episode7 私事仲間・上
※突然視点が変わります。
読んでいくとわかると思いますが、ごめんなさい。
国立病院の入口前には、樹木や花壇で青々とした、公園のようなスペースがある。入院患者のリフレッシュを目的とする広々とした空間も、真昼のうだるような暑さで人気はまばらだ。
そしてそこに、ひときわ目立つ二人が歩く。
「あら、どうして帰るの? 折角来たんだから、会えばいいじゃない」
「すぐに仕事で会うだろう。それに……」
グレーのスーツに見を包んだ、穏やかそうな男が苦笑する。
「公共の場でこれ以上目立つのは、ちょっと、ね」
「目立つのは嫌い、か。……フフッ、"美男子"ってのは苦労するわねェ」
「いや、君と一緒にいると目立つだけだよ」
男の言うように、すれ違う人々の視線を例外なく集めているのは、むしろもう一人の方だった。
西洋人のように背が高く、これ以上にないほど明るい色の髪は腰まで流れる。なによりその衣服の色彩は、真夏の緑のなかにくっきりと映える、深紅。
「お褒めにあずかり、光栄ですわ。上官殿」
少し膝を折り、芝居がかったお辞儀をする。その様さえ見事に決まっていて、男はまた小さく笑ってから、出口へと歩きだす。
「来島刑事によろしく、鳥声刑事」
「頼まれてあげるわ、神無川警視」
弧を描く紅い唇からの投げキッスが、スーツの背へとぶつかった。
5分くらいはそうしているだろうか。
「刑事、無事で……ううっ、無事でよかったです……ッ!」
俺のいる病院のベットに突っ伏し、ひたすら肩を震わせているのは、平瀬。
突然、大声あげて病院に飛び込んで来たかと思うと、急に泣き出し、この状況だ。怪我人として寝かされている俺としては、非常にうっとうしいんだが。
「無事、じゃねぇだろ。2週間は外すら出れなかったしな。……ってか離れろ、腕が傷の真上にある」
シモンと再開したあの事件から、2週間。リハビリに1週間。傷が消えないまでも、かなり動けるようにはなった。
その間、テレビはおろか新聞すら止められた。平瀬いわく、『上司』の命令らしいが。面倒くせぇ奴は誰だか、まだわかっていない。
だが、"情報規制"が起こっているのはわかる。
おそらく、シモンの。
「あっ、そうですよね……。う、撃たれたって聞いたとき、心臓が止まりそうでした!」
「……お前の方が酷そうだがな」
平瀬の、シワの寄ったスーツの背に目をやる。今は見えないが、体中に青痣があるはずだ。
「跡は残ってますけど、もう動いても痛くありませんから」
えへへ、と、平瀬は気楽そうに笑う。
「…………」
平瀬が犯人に喰いつき、ブツを取り替えしたあげく全身打撲で運ばれたと聞いたときには、真剣に驚いた。不良相手にたじろぐようなヘタレが、化物級の犯罪者に立ち向かったらしい。
「……あれ。刑事、どうしたんですか?」
気づけば、平瀬は顔を上げてこちらを見ている。
「も、もしかして、痛みます? 看護師さん呼びますか?」
「いや……あ゛ー……」
言わないといけないのはわかっているんだが。喉を上るむず痒さをごまかすために、前髪を掻きむしる。
「…………お前のわりに粘った、な」
「へ?」
クソ、気恥ずかしいものか。
「他の奴等ァ、すぐ引っ込んでほとんど無傷だろ。引っ込めてやれなくて悪かった」
「い、いえ、そんな」
「……ヘタレにしちゃあ上出来だ」
ぽかん、と、平瀬の顔に書いてある。その可笑しい面を見ていたら、自然に笑うことができた。
「よくやった」
明るく白い、病院特有の無色の空間。その中を、深紅のロングスカートと銀髪をひるがえし、颯爽と裂くように進む人物がいた。
私は患者の病室に向かう途中だったが、思わず足を止め、その姿に見惚れてしまう。こんなところ、先輩医師に見つかったらどやされるだろうけど。
それにしても、すごく美人だ。外国人みたいにスラリと背が高いし、もしかしたらハリウッドかなんかの女優さんかもしれない。映画は詳しくないけど。
ふと、その人がこちらを向きドキリとする。つば広の帽子が動いて、見えにくかった目元まで見えた。光が入ったその目は灰色、"アッシュ"と呼ばれるものだ。あぁ、髪が銀色だと睫毛も銀色なんだ。光って見える。
あれ、なんで睫毛の色までわかっ……?
「少しいいかしら?」
「は、はいッ!? ……私、ですか?」
ビックリした……!! いつのまに目の前に!?
「ここに、来島っていう刑事が入院してるでしょ? 病室を教えてくれないかしら」
紅い唇が弧を描いた。しかし、カルテを持つ指には力が入る。"警察関係者は逆恨みを買いやすいから、むやみに病室を教えないほうがいい"、と言われたのを思い出したのだ。
「……個人情報でもありますから。失礼ですが、どちらさまですか?」
「あぁ、そうね。私服だから、怪しいと思って当然」
「い、いえ」
言いよどむ私に、彼女は黒っぽいパスケースのようなものを差し出す。
警察手帳だ。『特殊犯罪課』……あまり聞いたことがない。刑事……"トリゴエ"? 変わった苗字だ。
「同僚の預かってる担当医が、慎重な方で安心したわ。黒川 靖彦……先生?」
私は目を見開いた。
「な、何故」
「カルテがチラッと見えたから。名前は名札にあるじゃない」
それも――そうだ。
「名前に色が入ってるの、素敵ね。さぁ、仕事仲間のお見舞いを案内してくださいな」
「は、い……」
なめらかそうな髪が、手に触れそうなところで揺れている。こんな人に近くで微笑まれたら、誰だってドギマギするはずだ。
警察手帳だって持ってるし、本物の刑事だ。こんな綺麗な人が怪しいはずない。うん。…………いかん、勤務中なのに。
「こっちですよ」
ごまかしに咳ばらいをし、眼鏡をクッと上げたあと、先導して歩きだした。
お見舞い……恋人かもしれ……いやいや、勤務中だ!!