episode5 Palcoscecolo・下
思った、瞬間だった。
サーチライト、電灯、ビルから漏れる光さえも、全てが消え去った。
向こうで控えている他の警察官達のどよめきが聞こえる。でも、動揺しているのは彼らだけじゃない。
「あれ……? まぁっくら…………えっ?」
驚いたような高い声が聞こえた瞬間、僕は肩に押し付けられた足を両腕でつかんだ。
細くて、正直"こんなこと"をすると折れてしまいそうで怖い。でも、あの蹴りの反動を考えれば大丈夫な気もする。
「その……、ちょっと痛いから、ごめんなさい――ッ!」
体を反転させて、ピエロの小さい体を回転に巻き込む。
「きゃうっ」
どさりと音がして、僕もピエロもコンクリートの上に転がった。空中に逃げられたらチャンスは無くなってしまうから、掴んだ足を離さないように、柔道の要領で両手足を固める。武道のなかでは一番出来がよかった、所謂、寝技。
――でも、な、何も見えない……変なところ触っちゃったらどうしよう、一応小さくても女の子だから焦る……!
しかも、もう体力も痛みも限界だし、抑えられる時間は短い。だから、最低限の僕にできることをしないと……!
「もぉっ、はなすぅーっ」
下からピエロの蹴りが腹に当たる前に、僕の手はようやく目的――彼女の持つ袋に届いた。
「わっ」
「ぐ、はッ」
幸か不幸か、蹴られたおかげで勢いがついて、僕は"大切な忘れ物"が入った袋を掴んで吹っ飛んだ。
予備電源が動いたのか、電灯が数個ついた。着地した背中も蹴られた腹もすごく痛い。それでも何とか上体を起こすと、ピエロも上体だけ起こしてこちらを見ていた。
きょとん、としている。
「……た、逮捕は、無理だから……勝てる気がしませんし。さっきのも、『停電が起こる』ってわかってたから、できただけです」
動かないピエロに、声を絞りだして話しかけた。話すだけで体中がギシギシと悲鳴をあげる。でも、しっかりと袋を握り直した。
「い、一回でも捕まえたら……返して、くれるんですよね?」
「…………とられちゃった、ら、ボクの、まけ」
間を開けつつ、自分に確認するようにピエロはつぶやく。
「……しっぱいしちゃったよぉ……」
――あっ、まずい、涙声になってる! うつむいちゃったし肩震えてるし……な、泣かせた?
「あ、あの…………、ッ!?」
ふいに、空気が変わる。
俯いたままのピエロから、"殺気"と呼べるほどのプレッシャーを感じて、思わず息を呑んだ。
『すでに狩られた自分』を、空想させるような恐怖感――。
「勝手に終わらせちゃダメだって、"プルチネ"」
背筋が、ぞわりと粟立つ感触。ピエロに感じた恐怖とはまた別の、もっと、おぞましいというような。
「…………イズ……ミ」
どこからともなく聞こえた声に、ピエロが顔を上げずに呟く。
「だ、誰ですか……!?」
「そこのピエロを迎えに来たんだけど」
落ち着いた男性の声、でもすごく若い、高めの声だ。
突然、まわりの電灯が次々に砕け散った。声をあげる隙もなく、暗闇で包まれた中で、"何か"が側に降り立つ気配を感じた。「『そのまま蒼門に返されるくらいなら、壊して』……シモンの意思」
「え……!? うわっ!!」
腕の中の袋から、カシャンと何かが割れる音がして、僕は慌てた。
「わ、割れ……一体何が……?」
「プルチネに殺されなくてよかったじゃんか」
再び空気が動き、側にいた"何か"が移動したのを感じる。
手を伸ばそうとしても、もう立ち上がることもできなさそうだ。
「ま、っ……て! "プルチネ"って……殺すっ、て…………!?」
「"作戦"はほとんど終わったし、あとはシモン回収して帰る。……それ、大事に持って帰んなよ」
微かな音をたどって視線をあげると、抜きん出て高い電灯の上に、月明かりでシルエットが浮かび上がる。
宙を跳び舞う姿は、影絵みたいに映えた。
一つは、きっとあのピエロ。
もう一つは……。
「……え? アレって、"う"…………」
緊張感を失った僕の意識は、ここで途切れてしまった。
最後に、カメラのフラッシュが瞼をかすめ た 気が
す
る。
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