手を切る
手を切ると言う言葉には多くの意味がある。
例えば他者との関係を断つ、縁を切るなどの比喩的な表現。
もう一つは物理的に手を切ると言う意味もある。
私は宗教の経典や遠い昔の社会秩序を維持する事を理由に罪人の手を切り落とす事もまれにあったと認識している。
知人にAさんと言う人がいる。
この人のお孫さんは生まれつき右手がなかったと聞き知った。
この時にフッと幾つかの出来事を思い出し違和感を持つ。
始まりはAさんの娘に出会った時の事だ。
Aさんの娘を家に送る事になったのだがその時の会話の中で手荷物からエアガンを取り出したのだ。なんの脈略もなく撃たれたのは言うまでもないが何故そんな物を持ち歩いているのかと聞くと「先日、彼氏とデート中にド〇キで盗んで来た」と楽しそうに言うのだ。
この時私は価値観が違うなと感じそれ以上深くは聞かなかった。
その後、母の世間話でAさんの娘が度々万引きで警察に厄介に成っていたと知った。
次に違和感を感じたのは姪がAさんから子供が大きくなったのでオモチャのおさがりを貰った時の出来事を聞いた時の事だ。
姪っ子は新たに来たオモチャにとても喜んだがソコから数日謎の体調不良と腹痛に襲われたらしい。
らしいと言うのは母伝いに聞いた昔話だからである。
私の偏見と個人的な信条において世の出来事は繋がりと関連性がある場合があると考えている。
仏教的な価値観でいえば因果と縁由である。
因果と縁由と言うのは何も悪い事ばかりではない。いい友人に出会うのもそうであれば悪い出来事にあうのもそうだ。
この話を見聞きするのも因果と縁由とも言える。
何故こんな話を始めたかと言うとAさんに起こった出来事である。
孫が右手がない状態で生まれたと言いう事だ。
これは差別的な考えと発言と想像だが出来事を繋げていくとAさんは日常的に盗みを働いていたのではないか?と言う疑念が生まれた。
娘が万引きをするから親も万引きをするとは一概には言えない。
だがしかし、姪がおさがりのオモチャを貰った時の出来事を考えた時にオモチャと一緒にAさんが盗んだモノの悪縁まで引き受けたのでは無いかと考えたのだ。
モノには念が宿ると言う。運気のいい人から貰った財布はお金が溜まると言うのに近い考え方だ。悪い縁を切る為に浮気した相手から貰ったプレゼントを処分するとか割とみんなが当たり前になんとなくしている事だ。
盗んだモノや他者から奪ったモノは悪くないが人が間に入る事で属性がつく事がある。
そう考えた時に姪の体調不良はそれが原因だったのかも知れないと思った訳である。
窃盗癖と言うのは病気でありそう簡単に治るモノではない。
そして、偏見でもあるがこう言う癖と言うのは親子間で引き継がれる傾向がある。
娘が万引きをするのであれば母親であるAさんも同様なのではないか?
時代が違えば窃盗の罪で腕を切り落とされていたのかも知れない。
ただ現代においてその様な刑罰は存在しない。
この窃盗癖という悪い因果をAさん母子が真剣に向き合って対処ができていれば孫娘の右手が無いまま生まれる事はなかったんじゃないかと思う。
過酷な環境で人間的な問題が物理的に解消される事が必ずしも悪い事ではないんじゃないかと私は思った。
せめて、Aさん家族が自分たちの問題と向き合い幸せに暮らしてくれる事を遠くか願っている。




