁああッ、カッコよすぎます!!」

「大袈裟だ。あと静かにし」

「ぼく、やっと警察官として刑事のお役に立ったんですよね!? うわ、感激ですッ!」

「…………」

「4年で1回かぁ。でも、ぼく頑張りますから!! 本当に、どこまでもつい、ぐはっ!」

「……褒めさせた次にはもうこれか、この野郎!」

 ネクタイを掴んで引き、落ちてきた平瀬の頭を片腕で固定、もう片方の拳でぐりぐりと締め上げる。

「痛たッ! ちょっ、い、いたい痛いッ!! ヘッドロック痛いですッ! 割れる、あたま割れるーッ!!」

「五月蝿い! 病院では静かにしやがれ!」

 ざまぁみろ――と思ったところで、コイツのさっきの言葉がふいによみがえった。

 "4年で1回"。

「……お前、4年も俺に付き纏ってたんだな」

「いたっ、ひ、ひどいですよ! ぼくは刑事の役に立ちたッ、いたたたっ」

「褒めてんだよ」

 締め上げる力を緩めずに呟く。なんだかんだで長い付き合いだ。そこまで俺とやっていけたのは正直、感心するというか、変わっているというか……。

「だが」

 腕の力を抜いて平瀬を解放し、脱力感に任せて上半身を沈ませる。

「痛……くない。あれ、刑事?」

「これから、俺と距離を置いた方がいいんじゃねぇか」

「……………………え?」

 頭を押さえながら丸椅子に座った平瀬が、心なしか青ざめた顔で身を乗り出す。

「そっ、そんな……ぼく何か、失敗を……!?」

「いや、結果は"成功"だ。お前はやるべきことをやった。……騒ぐなよ」

 平瀬の顔が再び輝いたのを見つけ、早めに睨んで釘をさす。

「悪かったのは"運"だけだ。その現場には、鷹鮠がいたろ」

「鷹鮠、警視……」

 平瀬もハッとしたようだ。

 鷹鮠警視。現場の指揮官であり、目下からの忠告を嫌う奴が、部下が単独行動から功績を得たという事実を喜ぶだろうか。

「お前は目立たない。俺の代わりに多少ふらついてても、目をつけられることはなかった」

「そういえば、上官に呼び出されるのいっつも刑事だけ……す、すみませんッ!!」

「……だからやらせたんだけどな。だが、今回はお前個人で目立っちまった。この先、鷹鮠に目をつけられたら厄介だ」

「…………」

「奴はとにかく俺が気にくわねぇだけだ。今俺と離れておけば」

「で、でも、そんなッ、刑事!」




 平瀬が立ち上がるのと同時に、病室のスライドドアが静かに開く。

「あ、失礼。おとりこみ中みたいですが、傷の様子を見て構いませんか?」

 担当の外科医、黒川は遠慮がちに入ってきて苦笑した。

「今日は、珍しくお見舞いのお客さんが多いですね。来島さん」

「……多いってほどじゃねぇが」

 言葉を返しながら、目で平瀬に"座って静かに待ってろ"と促す。今度はおとなしく従った。

 話し合いはお預けだ。

「では、これで2人目ですかね。ここに来る途中、来島さんのお見舞いにいらっしゃった刑事さんを連れてきましたが……」

「…………見舞い?」

 心当たりがない。

 メタボの警部なら昨日来てるし、他にそんな仲の同僚はいないはずだが。

「どんな奴だ」

「えっ、と。すごく美人で」

「女性なんですか!?」

 俺より先に平瀬が食いついた。さっきまでの暗い面はどこに置いてきたのか、興奮したようにバタバタしている。

「刑事、もしかして…………っな関係の方ですかっ!?」

「どんな関係だ。空白で表現すんな」

「……や、やだなぁ、照れなくったって。ハハ……やっぱり」

 なんでアンタは泣いてんだ、黒川医師。

「で、で、どんな人なんですかっ? ……あと、大丈夫ですか?」

「ア、アハハ。背がスラッと高くて……そっか、恋人かぁ、やっぱ……」

 というより、俺を置いて盛り上がり始めやがった、コイツら。とりあえず、その来客の情報に耳を傾ける。

「外国人みたいでしたよ。こう、銀色の長髪で、目なんかアッシュで」


――……銀髪?


「"アッシュ"?」

「灰色の目のことですよ」


――…………その色素がそろうのは滅多にないが。


「物腰も柔らかで、優雅で、全身紅い服で……」

「ちょっと待て」

 思わず口をはさんだ。

「女……だったんだな」

「え、はい」

 嫌な予感がする。頭に浮かぶのは、『二度と会いたくない知り合い』。

「………………トリゴエ、と名乗ったか?」

 そして、元『仕事仲間』。

「え、はい」


「今すぐ帰せ」



 一瞬、いっそ傷が開こうがどうしようが、走って逃亡しようかと思案した。


 そのくらい、最悪だ。






「えっ、刑事、帰せって……」

 ぼくが言いかけたとき、ふいにスライドドアが開いた。

「……呼ばれたような気がしたんだけど、入ってもよろしかったかしら? 黒川センセイ」

 ハスキーな女性の声。振り返っておもわず、息を飲んだ。

 確かに、ものすごい美人だ。

 外国の映画の女優みたいに、彼女のいるまわりだけがスポットを浴びてキラキラして見える。全身が"紅い"という、病院にはあまりに似合わない格好も、似合いすぎていてツッコむ気になれない。

「ハイッ、どうぞッ」

 黒川医師が元気よく返事している。少し顔が赤い。なんか……なんで泣いてたのかわかった気がした。

 ぼくも綺麗な人だなとは思うけど、身長差がありすぎてちょっと怖い。今は座ってるから、こう、正面に立っても背の高さがより大きく見えて――――あれ?

「君が平瀬くん……かしら」

「ぅあいッ!!?」

 気づいたら、文字通り目と鼻の先に銀髪が揺れていた。反射的に身を引いたおかげで、椅子から転がり落ちてしまう。

 か、かっこ悪いぞ……刑事の前なのに。

「い、痛い……」

「あら、ごめんなさい。……にしても、"うあい"なんてとっさに出ないわよ? 見込みがあるわね」

「は、はぁ……?」

 何の見込みだろう。笑顔にごまかされそうだけど、気になる。

「…………何の用だ、鳥声」

 頭の上から刑事の声がする。

 恐る恐る立ち上がってそちらを見ると、また半身を起こした刑事が、めちゃくちゃ不機嫌そうに鳥声さんを睨んでいた。

 こ、怖……目つきが普段の3倍怖い……ッ!!

 女性なら泣いてしまうんじゃないかとこっそり伺うけど、鳥声さんは――楽しげに笑ってみせた。

「なァに殺気だってるの? お見舞いに来ただけじゃない」

「寄るな」

「逃げられないでしょ? 傷が開いたら退院がのびるだけ。大人しくしなさい」

 刑事のドスの効いた声に怯むことなく、刑事が怒っていることすら、むしろ楽しんでいるようだ。

 鳥声さんはそのままベットに近づいていき。

「よぉいしょっ」

「って、おい!」

 刑事をまたぐように、ひらりと飛び乗った。

「わ……」

「………………」

 な、なんか見ちゃいけないもののような気がする。気まずくて目を逸らすと、黒川医師が完全に石化していた。その間にも刑事と鳥声さんは。


「あら、ちょっと太った? 原さんのようになるのも時間の問題かしら」

「なるかッ! 腹を触るな! ふざけるな降りろ! ぐっ、傷に乗るな、殺すぞ……!」

「今の、殺人予告の起訴口実として脳内保存するわ」

「その気味の悪い喋り方もやめろ! 虫ずが走るッ!!」

「騒がないの。退院遅らせたくないんでしょ? 聞いてるわ」


 やっぱり……喧嘩してますよね? 恋人じゃないのかな。

 それとも、ただの痴話喧嘩……?

「……私は、失礼します。しばらくしたら、また体調を見に来ますから……ハハ……」

 ひきつった笑顔で会釈すると、黒川医師は出て行ってしまう。なんだか可哀相な人だ。

 でも、この雰囲気の中に置いていかないで欲しかったです。

「ぼ、ぼくも失礼しますね! それじゃ」

「待ちなさい」

「…………はぃ」

 出口に向かおうとしたところで、強いハスキー声につい足を止めてしまった。

「貴方にも関係ある話をするから、こっちにいらっしゃい」

 静かだけど、何故か拘束力のようなものを感じる喋り方。

 ゆっくり振り返れば、鳥声さんはいつの間にかベットの端に座り直していた。刑事も不機嫌そうに座っている。

 "謎の美人"と刑事の組み合わせは、ちょっと格好いい。

「ここに座ったら?」

「椅子に座れ、平瀬」

 トリゴエさんが自分の隣を、刑事はさっきまでぼくが座っていた椅子をさす。

 ぼくが迷わず椅子の方に座ると、鳥声さんはつまらなそうにため息をつく。

「まぁ、いいわ。ようやく関係者だけになったし、遊ぶのはここまでにしましょ」

 銀にふちどられた伏せがちな目が、まず正面の僕を、そして刑事をなぞってゆく。刑事は黙って見返す。

「……、現状を教えに来てあげたのよ。シモンの、ね」


 待っていた、名前。

 それを聞いたときの刑事の表情は、僕には読めなかった。それが少し悔しかったけど、僕は黙って鳥声さんの次の言葉を待つ。


 予想外の何かが起きる、予感がしてた。




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