第25話
【1586年 冬・漢陽 王宮内から司僕寺へ】
第一章:絶望の淵の再起
開かれた頭蓋の奥、クァンの指先が止まった。
「……新しい骨髄炎だ。これほど深く、広範囲に……」
周囲の医官たちが絶望の溜息を漏らす。通常の刃では届かず、無理に削れば脳を傷つける。クァンは一旦、血に染まったメスを置かざるを得なかった。
だが、クァンの瞳の火は消えていなかった。
(……届かないなら、届く道具を作ればいい。馬の蹄の奥深く、石が入り込んだ時、俺はどうした?)
クァンはカン・クネに命じ、炉で熱した細い銀の針を曲げ、先端を極小の匙状に叩き出させた。
「首医様……俺を信じてください。貴方に教わった『諦めない医道』を、今ここで証明します!」
再開された手術。クァンはその自作の道具を用い、迷路のような骨の隙間から、腐った病根を一つ残らず掻き出した。
それはもはや、医学を超えた「魂の彫刻」だった。
その頃、ミョンファンは自室で古い戸籍と睨み合っていた。
クァンの過去、ソックの逃亡、そして何よりクァンの「手」に宿る、あの忌まわしくも天才的なマファンの面影。
「……そうか。入れ替わっていたのは、赤ん坊の性別だけではなかったのだ」
ミョンファンの顔が、これまでにないほど醜く歪んだ。
「ペク・クァン……お前こそが、マファンの呪われた種だったのか。私の娘として育ててきたチニョンが奴婢の娘で、目の前の馬医が正当な血筋だというのか!」
崩れ去る自尊心と、暴かれる恐怖。ミョンファンは、クァンを「生かしては置けぬ宿敵」として、その抹殺を心に誓った。
手術の成功を見届けたチニョンは、吸い寄せられるように、クァンがかつて過ごした司僕寺へと向かった。
彼の「手」が、彼の「言葉」が、あまりにも幼い日のヨンダルに似すぎている。その疑念を拭い去るために。
「ペク・クァン医学生様ですか? ええ、あの方は馬を家族のように愛していましたよ」
古い厩番が、懐かしそうに目を細める。
「特にかわいがっていた一頭がいましたな。その馬に、あの方は……**『ヨンダル』**という名を付けて、夜通し話しかけておられました」
チニョンの心臓が、激しく跳ねた。
「……ヨンダル? その名は……」
「ええ、ご自身の昔の名前だとか。いつか再会する『大切なお嬢さん』に、胸を張って会えるようになるまで、その名を忘れないために付けているのだと……」
チニョンの視界が、一気に涙で滲んだ。
今、王宮で血にまみれ、人の命を救っているあの男。
身分の差に苦しみ、それでも笑って自分を支えてくれたあの男。
彼こそが、十二年前に自分の身代わりとなって死んだはずの、あの少年だったのだ。
「……クァンさん。貴方だったのね。ずっと、私のそばに……」
チニョンは走り出した。重い医女の衣を翻し、夜の廊下を駆ける。
いま、この瞬間に彼を抱きしめたい。彼が背負ってきた孤独な歳月を、すべてこの手で癒やしたい。
しかし、その再会の道の先には、漆黒の闇が待ち構えていた。
ミョンファンが放った刺客たちが、手術を終えて疲れ果てたクァンを包囲し始めていたのだ。
「ペク・クァン。お前の人生は、ここで終わる。死んでマファンのもとへ行くがいい」
月明かりの下、光る刃。
クァンの命を救うために駆けるチニョンと、彼を消し去ろうとするミョンファン。
十二年前の「すり替え」から始まった偽りの平和が終わり、真実という名の嵐が、すべてを飲み込もうとしていた。




