表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

episode6 廻進撃・下



「…………ッ!」


 唯一、視界に定めていた電灯が消た。

 速やかに脳が冴え渡る。


 よくやった、平瀬。


 膝に力を入れ、立ち上がるついでに体を反転させる。

 呆然とした面の蒼門に素早く近づき、光を失った『スタンライフル』を持つ手を容赦なく蹴りつけた。

「ぎゃぁッ」

 しわがれた叫び声と共に、ゴトリと重い音をたてて凶器が落ちる。蒼門はそのまま力尽きたように一歩、二歩と下がり、尻餅をついた。俺が大股に近づき手錠を取り出したあたりで、見上げる虚ろな両眼は激怒と憎しみに染まっていく。

「こっ、この、な、な、なな何のつも、つもりで、わ、わが、我輩にッ、し、しし、死に損ないがァ……ッ」

「……お前が、な」

 カシャン、と軽い音をたて、手錠はなんの抵抗もなく蒼門の手首に収まった。

「この部屋の銃器の数……十分、"銃刀法違反"だろ。セキュリティだとしても、"防衛過剰"は"傷害罪"に含まれる……スタンガンとかな」

「こッ、こ、このッ……」

「年寄りは大人しくしてろ」

 虚ろな目に戻った蒼門は、もう立ち上がる様子もない。口からは意味を成さない息が漏れるだけだ。

 ざまぁねぇ。

 頭の中でだけ舌を出してやる。コイツの罪は、これでも軽い。


「…………なるほど、やられちゃった」


 ふいに響く、場違いなほど明るい声に振り向いた。

 シモンが、そのままの場所でパソコンの画面を眺めていた。

「とても優秀なセキュリティシステムも、『スタンライフル』も、電力が無ければただのガラクタだもんね」

 右手でひたすらキーを叩きつつ、つぶやく。ディスプレイの光に照らされた顔は、頬をふくらませ唇をとがらせた、拗ねた子供そのものだ。

「わっ、予備電源のシステムまで機能してない……おかげで、欲しかったデータのダウンロードが中途半端だよ。36%しか盗めてないや」

「そいつは上々だ」

 平然と返すと、シモンは顔を上げて俺を見る。かち合った視線はひどく不思議そうだ。

「……なんでそんなに元気?」

「…………元気に、見えるかよ」

「フラフラだけど、薬入ってるのに立ったし、蹴ったし」

「体質だろ……薬品には強い」

 "あのカスのせい"で、という言葉は飲み込む。

 シモンは、納得したように数回頷いていた。

「でも、撃たれた傷は? たくさんの出血も」

「骨は無事なうえ弾は小振りだ、十分歩ける。お前等が長々と喋ってる間、まぁまぁ休憩させてもらったしな……」

 一歩、近づく。

「ガキ一匹、確保するには…………十分だ」

 シモンはハッとしたように、一歩下がる。武器を奪われたのが自分だけではないと、気づいたらしい。

「……すごいね、キジマ刑事」

 二歩、三歩と下がり、目を見開いて俺を見てから、シモンはどこか嬉しそうに笑った。

「勝ったと思ったのに……追い詰められてる。逆転ってやつだよね。やっぱり、私の遊び相手はキジマ刑事しかいないや」

「その遊びも、"終い"だ」

「そうかなぁ?」

 眉間にシワが寄るのを感じた。部屋の奥へと追い詰められているにもかかわらず、シモンはパソコンを抱きしめ、楽しそうに体をユラユラとさせている。

 コイツの、この余裕はなんだ?

「今回はもぉいいや。蒼門は逮捕されるし、情報なんて、このビルが廃れたあとに拾いにくればいいもん。……なにより、キジマ刑事に会えたし!」

 また、無邪気に笑う。

「シモン」

 その笑顔はどこか脆く、危うい。そう思った時、思わずその名を口に出していた。


 だが。

 声は、ガラスから響きわたる悲鳴のような音に掻き消された。


「なッ」

「きゃぁっ」


 振り向けば、ガラス窓一面が白く曇って――いや、そう見えるほど細かくヒビが入っている。

 そして、シモンよりさらに奥のガラスを突き破り、人型の"何か"が、部屋に侵入した。




「…………おいおい」

 何で冷静なんだ、俺。14階だぞ、ここは。隣にビルがあるわけでもない

 『侵入者』はガラス付近でしゃがみ込んでいたが、やがてゆっくりと立ち上がった。

「…………………………」


 馬、だ。


 異様としか言えない格好に、しばらく言葉が宙をただよう。

 指先までおおう、タイツのような全身スーツ。だが、足はブーツ……いや、"(ひづめ)"が付いている。何より、頭によく仮装用に東急○ンズで売っているような、ゴム製の馬の被り物をしていた。それも、ご丁寧にスプレーか何かで黒く着色されたのを。

 『侵入者』から、『変質者』へと認識を改める。

「あっ、イズミ。いいタイミングだよ! プルチネは?」

 シモンの言いようからすれば、『変質者』ではなく『協力者』らしい。

 それにしても、一人ではないとわかってはいたが。

「共犯か……」

 少なくとも、二人。だが、目の前の馬――『協力者』を見るが、背も体格も成人のものとは程遠い。

「……監禁されていたお前が、どうやって集めた?」

「ひーみつっ!」

 シモンは俺に向かい笑って見せたあと、軽い足取りで、"イズミ"と呼ばれた『協力者』のもとへ歩みよる。

「プルチネは失敗しちゃった? 私もだけど」

「……あぁ」

 喋れるのか。

「アレは警察にとられたけど、割っておいた。シモンの望みどおりに」

「そっか、ならいいや! 半分成功っ! 帰ろう!」

「……待て、コラ」

 ようやく我に帰り近寄ろうとすると、初めて"馬"、いや、イズミはこちらを見た。見えているのかはわからんが。

「はじめまして。シモンの父です」

「……下手な嘘つくな」

 すぐそこで本物が呆けてるだろが。

「スミマセンが、今日のとこは帰ります」

「……俺がそのまま逃がすと思うか」

「いや、まだ娘を嫁に出すつもりはないんで」

「…………無理があるぞ」

 会話で精神力を削られる。…………俺は何故、"馬"と真剣に喋ってんだ……。

「いいじゃないすか。警察さんにはもう十分オトクな"情報"がいってるし」

 言いながら、イズミはシモンを軽々と抱え上げ、肩に座らせた。

「待てッ……」

 間合いを狭めようとしたが、ふいに暗くなる視界にまた膝をつく。膝で踏んだガラスの破片が、ジャリ、と音をたてた。

 クソ、血が足りねぇか。

 本格的にさっきの一撃で限界だったらしい。

 辿り着けない。




「あっ」

「何、どした、また、忘れ物?」

「行く前にキジマ刑事にあいさつしなきゃ」

「ホントに気に入ってんだ」

「うんっ。……キジマ刑事!」


 霞む目を上げれば、月光の元に浮かび上がる影が、妙にはっきりと見えた。

 割れた窓の淵で、イズミはいつでも飛び降りれるとばかりに立っている。その肩でシモンはこちら向きに座り、笑った。


「さっきのキック、かっこよかったよ! でも、あの時もしも私から捕まえてたら、私を逃がさなかったよね。何で蒼門からにしたの?」

「…………ッ、知るか……」

「……きっと、キジマ刑事も怒ってくれたんだよね。4年前も、私のために怒ってくれたから」


 シモンが眼鏡を外す。あの深い紫の目が、ガラスの破片が放つ月光と共に、俺を映した気がした。


「引き分け、だよ。だから、また会いに来るね、キジマ刑事っ!」


 その言葉が聴こえたとき、黒い馬も、少女も、闇の中に消えた。


「…………は、ッ」

 結局、奴の"遊び"は始まったのか。


 背後に、階段を駆け登る足音を複数聞きながら、意識だけは飛ばさないよう、ガラスの破片を握りしめた。

 面倒だが、説明の義務がまだ、残っていやがる。

 平瀬も探さねぇと。



 面倒だ。それでも。

 いままでほど、何故か荒むことはなかった。





※ご感想、ご意見など、心からお待ちしてます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ