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奴隷だった少女は悪魔に飼われる 〜居場所のなかった少女は、悪魔に溺愛されていく〜  作者: アグ
本家の檻

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支配の紋章

暗く、湿った石壁の階段。


地下へと続くその通路は、昼だというのに夜よりも重い闇に包まれていた。

壁に等間隔で埋め込まれた魔法石のウォールランプが、青白い光を揺らしている。


冷えた空気は肺に刺さるようで、石の匂いと僅かな血の残り香が混じっていた。


ヴァーミリオンの手にある、とぐろを巻いた火の杖が低く唸るように赤く灯る。

その炎は、生き物のように時折揺らめいた。


コツ、コツ……


数人分の足音が、階段の奥へと吸い込まれていく。

反響した音はやがて歪み、地下牢の闇へと落ちていった。


「……ちゃんと話せる状態なんだろうな」


低く、温度のない声。


ヴァーミリオンは視線を下へ落としたまま動かない。


隣に立つルベルもまた、微動だにせず階下を見据えている。

その眼差しは、処刑台を見る王のそれに近かった。


「エルが制圧した。……その辺りは抜かりない」


短い返答。


二人が並ぶだけで、空気が変わる。

重圧が階段を押し潰すように沈み、付き従う者たちは無意識に呼吸を浅くした。


この地下で、今から裁かれるのは一人の間者。

だが――


裁く側の方が、よほど恐ろしかった。


階段を降り切った先。


石造りの地下牢は、湿気と血と鉄の匂いが混じり合い、息をするだけで喉がざらついた。

灯された魔法石の光は弱く、影が格子を歪めている。


その不快な空間の中央に――

場違いなほど爽やかな空気を纏った男が立っていた。


「お待ちしておりました。」


エルは軽く会釈をし、ヴァーミリオンを見ると口角を上げる。

その笑みは柔らかいが、目は笑っていない。


「グラヴェル様が直々に聴きたいとのことでしたので……手は付けておりません」


牢の奥。


縄で縛り上げられた間者が、荒い呼吸を繰り返していた。

汗が顎から滴り、石床に落ちる。


ヴァーミリオンは無言のまま牢の前に立つ。


――その瞬間。


空気が変わった。


圧。

ただ立っただけで、殺気が形を持つ。


間者の肩が跳ねる。


視線を向けられただけで、喉が鳴った。


ジャリ……


間者は無理やり上半身を起こし、土を踏み締める。


「お、俺は今から死ぬ……!何か聞けると思ったら大間違いだ!」


虚勢だった。

声が震えている。


ルベルが一歩、前に出る。


わずかに笑った。


「……簡単に死ねると思ったのか?」


静かすぎる声音。


「毒でも仕込んでいるか?舌でも噛み切るつもりか?」


淡々と告げる。


「どちらも、無意味だ」


その言葉に、間者の顔から血の気が引いた。


この地下で、命の主導権は完全に奪われている。


死ぬかどうかすら――

自分では決められない。


ルベルは檻の錠に指を掛けた。


まるで玩具でも弄ぶかのように、

滑らせ、弾き、軽く握る。


カチ……カチ……


地下牢に乾いた金属音が響く。

その音だけが、やけに鮮明だった。


間者の喉が鳴る。


「何百年も生きていればな」


静かな声。


ルベルは錠を握り込んだ。


ミシ……ミシミシ……


鉄が悲鳴を上げる。


「お前のような、自殺願望者は腐るほど見てきた」


地下の空気が重く沈む。


「だから――」


バキバキッ!!


錠は粉砕された。


砕けた鉄片が石床に落ち、

パラパラと乾いた音を立てる。


間者の目が見開かれる。


あり得ない。


鉄を、素手で。


ルベルは檻を開けると、迷いなく間者の頭を掴み、床へと押さえつけた。


冷たい石に頬が擦れる。


縛られていた縄が解かれる。


自由になったはずの腕は、恐怖で動かない。


「見ろ」


低く命じる。


ルベルは間者の手を持ち上げ、

無理やり視線の先へと突き出した。


手の甲。


そこに刻まれた紋章。


二匹の蛇が絡み合う印が、赤く脈打つように光っている。


それはただの紋ではない。


契約。


拘束。


そして――


逃げ場のない宣告。


間者の呼吸が止まる。


「……な、んだ……それは……」


ルベルは微笑んだ。


「コレは、勝手なことが出来ない。呪術の類だ」


ルベルはそう言いながら、掴んでいた間者の襟を放り投げた。


鈍い音。


間者の身体が石壁に叩きつけられる。


ゲホッ、と肺から空気が強制的に吐き出された。

背骨に走る衝撃で視界が白く弾ける。


地下牢の湿った空気が揺れた。


ヴァーミリオンが小さく息を吐く。


見兼ねた、というより――

順番を待ちかねたように。


牢へと足を踏み入れ、ルベルの肩に静かに手を置く。


「若様。これは玩具ではございません」


声は低く穏やかだが、温度はない。


「軽々しく仕組みを話されては困ります」


ルベルは肩越しに視線だけで応じる。


止められたわけではない。

役割を譲っただけだ。


ヴァーミリオンは間者の前に立つ。


燃え続ける杖を、ゆっくりと持ち上げる。


その炎は赤というより、深い血色。


何の躊躇もなく、杖の先を間者の左の手の甲に押し当てた。


ジュッ……


皮膚が焼ける音。


遅れて、肉の焦げる臭いが立ち上る。

湿った地下の空気に混ざり、むせ返るような匂いへと変わった。


「ぁああああ!!」


悲鳴が石壁に反響する。


間者は右手で砂を掴み、爪が割れるほど握り込む。


だが、杖はまだ深く押し込まれてはいない。


ヴァーミリオンは淡々と言った。


「うるさい」


赤い瞳が細められる。


「まだ何もしていない。……杖を置いただけだ」


炎が、わずかに強く揺らぐ。


その目が、キラリと光った。


そこにあるのは怒りではない。


冷酷な愉悦。


そして――


逃げ場のない現実。


地下牢に響くのは、

焼ける音と、浅くなった呼吸だけだった。


「そうか……」


ヴァーミリオンは、わずかに首を傾げる。


「次はその左手に穴でも空くかもしれないな」


穏やかな声。


だが、そこに冗談は一切ない。


間者は反射的に、赤黒く爛れた手を見た。


皮膚は裂け、熱がまだ残っている。


先ほどの痛みが、記憶としてではなく――

これから起こる現実として脳裏に蘇った。


ヴァーミリオンは淡々と続ける。


「ここには治癒術師がいる」


一歩、近づく。


「その手を治し、また焼くのも面白いだろう」


地下の空気が、さらに冷えた気がした。


とぐろを巻いていた杖の先に、ゆっくりと炎が集まり始める。


赤い光が収束する。


先程の偶然の接触とは違う。


今度は、明確な意思。


――穿つための炎。


間者の歯が小刻みに鳴る。


カチカチ、と静かな地下に響く。


杖の先が、ゆっくりと手の甲へ向けられる。


蛇の紋章が、じわりと赤く脈打った。


逃げ場はない。


死ぬことすら許されない。


杖が近づく。


熱が肌に触れる直前――


「セ、セラフィム導国から来た!!」


叫びは裏返り、地下牢に反響した。


炎が止まる。


静寂。


その名は、この国と長く対立を続けてきた隣国のもの。


ルベルの視線が、ゆっくりとヴァーミリオンへ向けられた。


場の空気が変わる。


これはただの間者ではない。


国と国を揺るがす火種だ。


「私に心当たりがあるとすれば……」


ヴァーミリオンは一瞬だけルベルを見る。


視線が交差する。


ほんの刹那。


そしてすぐに間者へ戻した。


「教会か?」


低い声。


地下の湿気をさらに重くするような問い。


間者の喉が鳴る。


ゆっくりと、震えながら頷いた。


「そ、そうだ……俺は雇われだ……詳しいことは知らねぇ!」


焼けた手を押さえながら、必死に言葉を吐き出す。


「た、ただ……子供を連れ去れと……それだけだ!」


地下牢の空気が凍った。


ルベルの目が、わずかに細められる。


怒りではない。


計算。


「若様の巻いた種ですな」


ヴァーミリオンが静かに言う。


皮肉とも忠告とも取れる声音。


「ですが……なぜ子供を攫うために、私を殺そうと?」


赤い瞳が、真っ直ぐに間者を射抜く。


間者は壁に手をつき、よろめきながら立ち上がった。


焼けた皮膚が引きつり、顔が歪む。


「そ、それは……!」


視線が揺れる。


出口を見る。


だがそこには、ルベルが立っている。


逃げ道はない。


「そ、その前に……話したら、ここから出してくれるんだよな……?」


声が震えている。


命乞いと、取引。


地下の魔法石の灯りが、かすかに揺れた。


ヴァーミリオンは答えない。


代わりに、ルベルが一歩踏み出す。


石床に響く、重い足音。


「お前に、交渉の立場があるとでも?」


静かな声音。


だが、それだけで空気が圧し潰される。


蛇の紋章が、赤く脈打った。


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