姉妹と種族
ルミエルの部屋の扉が静かに開いた。
先頭にばあや、その後ろに二人の少女が続く。
ルミエルより年上に見えるのに、どこかモミジに近い年齢感もある不思議な二人。
二人はベッドの前で深くお辞儀した。
そして、目に入った瞬間、ルミエルの胸が跳ねる。
耳と尻尾——獣人だ……
ルベルは二人に視線を向け、静かに口を開いた。
「右にいる白い髪の方が――ルミナス・カリナだ。」
視線を向けた先、白い耳がぴくりと揺れる。
柔らかなウェーブのかかった長い髪が肩に流れ、白黒の尻尾がゆったりと垂れていた。
身体つきは女性らしく、豊かに膨らんだ胸元が目に入る。
大きく垂れた赤い瞳はどこか幼く、しかしルベルよりも鮮やかな色をしていた。
メイド服に身を包んでいるせいか、全体的にふわりと柔らかく――思わず目を引く愛らしさがある。
「そして左にいるのが、ルミナス・オニキスだ。」
黒い耳と尻尾。
高い位置で結ばれた黒髪。
背筋は一切の隙もなく伸び、騎士のような装いに身を包んでいる。
腰には剣が下げられ、その立ち姿だけでただ者ではないとわかる。
鋭く細められた赤い瞳。
――その姿はまるで、ルベルをそのまま女性にしたかのようだった。
ルミエルは、カリナとオニキスを交互に見た。
見た目はまるで違うのに――
不思議と、どこか似ている。
その空気に少しだけ気圧されながら、ルミエルは小さく口を開いた。
「……ルミエルです」
控えめな声が、部屋に落ちる。
すると、オニキスがゆっくりと顔を上げた。
「ルミエル様。私達に敬語は必要ありません。」
凛とした、よく通る声。
その響きはどこか涼やかで、迷いがない。
隣のカリナも、ふわりと笑みを浮かべる。
「そうですよぉ〜。私達のことは、名前で呼んでくださ〜い。」
柔らかく、甘くほどけるような声。
見た目そのままの、おっとりとした響きだった。
ルミエルは、少し迷うように視線を泳がせたあと、口を開いた。
「あの……二人は、ずっと耳と尻尾を出しているんですか?」
モミジは普段、それらを隠している。
時折見せることはあっても、基本はしまっていたはずだ。
その言葉に、カリナの耳がぴくりと動いた。
わずかな仕草なのに、感情がそのまま表に出ているように見える。
隣では、オニキスの尻尾がわずかに張る。
同じ獣人でも、現れ方が違うらしい。
すると、エルが静かに口を開いた。
「獣人にも個人差があります。隠すのが得意な者と、そうでない者がいるのです。モミジは前者なのでしょう。」
ルベルもそれに続く。
「それに、この二人はハーフだ。制御も難しいのだろう。」
「ハーフ……?」
ルミエルは小さく首を傾げた。
ばあやが穏やかな声で答える。
「異なる種族の間に生まれた子のことを、そう呼びます。」
ルミエルの瞳がわずかに輝く。
「……何のハーフ、なの?」
その問いに、空気がほんの少しだけ揺れた。
オニキスの尻尾の毛が、わずかに逆立つ。
カリナは耳を伏せ、少しだけ視線を落とした。
そして――
「獣人と……悪魔、ですぅ〜。」
語尾はいつも通り柔らかいのに、どこかだけ沈んでいた。
ルミエルは、二人の仕草と声のわずかな変化に気づき――
それ以上、言葉を続けるのをやめた。
聞いてはいけないことだったのだと、直感でわかる。
だが、ルベルは気にした様子もなく口を開く。
「ちなみに双子だ。カリナが白虎、オニキスが黒豹になる。」
ルミエルは小さく瞬きをした。
(双子なのに……どうして?)
疑問が浮かぶ。けれど――
「あ、それはですね」
エルがすぐに言葉を挟んだ。
まるで二人を庇うように。
「ルミエル様には、まだ少し難しいお話です。また機会があればお話ししましょう。」
やんわりと、道を塞ぐような言い方だった。
ルミエルは、それ以上聞き返さなかった。
部屋に、ほんのわずかな静けさが落ちる。
やがて、ばあやが二人の横に立ち、淡々と告げた。
「この二人は、明日以降ルミエル様にお仕えします。本日はこれで下がらせます。」
ルミエルは、小さく頷き――
ちらりと二人へ視線を向ける。
その瞬間、目に入ったのは。
力なく下がった耳と、しおれたような尻尾だった。
胸の奥が、わずかに痛む。
「……わかった」
ルミエルの部屋を後にした、オニキスとカリナ。
扉が静かに閉まると同時に、張り詰めていた空気がふっと緩む。
ルミエルの肩から、わずかに力が抜けた。
「……今日は、少し休め」
低く告げて、ルベルは踵を返す。
だが、すぐには部屋を出なかった。
一瞬だけ、振り返る。
ベッドの上で小さく見えるルミエルを確認してから、ようやく口を開いた。
「エル。お前は残れ。ルミエルを守れ」
「……承知しました」
扉が閉まる。
その音がやけに大きく響いた。
モミジはいない。
専属のメイドも、護衛も、すでに下げている。
――この部屋には今、守る者が一人しかいない。
ルベルが部屋を出ていくのを、ルミエルは静かに見送った。
扉が閉まる。
その音を聞いてから、ようやく視線をエルへ向ける。
「……私、何日寝てたの?」
窓の外に目をやる。
陽の光は柔らかく、庭の木々は青々と葉を茂らせていた。
――倒れた時は、雪が降り始めていたはずなのに。
「……半年ほど、目を覚まされていませんでした」
エルの声は落ち着いていたが、わずかに重い。
ルミエルは目を伏せる。
指先が、シーツをきゅっと握った。
「……ごめんなさい。迷惑、かけちゃって……」
「迷惑などではありません」
すぐに返ってくる言葉。
けれど、その続きにエルは少しだけ言葉を選んだ。
「ただ……ルミエル様は人間です。あれほどの魔力を使えば、身体への負担は避けられません」
その瞳の奥に、隠しきれない不安が揺れていた。
ルミエルは、先ほどの双子の姿を思い返していた。
白い虎の耳。しなやかに揺れる黒い尻尾。
「……エル?」
小さく呼ぶ。
「一つ、いい?」
「なんでしょうか」
エルは首を傾げた。
少し迷ってから、ルミエルは口を開く。
「悪魔とか、天使って……見た目に特徴はないの?」
その問いに、エルの視線がわずかに揺れた。
「……なぜ、そう思われたのですか?」
「だって……みんな、どうして私を人間だって分かるのかなって。それに、獣人は耳とか尻尾があるでしょ?」
一瞬の沈黙。
だがすぐに、エルは納得したように小さく頷いた。
「なるほど……そういうことでしたか」
そして、静かに続ける。
「悪魔や天使にも、もちろん特徴はあります。ただ――普段は隠しているのです」
次の瞬間。
エルの額に、じわりと影が差した。
皮膚を押し上げるようにして、白い角がゆっくりと姿を現す。
同時に、背中の衣服がわずかに持ち上がり――
紫色の、コウモリに似た翼が静かに広がった。
部屋の空気が、ほんのわずかに張り詰める。
「ルミエル様くらいの年頃では、まだ種族の特徴を完全には隠せないのです。中には――獣人でも、動物の姿から人へ戻れない子もいます」
静かに告げられた言葉に、ルミエルは自分の身体へと視線を落とした。
腕も、手も、足も。
どこにも、異質なものはない。
耳も、尻尾も――何も。
「……」
胸の奥が、わずかにざわつく。
エルの言葉は続く。
「ですから、ルミエル様は――人間である可能性が高いかと」
その一言で、思考が止まった。
「……“高い”って?」
顔を上げる。
まっすぐエルを見るその瞳に、不安が滲んでいた。
「ハーフであった場合……どちらか一方の特徴を強く受け継ぐことが多いのです」
エルは淡々と説明する。
「たとえば、人間と悪魔であれば――人間か、悪魔。どちらかの特徴として現れます」
そこまで言って、言葉が止まった。
わずかに視線が揺れる。
「……エル?」
ルミエルが不安そうに名を呼ぶ。
エルは一度、息を呑んだ。
「……ルミエル様がいらしたセラフィム導国は、獣人・人間・天使が共存する国です」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「ですので……可能性としては」
一拍。
「獣人か、天使。そのどちらかとのハーフである可能性が高いかと」
エルの中では――天使である可能性を、どうしても否定できなかった。
あの夜。
ルミエルが放った、聖炎。
人間が扱えるものではない。
「……もし、ハーフであるなら」
エルは静かに口を開く。
「後天的に特徴が現れる場合もあります」
その言葉に、ルミエルの胸がわずかに揺れた。
脳裏に浮かぶのは、空禍狐の言葉。
――“お前は特別だ”
「……エル」
小さく呼ぶ。
「私がもし……天使だったら」
不安を隠しきれない声。
エルは一瞬だけ目を細め――
すぐに、やわらかな笑みを浮かべた。
「ご心配には及びません」
穏やかな声で、はっきりと言い切る。
「たとえそうであっても、主君がルミエル様を突き放すことはありません」
「……それって?」
ルミエルの問いに、エルはわずかに言葉を区切った。
「――主君にとって、ルミエル様は」
そこで、ほんの一瞬だけ視線を落とす。
そして、静かに続けた。
「それほど、特別な存在だからです」
ルミエルは、エルの意味深な言い方に
胸の奥が、じわりとざわつく。
安心したはずなのに。
なぜか、引っかかる。




