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『炯眼(けいがん)の馬医 ―異世界朝鮮・泥中に咲く龍の譜―』   作者: 水前寺鯉太郎
第1部

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第21話

クネの指が、また止まった。

 クァンが書いた処方箋の筆跡を見るたびに、あの男の字が蘇った。カン・ドジュ。告げればクァンは名門の血筋として復権する。だがチニョンが奈落に落ちる。告げなければ、ミョンファンがいつか別の形で真実を暴く。どちらを選んでも、誰かが傷つく。まだではない、とクネは思った。

 ミョンファンの邸宅で、チニョンが正面に座っていた。「ソンハ様との婚姻はお受けできません」

 「名家の格を守るためだ」

 「父上の野心のためでしょう」

 沈黙が落ちた。ミョンファンはチニョンの目の奥を読んだ。長年、人の心を読んで生き延びてきた男だった。一瞬で分かった。あの馬医だ。部屋を出た。廊下を歩きながら、手が固まっていた。直接手を下すのはもうできない。別の方法が要る。

 夜、使いが来た。「ソ・ウンソ様が再び自害を図られた」

 クァンは外套を取り、夜の路地を走った。屋敷の扉が開いた瞬間、役人が複数立っていた。「現行犯だ。身分の卑しい者が名家の淑女の部屋に侵入した。綱常罪である」

 腕を掴まれ、床に顔をつけられた。義禁府に連行された。

 牢の前にミョンファンが立った。「お前が死ねば、すべてが収まる」。声に感情がなかった。クァンは壁を使って立ち上がり、後ろ手に縛られたまま、ミョンファンを見た。

 「俺は死にかけた命を、無様に差し出すことはしない。貴方が二十年かけて築いたものを、いつか俺の手で崩す。その時まで、死なない」

 ミョンファンの目がかすかに動いた。それだけだった。

 牢の外で、チニョンが石畳に立っていた。格子の向こうの暗闇を見ていた。クァンの声が聞こえた。死なない。チニョンは拳を作った。この男がミョンファンの罠で縛られている。できることがある。踵を返して走った。

 クネは灯りの前で座っていた。「クァンさんが捕らえられました」

 「知っている」

 「クネ様。ペク・クァンという人が、何者なのか、教えてください。貴方が何かを知っていると、ずっと感じていました」

 クネは灯りを見た。炎が揺れていた。「お前は覚悟があるか」

 「あります」

 「ペク・クァンが誰の子か、この国の誰よりも、私がよく知っている」

 チニョンの顔が変わった。クネは灯りを持って歩き始めた。夜が深かった。明けるまでに、やることがある。

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