表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

episode7 私事仲間・上


※突然視点が変わります。

読んでいくとわかると思いますが、ごめんなさい。


 国立病院の入口前には、樹木や花壇で青々とした、公園のようなスペースがある。入院患者のリフレッシュを目的とする広々とした空間も、真昼のうだるような暑さで人気はまばらだ。

 そしてそこに、ひときわ目立つ二人が歩く。

「あら、どうして帰るの? 折角来たんだから、会えばいいじゃない」

「すぐに仕事で会うだろう。それに……」

 グレーのスーツに見を包んだ、穏やかそうな男が苦笑する。

「公共の場でこれ以上目立つのは、ちょっと、ね」

「目立つのは嫌い、か。……フフッ、"美男子"ってのは苦労するわねェ」

「いや、君と一緒にいると目立つだけだよ」

 男の言うように、すれ違う人々の視線を例外なく集めているのは、むしろもう一人の方だった。

 西洋人のように背が高く、これ以上にないほど明るい色の髪は腰まで流れる。なによりその衣服の色彩は、真夏の緑のなかにくっきりと映える、深紅。

「お褒めにあずかり、光栄ですわ。上官殿」

 少し膝を折り、芝居がかったお辞儀をする。その様さえ見事に決まっていて、男はまた小さく笑ってから、出口へと歩きだす。


「来島刑事によろしく、鳥声(トリゴエ)刑事」


「頼まれてあげるわ、神無川(カンナガワ)警視」


 弧を描く紅い唇からの投げキッスが、スーツの背へとぶつかった。





 5分くらいはそうしているだろうか。

「刑事、無事で……ううっ、無事でよかったです……ッ!」

 俺のいる病院のベットに突っ伏し、ひたすら肩を震わせているのは、平瀬。

 突然、大声あげて病院に飛び込んで来たかと思うと、急に泣き出し、この状況だ。怪我人として寝かされている俺としては、非常にうっとうしいんだが。

「無事、じゃねぇだろ。2週間は外すら出れなかったしな。……ってか離れろ、腕が傷の真上にある」



 シモンと再開したあの事件から、2週間。リハビリに1週間。傷が消えないまでも、かなり動けるようにはなった。

 その間、テレビはおろか新聞すら止められた。平瀬いわく、『上司』の命令らしいが。面倒くせぇ奴は誰だか、まだわかっていない。

 だが、"情報規制"が起こっているのはわかる。

 おそらく、シモンの。



「あっ、そうですよね……。う、撃たれたって聞いたとき、心臓が止まりそうでした!」

「……お前の方が酷そうだがな」

 平瀬の、シワの寄ったスーツの背に目をやる。今は見えないが、体中に青痣があるはずだ。

「跡は残ってますけど、もう動いても痛くありませんから」

 えへへ、と、平瀬は気楽そうに笑う。

「…………」

 平瀬が犯人に喰いつき、ブツを取り替えしたあげく全身打撲で運ばれたと聞いたときには、真剣に驚いた。不良相手にたじろぐようなヘタレが、化物級の犯罪者に立ち向かったらしい。

「……あれ。刑事、どうしたんですか?」

 気づけば、平瀬は顔を上げてこちらを見ている。

「も、もしかして、痛みます? 看護師さん呼びますか?」

「いや……あ゛ー……」

 言わないといけないのはわかっているんだが。喉を上るむず痒さをごまかすために、前髪を掻きむしる。

「…………お前のわりに粘った、な」

「へ?」

 クソ、気恥ずかしいものか。

「他の奴等ァ、すぐ引っ込んでほとんど無傷だろ。引っ込めてやれなくて悪かった」

「い、いえ、そんな」

「……ヘタレにしちゃあ上出来だ」

 ぽかん、と、平瀬の顔に書いてある。その可笑しい面を見ていたら、自然に笑うことができた。

「よくやった」






 明るく白い、病院特有の無色の空間。その中を、深紅のロングスカートと銀髪をひるがえし、颯爽と裂くように進む人物がいた。

 私は患者の病室に向かう途中だったが、思わず足を止め、その姿に見惚れてしまう。こんなところ、先輩医師に見つかったらどやされるだろうけど。

 それにしても、すごく美人だ。外国人みたいにスラリと背が高いし、もしかしたらハリウッドかなんかの女優さんかもしれない。映画は詳しくないけど。

 ふと、その人がこちらを向きドキリとする。つば広の帽子が動いて、見えにくかった目元まで見えた。光が入ったその目は灰色、"アッシュ"と呼ばれるものだ。あぁ、髪が銀色だと睫毛も銀色なんだ。光って見える。

 あれ、なんで睫毛の色までわかっ……?


「少しいいかしら?」

「は、はいッ!? ……私、ですか?」

 ビックリした……!! いつのまに目の前に!?

「ここに、来島っていう刑事が入院してるでしょ? 病室を教えてくれないかしら」

 紅い唇が弧を描いた。しかし、カルテを持つ指には力が入る。"警察関係者は逆恨みを買いやすいから、むやみに病室を教えないほうがいい"、と言われたのを思い出したのだ。

「……個人情報でもありますから。失礼ですが、どちらさまですか?」

「あぁ、そうね。私服だから、怪しいと思って当然」

「い、いえ」

 言いよどむ私に、彼女は黒っぽいパスケースのようなものを差し出す。

 警察手帳だ。『特殊犯罪課』……あまり聞いたことがない。刑事……"トリゴエ"? 変わった苗字だ。

「同僚の預かってる担当医が、慎重な方で安心したわ。黒川(クロカワ) 靖彦(ヤスヒコ)……先生?」

 私は目を見開いた。

「な、何故」

「カルテがチラッと見えたから。名前は名札にあるじゃない」

 それも――そうだ。

「名前に色が入ってるの、素敵ね。さぁ、仕事仲間のお見舞いを案内してくださいな」

「は、い……」

 なめらかそうな髪が、手に触れそうなところで揺れている。こんな人に近くで微笑まれたら、誰だってドギマギするはずだ。

 警察手帳だって持ってるし、本物の刑事だ。こんな綺麗な人が怪しいはずない。うん。…………いかん、勤務中なのに。

「こっちですよ」

 ごまかしに咳ばらいをし、眼鏡をクッと上げたあと、先導して歩きだした。







 お見舞い……恋人かもしれ……いやいや、勤務中だ!!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ