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奴隷だった少女は悪魔に飼われる 〜居場所のなかった少女は、悪魔に溺愛されていく〜  作者: アグ
本家の檻

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目覚めと新たな出会い

ルミエルが寝込んでから、季節が二つ過ぎた。


心地よい春は終わり、いつの間にか夏になっていた。


ルベルは毎日ルミエルの部屋で仕事をこなし、ほとんど付きっきりの状態になっている。


一日のうちに、元老たちが順番に様子を見に来るのも、すでに日課になりつつあった。


それも無理はない。


当主としての実力は、誰も否定できないほど申し分ない。


そして何より――

あの捻くれたルベルが、ここまで執着する存在なのだ。

支持が集まるのも、当然だった。


一番厄介なのは、ここ数ヶ月でルミエルの噂が広まり、ついには国王の耳にまで届いたことだ。


領民だけでなく、国全体が「聖女」と称えている。


「クソ…どいつもこいつも……」

ルベルはテーブルに拳を叩きつける。お茶会の招待状ならまだしも、婚約の申し出の手紙まで届いていた。


その傍らで、エルが手紙を抱えながら淡々と言う。

「ルミエル様がそうなるのは、当然のことです。」

主の許可もなく、手紙を開き、目を通し、そして燃やす。


「当たり前でたまるか!まだ、幼児だぞ!」

ルベルの声が震える。


「それぐらいになれば当然です。まして、ヴェルファレイン家の当主。狙わない方がおかしいのです。」


その時、ルミエルの部屋のドアが静かに開いた。

どこから聞いていたのか、落ち着いた声が続ける。

「その通りです。そして、聖炎を扱うとなれば……この子の血筋は……」


ルベルはペンをテーブルに置いた。

「先生……今日で何回目ですか……」


声の主はヴァーミリオン。

元老の中でも、ルミエルを最も気にかけている人物だ。


ヴァーミリオンは、ルベルの顔を一瞬だけ見て――すぐに視線を逸らした。


そのまま、険しい表情を崩さず、ベッドに横たわるルミエルへと目を向ける。


わずかに、空気が張り詰める。


「……私は若様に用事があって来ている」


吐き捨てるような声だった。


だがその視線は、一度もルミエルから外れない。


ルベルはそれを咎めるでもなく、手元の招待状を一つ、また一つと開けていく。


紙の擦れる音だけが、やけに大きく響いた。


「それで?」


不意に、ルベルの手が止まる。


ゆっくりと顔を上げ、ヴァーミリオンを見据える。


「用事ってのは、なんだ?」


「お嬢様を――私に預けてみませんか?」


その一言で、空気が変わった。


ルベルの瞳が、ゆっくりと吊り上がる。


「……どういう意味だ?」


低く、抑えた声。


だが、その奥にある苛立ちは隠しきれていない。


ヴァーミリオンは一歩も引かない。


「私なら実績があります。若様も、エルも――私が育てた」


わずかに顎を上げる。


「お嬢様も同様に、導くことができる」


その言葉のあと。


ヴァーミリオンの視線が、ベッドへと滑った。


眠るルミエル。


無防備なその姿を値踏みするように。


「……今の言葉」


ルベルが、静かに口を開く。


「聞かなかったことにもできる」


空気が張り詰める。


それでも、ヴァーミリオンは退かない。


「なぜです?」


即座に返す。


一歩踏み込むように。


ルベルの視線が鋭くなる。


「今すぐ答えを出せる状態じゃない」


一瞬だけ、ルミエルを見る。


その目は、先ほどとは違って柔らかい。


「――決めるのは、ルミエルだ」


はっきりと、言い切った。


ヴァーミリオンは、わずかに目を細めた。


そして――何も言わず、一歩引く。


「……いずれ、また伺います」


それだけ残し、静かに踵を返した。


扉が閉まる音が、やけに重く響く。


しばらくの沈黙。


「……なんで、あの人があそこまでルミエルにこだわるんだ」


エルがぽつりと呟く。


「ルミエル様は、命の恩人だからだ」


短く返す声。


だが、それだけではないことを――誰もが分かっていた。


あの時、間者から救ったことは、ただのきっかけに過ぎない。


ヴァーミリオンが見ているのは――もっと別のものだ。


ルベルはゆっくりと立ち上がる。


そして、ベッドへ歩み寄った。


眠り続けるルミエル。


静かな寝息だけが、確かにそこにある証だった。


そっと手を伸ばし、その頭に触れる。


「……いつになれば、目を覚ます」


返事はない。


分かっていても、問いかけずにはいられなかった。


ルベルが頭を撫でていると――


わずかに、ルミエルの瞼が震えた。


ゆっくりと、開かれる。


現れたのは、金色の瞳。


焦点が合うまで、ほんの一瞬。


やがて、それがルベルを捉えた。


「……ルベル……ここは……?」


かすれた声。


まだ状況を理解できていない。


その一言で。


ルベルの呼吸が、止まった。


「……ルミエル」


確かめるように、名前を呼ぶ。


返事がある。


それだけで、十分だった。


次の瞬間――


ルベルはルミエルの身体を強く引き寄せた。


「無事か……!?痛むところはないか!」


抑えていた感情が、一気に溢れる。


ルミエルの口元が、ふっと緩む。


目を細めて――


「……大丈夫だよ」


その一言で。


張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけた。


ルベルの表情も、わずかに緩む。


だがその手は、まだ離れない。


本当に無事なのか、確かめるように。


その横で、エルはすでに動いていた。


扉の外へ声をかけ、医師を呼び。


同時に、水の準備も整える。


無駄のない動きだった。


「ルミエル様。少し水をお飲みになりますか?」


静かな声で問いかける。


ルミエルは小さく頷いた。


エルはグラスを差し出す。


その動作は丁寧で、わずかな揺れもない。


ルミエルはそれを受け取り――


「ありがとう」


かすかに微笑んで、一口含む。


乾いた喉に、水がゆっくりと落ちていく。


それだけのことなのに。


“戻ってきた”と、誰もが実感していた。


ルミエルは呼吸を整えると、ゆっくりと周囲を見渡した。


見慣れた寝室。


けれど――


「……ルベル」


小さく呼ぶ。


「モミジは……どこ?」


その名前が出た瞬間。


ルベルの表情が、わずかに曇った。


ほんの一瞬、言葉を選ぶように視線を落とす。


「……今は、タリウスの元にいる」


はっきりとは言い切らない声音。


ルミエルの眉が、かすかに下がる。


「どうして……?」


不安が滲む。


その問いに、ルベルはすぐに答えなかった。


代わりに――


「執事として仕えるための教育を、受けておられます」


エルが静かに口を開く。


淡々とした説明。


だが、その内容は軽くない。


ルミエルの指先が、わずかにシーツを握った。


ルベルは、その様子を見て口を開いた。


言葉を選ぶように、ゆっくりと。


「……モミジがいない間」


一度、区切る。


「ルミエルの側には、年の近いメイドと護衛をつけた」


ルミエルの反応を確かめるように、視線を向ける。


「モミジも……必要なことを身につければ、戻ってくる」


少しだけ、不器用な言い方だった。


ルベルがここまで気を遣って話すのは、珍しい。


ルミエルは視線を落とす。


指先が、わずかに揺れる。


「……モミジの代わり、じゃ……」


小さな声。


はっきりとは言い切れない。


その言葉を、エルが拾う。


「違います」


きっぱりと、遮った。


「これからお呼びする方々は――ルミエル様の側に仕える者です」


一拍置いて。


「そして」


わずかに柔らかく、声の温度を変える。


「友達にも、なれるかもしれません」


“友達”という言葉を、意識して強めた。


ルミエルには――同い年の女の子がいなかった。


これまで側にいたのは、年の近いモミジだけ。


そのモミジも、男だ。


だからこそ。


「友達」という言葉に――


ルミエルの瞳が、わずかに揺れた。


小さな光が宿る。


けれど次の瞬間、その視線はすぐにルベルへ向く。


「……モミジは、帰ってくるんだよね?」


確かめるように。


少しだけ、不安を滲ませて。


もう一度、問いかける。


ルベルは迷わなかった。


ゆっくりと頷き、そっと頭を撫でる。


「……ああ。帰ってくる」


短く、はっきりと。


その言葉には、揺るぎがなかった。


エルは静かに、ばあやを呼んだ。


「例の者たちを」


短く、それだけ告げる。


ばあやは一礼し、すぐに部屋を後にした。


しばらくして――


扉の向こうから、控えめなノックが響く。


コン、コン、コン。


規則正しい音。


ルミエルの肩が、わずかに揺れた。


「……っ」


無意識に、息を呑む。


胸の奥で、心臓が早く打ち始める。


期待と、ほんの少しの不安。


両方が混ざり合っていた。


「入りなさい」


エルが静かに許可を出す。


ゆっくりと――


扉が開いた。


その瞬間。


ルミエルの視線が、まっすぐ入口へと向けられる。


胸の鼓動が、さらに強くなる。


新しい出会いへの期待が、抑えきれず膨らんでいった。

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