第18話
【1586年 秋・漢陽 典医監から王宮へ】
静まり返った試験場。ユン・テジュとペク・クァンの処方箋が、試験官たちの手から首医コ・ジュマンへと渡された。
テジュの診断は「完璧な定石」。対してクァンの診断は「誰もが予想しなかった異端」だった。
「……ユン・テジュ。お前の診断は『医書』の頂点だ。だが、ペク・クァン」
署長の声が響く。
「お前の診断は、死にゆく者の『命の灯火』を直接掴み取ったものだ。……この患者たちが患っているのは、肺の病ではない。獄舎の壁の苔に含まれる微量な毒による中毒である。これを見抜いたのは、クァン、お前一人だ」
会場に衝撃が走る。名門の子弟たちが言葉を失う中、首席合格者として名前を呼ばれたのは、他でもない**「馬医出身のペク・クァン」**だった。
合格の知らせは、漢陽の街を駆け巡った。ジャンバクや牧場の仲間たちは涙を流して喜び、チニョンは独り、安堵の溜息をついた。
しかし、喜びも束の間。クァンのもとに、不穏な影が忍び寄る。
「……首席だと? 卑しい獣医が、我々両班の頭の上に立つというのか」
ミョンファンの邸宅では、怒りに震える重臣たちが集まっていた。ミョンファンは冷徹な瞳で、クァンの合格証書を見つめていた。
「……首席として入宮させればよい。王宮は、実力だけで生き残れるほど甘い場所ではないことを、奴の骨の髄まで教えてやる」
数日後。クァンは初めて、医官の正装に身を包んだ。かつてのボロボロの服ではなく、青い官服を纏った自分の姿。
王宮の門をくぐる際、クァンは空を仰いだ。
(父さん……ソックおじさん……。俺、ついにここまで来たよ)
しかし、配属された先は、王族を診る「内医院」ではなく、貧しき民を診る「恵民署」のさらに下働きを担う部署だった。
「首席合格者がなぜここへ?」と問うクァンに、上役の医官は冷たく言い放った。
「馬医は馬の糞に慣れているだろう。ここは病人の汚物を片付ける場所だ。首席だろうが何だろうが、ここではお前は『最下位』だ」
汚物と血にまみれた初日を終え、クァンは王宮の片隅でチニョンと再会する。
彼女は医女として、彼と同じ戦場に立っていた。
「……クァンさん。辛いでしょう? 貴方の腕なら、本来はもっと上の場所で……」
「いいえ、チニョンさん。これでいいんです。……俺は、高い椅子に座るために医者になったんじゃない。誰からも見捨てられた命の側にいたいから、ここに来たんです」
クァンの言葉に、チニョンは微笑んだ。彼女が愛し、信じた男は、どんなに華やかな服を着ても、その魂は「命の泥沼」を這いずる熱い少年のままだった。
そんな中、王宮内に激震が走る。
国王・顕宗の体に、原因不明の腫瘍が現れたのだ。御医たちが総出で診察するが、治療は難航。ミョンファンはこの機に乗じて、ある恐ろしい計画を立てる。
「……あの首席合格者の馬医を使え。奴に王の治療をさせ、失敗の責任をすべて負わせて処刑するのだ」
栄光の首席合格は、クァンを王宮という名の「断頭台」へと誘う罠に過ぎなかった。




