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奴隷だった少女は悪魔に飼われる 〜居場所のなかった少女は、悪魔に溺愛されていく〜  作者: アグ
本家の檻

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聖女の再来

建物は瓦礫と化し、街には泣き声と悲鳴が入り混じっている。

どこかで引火したのか、赤い炎が街全体を包み、煙が視界を遮る。

土の香りと焦げた匂いがルミエルの鼻を突く。

彼女の瞳に聖火の炎が揺らめき、心を奮わせた。

「早く、助けなきゃ……」


空禍狐が去った城壁前は、嘘のように静まり返っていた。


ついさっきまで空を裂く咆哮が響いていたのに、今は風の音しか聞こえない。


だが、その静けさとは裏腹に、城壁の上には凄惨な光景が広がっていた。


倒れた兵士。壁にもたれ動かない者。仲間の名を呼びながら必死に傷を押さえる兵士もいる。


さらに城壁の向こう——街の中でも騒ぎが起きていた。


崩れた屋根、砕けた石壁。巻き込まれた一般人たちがあちこちで怪我をしている。


泣き声、怒号、助けを呼ぶ声——そのすべてが、ルミエルの胸を強く締め付けた。

「ルベル…」


ルミエルの声は、いつもより鋭かった。


ルベルもそれに応えるように、普段より低く落ち着いた声で返す。


「どうした?」


ルミエルは決意を胸に、自分の考えを口にした。


「ここら辺の壊れた家とか、瓦礫、消していい?」


ルベルの瞳は、普段部下に見せる冷たい視線と同じだ。

だが今はルミエルだけに向けられている。その真剣さが、言葉よりも強く伝わった。


「本当にできるのか?」


ルミエルは迷わず頷く。


後ろで、アラステア・ヴェルディアンが声を張った。


「小娘! 遊びじゃないんだぞ! 遊び気分なら帰れ!」


低く重い声が辺りに響く。それを聞き、反応したのはモミジだった。


「なんや。嬢ちゃんに解決されたら困るんか?」


ヴェルディアンは鋭くモミジを睨む。


「そんなわけないだろ。その目の炎もどうせ、演出だ。」


モミジは身軽に跳び、ヴェルディアンの喉元に爪を立てる。


「バカにするのも、ええ加減にせえ!」


その場の緊張が、一気に空気を切り裂いた。


横から近づいたエルが、モミジの手首を軽く掴む。


軽く会釈して、モミジを引き寄せる。


「うちの猫が、すみません。」


ヴェルディアンは襟を整えながら、モミジを見下ろす。


「ちゃんと躾ぐらいしておけ。それと、そこの小娘を止めろ。」


エルの瞳が鋭く光った。


「どうせ、こんな状況どうにもならないと思っているなら、見届けては?」


ヴェルディアンは明らかにエルを警戒する。


「時間の無駄だから、言っているのだ。」


「もしかして……ルミエル様が成功して、時期当主と認められることを気にしているのでは?」


エルは笑顔を浮かべた。元老たちは無駄にプライドが高く、奴隷上がりのルミエルを認められないのだろう。


だが今は、ヴェルディアン以外の元老はルミエルよりの態度を見せている。


あのヴァーミリオンでさえ、今ではルミエルを気にかけているそぶりを見せる。


「そんなわけないだろ。」


ヴェルディアンが、少し小さな声で呟く。


ルベルは決断したように、再びルミエルに目を向けた。


この荒れ果てた街が、どう変わるのか——

誰も予測できない結果が、今から始まろうとしている。


「後は反対はないな。」


ルベルは膝を曲げ、ルミエルの目線に合わせる。

その瞳には、信頼が滲んでいた。


「失敗しても構わない。お前は、まだ小さい。」


ルミエルはその言葉に一瞬、信頼されていないのかと心が揺れた。

頭の中には、元老達の挨拶の時にした魔法の不発がよぎる。


──でも、今日は大丈夫。


グラヴェルさんの時に使えた力を、今回も信じられる。

ルミエルは成功体験を思い浮かべ、深く息を吐いた。

心の中で小さく、自分に言い聞かせる。


「大丈夫…できるから。」


ルミエルは城壁の上から、荒れた街を見下ろす。


じわりと身体から魔力が滲み出す。

穢魔が形を変え、手のひらに吸い寄せられるように集まる。


黒い炎が、手の上で小さな球体を描いた。


イオランが思わず声を漏らす。


「本当に穢魔……お嬢ちゃんの体、大丈夫なのか。人間が使うなんて——」


その横に立つレヴァントも、目を大きく見開き、驚きで息を呑んだ。


空気が一瞬、張り詰める。

ルミエルの手の上で揺れる黒い炎は、確かに異形の力を帯びていた。



黒い炎は徐々に薄く街に向かって広がり、やがて黒い霧に形を変えて辺りを覆った。


ルミエルは、崩れた家や瓦礫、街を燃やしていた火が、霧に覆われたことを確認する。


黒い霧は街を覆い、瓦礫や炎をゆっくり吸い込みながら広がっていく。

ルミエルの手のひらから生まれた穢魔は、人を避けるように動き、避難する人々の間をすり抜ける。


しかし、全てを覆い、人だけを傷つけないようにする操作は、ルミエルの力では限界だった。

黒い霧が時折歪み、瓦礫や燃え盛る家が制御の手から少しはみ出す。


その瞬間、ルベルが手を差し伸べた。

ルミエルの魔力に溶け込むように、歪む穢魔を補助する。

すると、黒い霧はスムーズに形を整え、炎は建物から吸い取られ、瓦礫の下に埋もれていた人々に避難の道ができた。


ルミエルは自分の限界を痛感する──

補助なしでは、人を守りながら街全体を覆うことはできない。

だが、ルベルが加わったことで、難しい局面が目の前で変化する。

人々の叫びと火の熱、崩れ落ちる瓦礫の音。すべてを黒い霧が包み込みながらも、命だけは避ける。


吸収された瓦礫や火が消えるたび、怪我人の姿がはっきりと見える。

それでも、穢魔は人を避け続ける。

その光景に、ルミエルの胸は熱くなる。

「……守れる……」

声にならない言葉を呟き、手のひらの黒い炎をぎゅっと握り締めた。


ルミエルはルベルの操作を少しずつ返し、自分でコツを掴んでいく。


横に立つエルが、静かに呟いた。


「ルミエル様は凄いですね。もう、ほとんど自分で制御し始めています。」


ルベルは口端を少し上げ、どこか誇らしげに言う。


「気がついたか? 俺はもう、ほとんど何もしてない。」


エルも軽く頷き、賛同の意を示す。


「ええ、気が付きますよ。主君の禍々しい穢魔が消えて、ルミエル様の綺麗な穢魔だけが感じられます。」


その嫌味混じりの言い方に、ルベルの目が思わず吊り上がる。

「……こ、こいつめ!」


口には出さないが、目元の表情が完全に突っ込んでいた。


ルミエルが最後の瓦礫を穢魔で吸収し終えると、次の工程へと進んだ。


手を下ろした瞬間、黒い穢魔は静かに消え、瞳に宿っていた淡い炎が大きく燃え上がる。

その炎は瞬く間に膨れ上がり、ルミエルの体をまるで聖なる光の衣のように優しく包み込んだ。


空に向かって、火柱が力強く立ち上がる。

炎の周囲に穢魔の力が混ざり、黒い火がゆっくり空を覆い始める。

火柱はやがて穢魔に吸い込まれ、漆黒と金色が交じり合う神秘的な光景を作り出した。


ルミエルの瞳は光に満ち、背筋を通る魔力は、街を守る決意そのもののように揺るぎない。

その姿はまるで、混沌の中に降り立った聖女のようだった。


その姿を見つめる全員が、息を呑んでいた。


中でもヴァーミリオンは、目を大きく見開き、言葉を失って凝視する。


「あの炎…もしかして…聖炎セイエンなのか。」


天使族の一部しか持たない能力。

淡いオレンジと黄金色が混ざり合ったその光は、ただ美しいだけでなく、治癒の力を宿している──もし本当に効力があるのなら、まさしく聖炎だ。


ルミエルはゆっくりと手を差し出す。

穢魔から、オレンジと黄金の火の粉が降り注ぎ、さら地の上で静かに舞う。


その火の粉は、空気に溶け込むように揺れ、街の人々も兵士たちも自然と目を奪われる。

触れると、暖かい温もりが体を通り抜け、傷や痛みを癒していく。


火の粉はルベルやエル、モミジたちの上にも降り注ぎ、金色の光が彼らを柔らかく包む。

黒い穢魔が消えた空間に、純粋な光だけが残り、ルミエルはまるで街全体を守る聖女のように、神秘的に立っていた。


その力は凄まじかった。

致命傷や瀕死の者まで、火の粉が触れるたび完全に癒えていく。

隣国で疫病を治したあの時のルミエルの姿が、脳裏に蘇った。


火の粉が空に消える頃、街の全ての人々が城壁を見上げ、ルミエルを見つめていた。

一瞬の静寂──そして、地鳴りのような喝采が巻き起こる。


街中に響く喝采の中で、ヴェルディアンの顔には驚きと戸惑いが浮かんでいた。

先ほどまで見せていた悪態はどこへやら——今は声もなく、ただ目を見開き、信じられない光景を見つめている。


そして、僅かに口元が緩み、思わず小さく歓喜の息を漏らした。

それは、これまでのプライドや苛立ちを越えた、純粋な感情だった。


だが、その光景を目に焼き付ける間もなく、ルミエルの身体が崩れ落ちた。

ルベルが咄嗟に抱きかかえる。

汗に濡れ、意識の薄れるルミエルを抱き、ルベルの表情は真剣そのものだった。


横でエルが低く呟く。

「魔力の枯渇です。早く屋敷に戻り、治療しなければ。」


ルベルの足元には、すでに転移魔法の結界が構築されている。

モミジは素早く猫の姿に戻り、肩に飛び乗る。

その横にいたエルも、結界の中に入る準備を整えた。


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