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奴隷だった少女は悪魔に飼われる 〜居場所のなかった少女は、悪魔に溺愛されていく〜  作者: アグ
本家の檻

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“持っている”だけでは

殺伐とした部屋の中――


エルは間者を捕らえるため、窓から躊躇なく飛び出した。

遠くで爆発音が響き、その後、辺りは嘘のように静まり返る。


ルミエルとヴァーミリオンは、言葉を交わさなかった。

だが二人の間に、嫌な空気はなかった。


その原因は、ヴァーミリオンにあった。


ルミエルに向けられていた露骨な蔑みも、剥き出しの敵意も、今は影を潜めている。


ヴァーミリオンは一瞬視線を逸らし、右手を口元へと運んで咳払いをした。


「……なんだ。よくやった」


上から目線の物言いは変わらない。

だが、その声には、いつもの威圧感はなく、どこか控えめな響きがあった。


ルミエルは一瞬、きょとんとしたように瞬きをした。


すぐに何か言おうとして、言葉を探すように口を開き――結局、何も言えずに閉じる。


その代わり、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


唇の端が、ほんの少しだけ緩む。


それに気づかれないように、ルミエルは俯いた。



「……本当に使えたんだな」


静まり返った部屋に、ヴァーミリオンの低い声が落ちる。


ルミエルは咄嗟に顔を上げ、ヴァーミリオンの方を見た。

目を見開き、次の瞬間、ゆっくりと目を細めて笑みを浮かべる。


「えっと……穢魔のこと……?」


「それ以外に何がある」


取り繕う気もない声音だった。


「なぜ、会議の場で使わなかった」


その問いは責めるようでもあり、試すようでもある。


ルミエルは言葉に詰まった。


「それは……」


声が自然と小さくなる。

顔を伏せ、両手をぎゅっと握りしめた。


——どうしてだろう。


使えなかった理由は、はっきりと言葉にできない。

ただ、あの場では、息をするので精一杯だった。


ルミエルは必死に考える。

自分でも納得できる答えを、探すように。


ヴァーミリオンは、無言でルミエルを見つめていた。


その視線に促されるように、ルミエルはゆっくりと顔を上げる。

瞳の奥に、迷いとは違う光が宿っていた。


「あの時は……自分が弱かった」


言葉を選ぶように、一度息を吸う。


「怖かったし、ルベルが全部解決してくれるって……どこかで、任せてた。自分で決めることから、逃げてた」


仕方ない、と。

力がないから、と。


そうやって、いつの間にか自分の意志まで、人に預けていた。


ヴァーミリオンは、その答えを聞いて、口の端を僅かに吊り上げた。


「……お前は、若様がいなければ何もできない人形と同じだ」


突き放すような言葉。


「楽だっただろうな。若様には力がある。考える必要も、責任を負う必要もなかった」


壊れた窓から風が吹き込み、ルミエルとヴァーミリオンの髪を揺らした。


その風が、ゆっくりと収まった頃。


ルミエルは一度息を吸い、静かに口を開く。


「……でも、それだと誰にも認めてもらえないから」


迷いはあった。

それでも、視線は逸らさない。


「私は……私の意志で、グラヴェルさんに認めてもらいたい」


その言葉が終わるより早く、ヴァーミリオンは腹の底から笑った。


「ハハハァ!」


からかうようでいて、どこか愉快そうな声。


「私がお前を認めるだと? それを恩義に感じろ、とでも言う気か」


ルミエルは、そう簡単にはいかないことを分かっていた。


そしてヴァーミリオンもまた、ルミエルがそれを理解していることを、分かっていた。


「……なら、命を助けただけで認められると思うな」


低く、突き放すような声。


「もっと自分を証明しろ」


それは命令であり、同時に――機会でもあった。


ヴァーミリオンがそう言い終えた、その瞬間。


部屋の扉が、音を立てて開いた。


入ってきたのはルベルだった。

肩で荒く息をしながら、部屋の様子を鋭く見回す。

その視線が、ルミエルを捉えた。


床を蹴るようにして駆け寄ると、

ヴァーミリオンから守るように、その前へと立ちはだかる。


ルミエルの姿は、ルベルの背に隠れ、

ヴァーミリオンの視界から消えた。


外から流れ込む冷たい風が、静まり返った部屋を包み込む。


その背後から、ブラインが静かに入ってきた。


ヴァーミリオンはその一連を静かに見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「若様。命を狙われたのは私ですよ。……小娘の方が心配かね?」


ルベルは、自分がルミエルを庇ったことがヴァーミリオンの癇に障ったのだと悟る。

すぐに肩の力を抜き、表情を整えた。


「先生……お怪我はありませんか?」


ヴァーミリオンは答えず、ルベルの背後へ視線を向ける。

その視線は、隠れているはずのルミエルを正確に捉えていた。


「ああ……小娘が助けてくれた。

……確かに、“持っている”ようだな。」


その言葉には、先ほどまでの殺気はない。


ブラインは、その微かな変化を見逃さなかった。

初日に会った時とは明らかに違う。

先ほどまでルミエルへ向けられていた殺気が、完全に消えている。


「私も拝見したかったですね。

……ヴァーミリオン様にも、心境の変化があったようですね。」


ヴァーミリオンはブラインを鋭く睨み、鼻を鳴らした。


その背後で黙っていたルミエルが、そっとルベルの背中から顔を覗かせる。


「ルベル……エルは無事?」


ルミエルの意識は、敵を追って部屋を飛び出していったエルに向いていた。


その問いに、ルベルの表情がふっと柔らぐ。


ブラインもヴァーミリオンも、そんな顔をするルベルを見るのは初めてだった。

思わず、肩がわずかに震える。


「大丈夫だ。エルにとっては、そこらの間者など子供を相手にするのと変わらん。」


ルベルはルミエルの頭を優しく撫でた。


その仕草に、ルミエルは目を細める。

そして、安堵の笑みがそっと浮かんだ。


「ゴホン……若様。そんな間抜けな顔はおやめなさい。」


ヴァーミリオンは咳払いひとつ、わざとらしく視線を逸らした。


――この先、自分もまた、ルベルと同じようにルミエルを溺愛することになるとは。

今は、まだ知る由もない。


「俺はいつも真面目な顔です。」


ルベルはすぐに表情を引き締めると、誤魔化すように窓の外へ視線を向けた。


「ブライン、この窓も直せるか?」


ブラインは割れて散らばったガラスと、砕けて抉れた窓の桟を見た。


「出来ます。若様も、そろそろ覚えるべきですな。」


ルベルはわずかに顔を引き攣らせる。


物を修復する魔法や、バリアといった支援魔法は苦手なのだ。


「出来る者がやった方が早いだろ。」


目だけはブラインから逸れている。


ブラインが手を伸ばすと、ガラス片と外壁がふわりと宙に浮いた。


静かに動きながら、少しずつ形を取り戻していく。


まるで時間が巻き戻されるように、それぞれが元あった場所へと収まっていく。


そして最後の一枚が、ぴたりとはまった。


壊れていたのが嘘のように、窓は元通りになる。


その光景を、ルミエルは目を輝かせて見つめていた。


小さく拳を握り、嬉しそうに上下に振る。


「ブラインすごい……こんなことも出来るの?」


ブラインは頬を緩め、穏やかな笑みを浮かべた。


修復された窓から、白い日差しが差し込む。

砕け散っていたはずのガラスは、何事もなかったかのように光を反射していた。


「お嬢様も練習すれば出来ますよ。魔法はイメージです。

使える属性はありますが……こういった修復は属性に左右されません。

魔力さえあれば、“誰でも”本来は可能なのです。」


“誰でも”という言葉が、やけに鮮明に響く。


ルベルは小さく咳払いをして視線を逸らした。

ヴァーミリオンもまた、腕を組んだまま目を背けている。


外では風が木々を揺らし、葉擦れの音がかすかに聞こえた。

穏やかな昼の空気と、室内の緊張が噛み合わない。


「それで……犯人は、私が直々に聞き出そうか。」


低い声が落ちる。


次の瞬間、ヴァーミリオンの瞳に紅い炎が灯った。


差し込む日差しの中で、その炎だけが異様に濃く揺らめく。


ルミエルの背筋に冷たいものが走った。


暖かなはずの昼間なのに、

空気が一瞬で張り詰める。


ぞくり、と身を震わせた。


「な、なにするの?」


ヴァーミリオンの視線がすっと細まる。


先ほどまでの柔らぎは消え、

冷えた威厳だけが残った。


「小娘は気にするな。まだ早い。」


低い声が落ちる。


ヴァーミリオンはテーブル脇に立てかけてあった杖を手に取った。


瞳に灯る紅炎が、杖に呼応するように揺らぐ。


次の瞬間、その炎は蛇のように伸び、

杖へと絡みつき、とぐろを巻いた。


空気が、ぴんと張り詰める。


ヴァーミリオンは何も言わずに扉を開けた。


「場所は地下室だな。」


静かな宣告だった。


部屋を出ると、ルベルもその背を追う。


「ブライン。エルも間者の元にいるだろう。

しばらくルミエルを頼む。」


短く言い残し、ルベルは廊下へと消えていった。


部屋には、ルミエルとブラインだけが残る。


ルミエルは小さく拳を握りしめた。


震えているのは、怖さではない。


――悔しい。


そのわずかな変化に、ブラインはすぐ気づく。


「お嬢様は気にすることはありません。私とお部屋へ戻りましょう。」


優しい声だった。


それが余計に胸に刺さる。


顔が歪む。


分かっている。

自分はまだ子供だということも。

地下室がどんな場所かも。


それでも――


「どうして……置いていくの……

私だって……助けたのに……」


声が震える。


理解しているのに、

それでもブラインにぶつけてしまう。


ブラインは一瞬だけ目を細め、静かに告げた。


「ルミエル様。本来、物騒な場所へ行く年齢ではありません。

今は何も知らずに甘えて良いお歳なのです。」


その言葉は正しい。


正しいからこそ、苦しい。


差し込む昼の光が、やけにまぶしく感じた。


握った拳は、まだ解けない。


――“持っている”だけでは、足りない。


その現実だけが、胸に重く沈んでいく。

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