重い屋敷
重く、空気がのしかかる。
執務室には、時計の針の音だけが落ちていた。
ルベルが口を開く。
「……それで。どうやって場所を突き止める。」
レヴァントの口元が、わずかに歪む。
「イオランから、“ある物”を預かっててな。」
ルベルは眉間を押さえ、深く息を吐いた。
「レヴァントにしては妙だと思っていたが……アイツの差し金か」
レヴァントは肩を揺らし、豪快に笑う。
「ハハハ! 協力してくれと頼まれてな!」
ルベルは舌打ちを噛み殺し、視線を逸らした。
――そのとき。
扉が、音もなく開く。
「若様、失礼します」
「レヴァント、うまくいった?」
軽い声音。
「そろそろ戻ってる頃だと思って来たんだ」
言いながら、男は当然のようにソファへ腰を下ろした。
ルベルは、ソファーにふんぞり返る男を睨みつけた。
「イオラン……どういうつもりだ」
イオランは足をテーブルに乗せたまま、口元だけで笑う。
「どういうつもりって? 解決してやろうと思っただけさ」
その横で、レヴァントが愉快そうに頷く。
ルベルの目が細くなる。
「――あれが、か?」
低く落ちた声。
一瞬、空気が張り詰めた。
「双子を使ったあれが、“解決”だと?」
イオランは肩をすくめる。
「敵は釣らなきゃ出てこないだろ?」
沈黙。
次の瞬間――
「ふざけるな」
ルベルの声が、静かに響いた。
イオランは天井をぼんやりと見上げた。
「ふざけてないさ」
間を置いて、ゆっくりと言葉を落とす。
「お嬢ちゃんが外に出たおかげで――本命が動いた」
視線だけをルベルへ向ける。
「場所も割れた。上出来だろ?」
レヴァントが小さく笑う。
イオランは懐から魔石を取り出した。
掌の上で転がすと――
石の奥で、光が脈打つ。
次の瞬間、細い光の線がすっと伸びた。
まるで“何か”を指し示すように。
「これを辿ればいい」
軽く顎で示す。
「双子のところまで、真っ直ぐだ」
「……そういう問題じゃない」
ルベルの声が、さらに低く沈む。
レヴァントは首を傾げた。
「何がいけない。隠れ家も割れたんだ。万々歳だろうが」
軽い口調。
まるで、最初から答えなど決まっているかのように。
ルベルの視線が、ゆっくりと向けられる。
「お前にとっては――そうなんだろうな」
その一言だけで、空気が冷えた。
張り詰めた空気を、軽い声が裂いた。
「ま、すぐ助け出せば問題ないさ」
イオランだ。
まるで他人事のように肩をすくめる。
「それより――誰が行く?」
ルベルの視線が突き刺さる。
「……お前も来るぞ、イオラン。レヴァントもだ。俺も行く」
一瞬の沈黙。
イオランは目を細めた。
「レヴァントは分かるけど……俺?」
肩をすくめて笑う。
「戦力外だろ。それより、お嬢ちゃんは連れていかないのか?」
ルベルの手が、ぎり、と音を立てて握り締められた。
「……なぜ、ルミエルを連れて行く必要がある」
低く、押し殺した声。
その一言で――
執務室の空気が沈む。
息をするのも重くなるほどの圧。
「そもそも……狙われていると決まったわけじゃないだろう」
殺気が滲む。
だが――
その中で、イオランは平然と口を開いた。
「このタイミングで動いたなら――ほぼ確定ですよ」
イオランは淡々と続ける。
「今回の外出、双子も連れていた。……それでも、これまで一度も狙われていない」
ゆっくりと足をテーブルから下ろす。
「なのに、今回は動いた」
一拍。
「理由は一つでしょう」
視線だけでルベルを射抜く。
「嬢ちゃんが外に出たからだ」
空気がわずかに軋む。
「しかも悪魔でもないのに――この家の“次期当主”だ」
口元が歪む。
「気に食わないに決まってる」
「俺がエリックなら――気に食わない」
一拍。
「迷わず、殺す」
静かな声。
それだけで十分だった。
イオランの目には、わずかな揺らぎもない。
ルベルの拳が振り下ろされた。
――轟音。
テーブルが真っ二つに裂け、そのまま崩れ落ちる。
静寂。
砕けた木片が床に転がる音だけが、やけに響いた。
「……少しは、口を閉じられないのか」
低い声。
握り締めた拳が、わずかに震えている。
「若様。冗談はやめてくださいよ」
イオランは肩をすくめ、飄々と返す。
まるで、今の一撃など見えていなかったかのように。
レヴァントが鼻で笑った。
「そうだぜ。双子二人で済むなら安いもんだ」
イオランも同意するように頷く。
「血は繋がってますけどね」
一拍。
「あの嬢ちゃんほどの価値はない」
視線が、わずかに細まる。
「――あの二人の親は、裏切り者ですから」
レヴァントは頭をかいた。
「で、結局どうする。嬢ちゃんは連れていかないのか?」
ルベルは即答した。
「連れていかない」
間を置かない。
迷いもない。
イオランが、ぽつりと落とす。
「その隙に攫われても?」
一瞬、空気が張りつめる。
ルベルの視線が動いた。
「極端な話だな」
低く、切り捨てる。
「ルミエルにはエルと先生、ダリウスをつける」
言葉を重ねるごとに、決意が固まっていく。
「騎士団も動かす。団長にも伝える」
わずかに間。
「ーー手は出させない」
その判断が、どれほど甘かったのか――
ルベルは、まだ知らない。
――――
一方その頃。
双子を連れ去ったカインたちは、すでに拠点へと辿り着いていた。
“隠れ家”と呼ぶには、あまりに整いすぎている。
重厚な扉。磨き上げられた床。
静まり返った屋敷には、人の気配がない。
ホールを抜けると――
二人は、無造作に部屋へ放り込まれた。
鈍い音が響く。
カインは振り返り、指先で鍵を遊ばせる。
「特注だ」
軽く告げる。
「壁も、扉もな。魔力は通らない」
薄く笑う。
「逃げ場はないってことだ」
一歩、距離を取る。
「エリック様が来るまで――大人しくしてろ」
扉が閉まる。
重い音。
次の瞬間、鍵のかかる音が響いた。
――完全に、隔離された。
カリナは、隣のオニキスへ視線を送った。
「どうしますぅ〜? ここ、本当に出られませんよぉ〜」
オニキスは答えず、部屋の中を見て回る。
棚に触れ、椅子の脚を確かめ、絨毯の端を持ち上げる。
「……牢じゃない」
ぽつりと呟く。
「なら、すぐに殺す気はない」
視線を上げる。
「――あいつの娘だから、か」
わずかな間。
カリナの表情が、ほんの少しだけ曇る。
「本当に――同じ血が流れてると思うと」
カリナの声が、わずかに歪む。
「この身体……切り裂きたくなりますぅ〜」
細く尖った爪が、自分の腕へと食い込んだ。
白い肌が裂ける。
じわり、と血が滲み――伝う。
その瞬間。
オニキスが間合いを詰めた。
カリナの手首を強く掴む。
「……やめて」
低い声。
視線が鋭く落ちる。
「また、その癖?」
カリナは、オニキスの手を振り払った。
「オニキス……この血、気持ち悪くないの!」
伏せていた目を上げる。
その瞳から、光が消えていた。
「私は……気持ち悪い」
喉がわずかに震える。
「父親と同じ血が流れてるなんて――」
言葉が途切れる。
オニキスは、静かに口を開いた。
「……呪われているみたいで、気持ち悪い……そう感じてるのね」
低く、落ち着いた声。
カリナの肩がわずかに揺れる。
「……あいつさえ、いなければ。お母さん達は――」
その先を、オニキスが引き取る。
「……そう思ってしまうのも、無理はないわ」
言い切る前に。
――ドアが開いた。




