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『炯眼(けいがん)の馬医 ―異世界朝鮮・泥中に咲く龍の譜―』   作者: 水前寺鯉太郎
第1部

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第4話

獄舎の床は、冬の地面より冷たかった。


ヨンダルは膝をついたまま、目の前の男を見上げた。ミョンファン。絹の官服、整えられた髭、権力の匂い。かつて父マファンを死に追いやったその男が、今や医学界の頂点に立っている。


その男の指が、震えながらヨンダルの顔に触れた。


「……その眼差し。その鼻筋」


ミョンファンの声は、威圧でも命令でもなかった。懺悔に近かった。


「マファンの面影がある」


ヨンダルは動かなかった。この男が何を見ているのか、分かっていた。自分ではない。この男は、十二年前に自分が殺した男の亡霊を、ヨンダルの顔の中に探している。


「今日から、お前は奴婢ではない」


ミョンファンは立ち上がり、視線を逸らした。


「マファンの家門は、私がこの手で回復させる。お前の名は、チニョンだ。私の娘として、この都で生きよ」


沈黙が落ちた。


ヨンダルは俯いた。拳の中で、指が爪を立てた。この男の懺悔に乗ることが、今できる唯一の道だと分かっていた。クァンが死んだかもしれない。仲間たちは散り散りになった。ここで意地を張れば、次の朝は来ない。


だが。


*ヨンダル。鍼の腕だけは認めてあげる。*


クァンの声が、耳の奥で鳴った。


その名を呼んだのはあいつだけだった。誰でもない自分の名として、初めてそう呼ばれた夜のことを、ヨンダルはまだ身体で覚えていた。


「……チニョン」


ヨンダルは、その名を口の中で一度だけ転がした。


飲み込んだ。


---


同じ夜、クァンは断崖の端に立っていた。


背後は海だった。前には松明と、弓を構えた兵の列。逃げ道はなかった。ソックの体を置いてきた廃屋から、軍靴の音に追われてここまで走った。肺が焼ける。泥で顔が固まっている。


「逆賊の息子を逃がすな」


クァンは唇だけ動かした。


*父上。俺、まだ何も——*


風切り音。


衝撃が右肩を貫いた。体が浮いた。空と海が入れ替わった。


水が、全身を叩いた。


冬の海は、痛みより先に意識を奪いにくる。冷気が肺に刺さり、右腕が動かない。沈んでいくのか浮いているのか、もう分からなかった。泡の中で、ヨンダルの顔が浮かんだ。守れなかった、と思った。それだけ思って、暗くなった。


兵たちは波間の血飛沫を見て、頷き合い、松明を向けた。


---


何日後か、分からなかった。


慶尚道の海岸。砂の感触が頬にあった。波が足首を引いては返す。それだけが、生きている証拠だった。


「……まだ心臓が動いておるか」


声がした。


老人だった。粗末な麻の衣。白髪を雑に括っただけの頭。だが、その目だけが違った。何かを、ずっと遠くまで見通すような目だった。


老人は屈み込み、クァンの肩の傷を覗いた。鼻を鳴らした。


「腐りかけておる。もう半日遅ければ腕ごと落としておった」


薬草を口の中で噛み砕き、傷口に押し込んだ。次に懐から、黒い鍼を取り出した。クァンが知っている鍼とは違う。細く、長く、微かに湾曲している。


「痛むぞ」


言い終わる前に刺した。


クァンは叫んだ。傷口から黒ずんだ血が噴き出した。それきり、意識が途絶えた。


---


目覚めると、藁の匂いがした。馬の息遣いが聞こえた。


厩舎だった。


「起きたか、小僧」


老人が傍らにいた。名前を聞いたが、答えなかった。ただ、これだけ言った。


「命を救った代わりだ。ここで馬の世話をしろ。糞を片付け、水を運び、飼葉を与えろ。お前のような行き場のない人間にできることは、それくらいだ」


白雲ペグン牧場。慶尚道の僻地にある、風に吹きさらされた牧場だった。


クァンは動いた。動くしかなかった。父は死んだ。ヨンダルは消えた。自分の名前は、今頃漢陽で「死亡」として処理されているだろう。悲しむ余裕すらなかった。悲しみは、身体を動かしている間だけ、少し遠のいた。


糞を片付けた。水を運んだ。飼葉を与えた。


夜になると、傷が疼いた。眠れない夜に父の顔が来た。あの冷たくなった手の感触が、掌に戻ってきた。どうしてあの夜、もっと早く医者を探せなかったのか。なぜ額を地面に擦りつけても門は開かなかったのか。その答えを、クァンはまだ持っていなかった。


三日目の朝、仔馬が倒れた。


他の馬医たちが囲み、首を振り、散っていった。「明日にはほふる」という言葉だけが残った。


クァンは厩舎の隅で、その仔馬を見た。


骨が浮いた細い体。白目を剥きかけた目。それでも、鼻先がかすかに動いていた。呼吸していた。まだ諦めていなかった。


*お前も、誰も助けてくれないのか。*


クァンは懐を探った。ソックの銀鍼があった。あの夜、父が最後に手招きした時も、これだけはポケットに入っていた。


膝をついた。


教わったことはない。誰にも習っていない。だがソックの手元を何年も見てきた。馬の体のどこに命が通っているか、指が知っていた。もっと深いところで、自分の中の何かが叫んでいた——マファンから流れてきたものが。


「死なせない」


声は、誰かに聞かせるためではなかった。自分に言い聞かせるためでもなかった。ただ、そう決めただけだった。


鍼を構えた。仔馬の首筋の、かすかな脈動を指で探した。見つけた。


突いた。


仔馬が震えた。クァンは鍼を抜かず、角度を微調整した。また震えた。今度は違う震えだった。痙攣ではなく、何かが通ったような。


夜明けまで、クァンは動かなかった。


---


翌朝、牧場主が厩舎を覗いた。


仔馬が立っていた。耳をピンと立て、クァンの差し出した手から粥を食べていた。


その傍らで、少年が泥だらけのまま眠っていた。鍼を握ったまま。


牧場主はしばらくそれを見ていた。それから、老人のもとへ行った。


「あの小僧、何者だ」


老人は答えなかった。ただ、厩舎の方向を一度だけ見た。その目に、初めて何か別のものが宿った。


---


漢陽では、チニョンと呼ばれる少女が、煌びやかな衣を纏い、孤独な夜を過ごしていた。


慶尚道では、名もない馬医の下働きが、泥の中で命の重さを覚えていた。


二人の間には、今、海と山と身分と嘘が横たわっている。


それでも、同じ夜の空の下にいた。


---


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