可愛いけど、可愛くないの。【2000文字】
「亜羽が好きだよ」
ユウスケはいつもそう言ってくれた。
胸の真ん中に、その優しさがちょろっとだけ注がれて、溜まる。
その時は、それでいいの。
世界一満たされた気分になるの。
ユウスケのお姫様になれるのは、今までで一番幸せだったの。
それなのに、その水はすぐに蒸発してしまう。
そんなこと思ってくれるのは、今だけでしょ。
本当は、他の子がいいんじゃないの。
もっといい子がユウスケに合うはずなのに、
亜羽じゃない方がいいんじゃないかな。
こんな汚い亜羽のことは、誰も好きになってくれるはずがないのに。
「亜羽の顔も好きだよ、かわいいよ」
それで、もう駄目だった。
「嘘ばっかり言わないで」
「本当だよ」
「亜羽は可愛いけど、可愛くないもん…」
「亜羽?」
「もう、無理…!」
それでユウスケの家を飛び出していた。
ユウスケと居ても、この黒いヘドロみたいな気持ちは浄化されない。
だからって、これをどうやって処理していいのかもわからない。
みんなはどうやって生きてるの、わからないよ。
愛してほしいのに、愛を与えられると、拒絶してしまう。
そんな自分が、一番嫌いだ。
この世で一番嫌いなものは、亜羽自身だ。
「あいつ、ブスだよな」
中学の時の、クラスの男子が言ったことがきっかけだった。
3人にクスクス笑われて、体温が消えていくようで、その日以来鏡が気になった。
近くの可愛い子、遠くの可愛い子。
たくさんの顔を見て、研究して、メイクも頑張った。
高校生になってからはすぐにバイトして、全部を容姿の何かに変換した。
それでも、元から可愛い子には到底敵わない。
可愛い子以外、価値がないみたい。
バカみたい。
最初から報われるルートに入っていない。
もっと可愛く生まれてきたかった。
可愛く生まれて、優しくされたかった。
今の亜羽の顔が可愛いのは当たり前だ。
だって、努力したもん…!
バイトじゃ間に合わないから、それ以外でいっぱいお金を稼いで、全部を容姿に注ぎ込んだ。
まずは目を二重にしたし、ガタガタの歯は矯正した。
脱毛だって完璧だ。
ユウスケは、亜羽の肌はスベスベだねって言ってくれる。
鼻だってより小さくしたし、輪郭は理想の形にまで持っていった。
結局体も気になったから、胸も大きくした。
脚は唯一細くて良かったけど、気を抜いたりしない。
努力してるもん…、今の亜羽はちゃんと可愛い。
でも、ユウスケに『顔が可愛い』と言われるのは、腹の底のマグマが沸き立ってしまう。
この顔になってからは、自信がついたはずなの。
でもこの顔を手に入れるために、自分のことは擦り減らしてしまった。
それがどこのなんなのか、亜羽はバカだからわからないけれど、その減っちゃったものは、いつまで経っても戻ってこない。
どんどん減っていったそれは、元々なかったものなのかもしれない。
亜羽は可愛いけど、綺麗じゃない。
綺麗だけど、可愛くない。
その堂々巡りで、いつもぽっかり独りぼっちになってしまう。
闇の中に放り込まれた気持ちになって、そこから上がってこられない。
なんだっけ、教科書に載っていた、誰かが書いた蜘蛛の糸みたいなやつ。
亜羽、あれみたいなの。
見えないぐらい細くて、いつも暗いの。
ショーウィンドウに映る亜羽は、夕方巻いた髪が取れていないし、ふわふわのワンピースも、厚底の靴もよく似合っている。
ユウスケが好きなピンクメイクもバッチリだし、涙袋もあるし、可愛いはずなんだ。
「…ユウスケ、怒っているかな」
その場で、しゃがみ込んだ。
映る姿からも、ユウスケからも逃げたくて。
こんな夜に飛び出してくるんじゃなかった。
ユウスケは、もう亜羽に呆れているかもしれない。
こんな夜こそ、その腕の中にいればよかったのに。
亜羽、やっぱりバカだな…。
ユウスケがこんなことで怒らないのを知っている。
ただ心配して、亜羽が落ち着くまで、そっと抱きしめてくれるだけだ。
ユウスケの体温と匂いに包まれて、亜羽が眠るのを見守ってくれる。
そんなユウスケが好きで、それで苦しくてたまらない。
亜羽は、胸を爪で引っ掻かれた気持ちがしちゃうんだ。
ユウスケが溜めてくれたはずの、あの水がまたすぐに足りなくなっちゃう。
そして、ユウスケには亜羽じゃないと、思うんだ…。
「お姉さん、可愛いね〜。よかったら、これから一緒にどう?」
軽薄そうな男の声が、上から降ってくる。
顔も見えてないくせに、何言ってんだ。
見上げると、ユウスケよりチャラくて、ユウスケよりお金を持ってそうで、ユウスケより亜羽のことを大事にしなさそうな奴だった。
亜羽はユウスケのお姫様なのに、ユウスケは亜羽の王子様じゃない。
「…亜羽、安くないからいい」
「お姉さん可愛いから、はずむよ」
ニヘラと笑う男の気味悪さに、胸の真ん中に泥水がドバッと溜まる。
ヘドロと混ざって、いい感じになる。
ああ、亜羽はやっぱり、これくらいなんだよ。
亜羽の蜘蛛の糸は、ユウスケじゃなくて、こいつか。
亜羽は、ユウスケが褒めてくれた可愛い爪を差し出した。
了
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