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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
本家の檻

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51/55

その言葉が、居場所を決めた

部屋は、静寂に支配されていた。


ソファーを挟み、ルベルとモミジは向かい合って座っている。


どちらが先に話し出すのか。

互いに探るような沈黙だけが、時間を引き延ばしていた。


長引く沈黙は、次第に空気を重く、息苦しいものへと変えていく。


その圧に、先に耐えきれなくなったのはルベルだった。


「まずは、お前の中で何が起きたのか話せ」


視線を逸らさず、低く告げる。


「大体の予想はしている。だが……確信が欲しい」


モミジは唇を引き結び、深く息を吸った。


ゆっくりと吐き出すその動作は、

これから口にする“何か”への覚悟を整えているように見えた。


「……オレに、知らない記憶が流れ込んでくるんや……」


モミジの重い口が、ようやく開かれた。


ルベルはその言葉を聞いても、眉一つ動かさない。


「だろうな」


短く、切り捨てるように言う。


「お前が暴走した時だ。

 一瞬、目が“別のもの”を見ていた」


淡々と、すでに理解していることを確認するように続けた。


あっさり肯定されるとは思っていなかった。

モミジは、乾いた笑みを浮かべる。


「……頭、狂ってる思わんかい?」


「普通に聞けば、頭おかしい話だな」


そう前置きして、ルベルは続けた。


「だが――お前は“そう思ってるだけ”じゃなかった。

行動に出てた。身体が、先に答えを出してた」


モミジの視線を、まっすぐ射抜く。


「ちゃんと、俺のことも殺そうとした」


あの目は、本物だった。

作り物の憎しみじゃない。

妄想で、あそこまで人を壊せるほど、人間は単純じゃない。


モミジは、喉が鳴るのを感じて、唾を飲み込んだ。


「……オレにはな」


一瞬、言葉を探すように視線が揺れる。


「ルベルの旦那が、ちゃう奴に見えたんや……」


「そうだろう?」


ルベルは足を組み、その膝の上に指を組んだ。

余裕たっぷりの仕草で、口角を上げる。


「――オレは、ご主人様にも見えたか?」


ニヤリ、と笑ったその表情に、

モミジは一瞬、言葉を失った。


堂々とした態度。揺るがない視線。

逃げ場のない“上”からの圧。


「そ、そんなんちゃう……!」


声が、わずかに裏返る。


「……アレは、調教師や」


言い切る前から、背中を冷たい汗が伝っていた。


「……なるほどな」


ルベルは、ひとつ息をつく。


「じゃあ、前に言ってた“黒い髪の子供”ってのは――お前か?」


事件の直後、モミジはそれを否定していた。

当然だ。

突然、見知らぬ子供の姿を突きつけられて、それが自分だと受け入れられるはずがない。


「……多分、オレや」


声は低く、歯切れが悪い。


「記憶が戻るたびに……“オレや”って、言われとる気がする」


ルベルは、その言葉を咀嚼するように一瞬黙り――


ふっと、口元を歪めた。


「面白い」


視線が、細くなる。


「お前も――転生者か」


「……転生って、なんや……」


モミジの呟きに、ルベルは視線を向けた。


「お前さ」


何でもない調子で、問いを投げる。


「人が死んだら、どうなると思う?」


突然の話題に、モミジは一瞬言葉に詰まった。


「……そら、死ぬんやから」


「この世から、いなくなるやん」


ルベルは、その答えを聞いて――

鼻で、笑った。


「普通だな」


その一言で、モミジにも分かった。

バカにされている。


「何が言いたいんや!」


「説がある」


ルベルは、感情を交えずに言う。


「魂は巡る。

生と死を繰り返す。それが、この世界を作った“何か”の恩恵だってな」


一拍、置いて。


「……神様とか、信じてないだろ」


「そんなもん、信じるわけないやん」


ルベルは、ふっと目を細めた。


「ああ」


「俺も――信じてなかった」


「信じてなかったって……」


モミジは、探るようにルベルを見る。


「今は、知ってるってことか?」


「いや」


返答は、即答だった。


「知らん。……ただ、片鱗に触れただけだ」


想像していた答えと違い、

モミジの胸に、言いようのない靄が残る。


「……片鱗って、なんや」


「今も見てるさ」


ルベルは、視線を逸らさない。


「お前自身が、証拠だろ」


モミジは、思わず首を傾げた。


「……オレ?」


「ああ」


ルベルは、静かに言い切る。


「お前は、知らないはずの記憶を持っている」


一拍。


「それは、きっと――お前の“前世”の記憶だ」


さらに、淡々と続ける。


「稀にいる。

死んだはずの過去を、断片的に思い出す者がな」


今まで見てきた、あの残酷な映像――

それが前世の記憶だと、突きつけられる。


いまさら、それを受け入れろと言われて、

納得できるはずがなかった。


「……それが、ホンマやったら」


モミジは、かすれた声で続ける。


「オレは……随分、惨めな人生やったんやな」


顔が、悲痛に歪む。


「ルベルの旦那とは……」


迷いながら、言葉を選ぶ。


「やっぱり、うまく行く気がせえへんわ」


その声は、静かで、今にも消えてしまいそうだった。


「その言葉――」


ルベルの声が、低く割り込む。


「ルミエルの前で、口にするな」


空気が、張り詰める。


「今、生きているルミエルはな」


視線を逸らさず、告げる。


「お前の言う“惨めな人生”を、実際に生きてきた」


その一言に、

モミジは何も言い返せず、ただ唇を噛み締めた。


ルベルは、モミジを横目に見たまま、話を続ける。


「それで――」


「お前は、どこの時代の記憶を持っている?」


一拍置き、付け加えた。


「奴隷だったなら、正確には分からんかもしれんが」


視線が、探るように細くなる。


「……俺が気になっているのは、そこじゃない」


「お前の“動き”だ」


演習場で見せた、あの体術。


この世界に、それは存在しない。


戦いといえば、魔法か、剣や斧といった武器を振るうものだ。

型も理論も、すべて“武器ありき”で組まれている。


だが――


武器を持たず、

身体だけで相手を制する技術は、発展していなかった。


モミジは少し黙り込み、言葉を探すように視線を伏せた。


「……時代とかは分からへん。ただ、オレは捕まってから、あそこで叩き込まれたんや」


ルベルはその言葉を遮らず、静かに続きを促す。


「“捕まってから”ということは……何歳から、そこにいた?」


「覚えとらん。せやけど……学校には通ってた」


ルベルはそこで眉をひそめた。

聞き慣れない単語だった。


「……学校、だと?」


モミジ自身も、すらりと口をついて出たその言葉に、胸の奥が跳ねた。


「……騎士養成所や、魔法学院に似たようなもんや」


それは咄嗟に選んだ、もっとも無難な言い回しだった。

本当のことから、ほんの少しだけ距離を取るための。


モミジはそれ以上を語らず、話を切った。


ルベルもまた、そこを深く追及しようとはしなかった。

一瞬、視線を細めただけで、話題を変える。


「……なら、聞こう」


「なぜ、お前は武器ではなく――

 身体そのもので戦えるよう、叩き込まれた?」


モミジは、かつて叩き込まれた言葉を思い出していた。

調教師の声。

主人の、命令とも忠告ともつかない声。


——守れない護衛に、価値はない。


嫌な記憶が喉元までせり上がり、額にじっとりと汗が滲む。

息が浅くなり、指先がわずかに震えた。


それでも、モミジは口を開いた。

震える唇を、無理やり動かして。


「……警護する時に、武器がなくても制圧できるように、や」


言葉を切り、息を吸う。


「護衛中に……もし武器がなかったら」


声が、一瞬詰まる。


「……主人を、守れへんかったら」


低く、吐き出すように続けた。


「――それ、護衛の意味ないやろ」


その言葉は、理由ではなかった。

モミジ自身に刷り込まれた“答え”だった。


ルベルは、その言葉を聞いて――理解してしまった。


調教師や主人が、何を言っていたのか。

そして、なぜそんな訓練を施したのかを。


この世界には、魔法がある。

武器を持たずとも、魔法さえ使えれば戦える。


だからこそ。

本来、素手で戦う意味などない。


獣人ならば、鋭い爪や牙がある。

魔法を扱える者も少なくない。


人間であっても、

魔法が使えぬ者はアーティファクトの武器を持ち、

それを前提として護衛に立つ。


――それが、この世界の常識だ。


だが。


魔法も使えず、

武器すら持たされない人間が、護衛に立てば。


結果は一つしかない。


「……一瞬で、死ぬ」


それは戦いではない。

処分に等しかった。


「せや。せやから……身体一つで制圧できる技術が、必要なんや」


モミジはそう言って、無意識のうちに拳を強く握り締めた。

まるで、それを手放せば自分が崩れてしまうかのように。


ルベルは、ただ黙ってその様子を見ていた。


話を聞くだけで十分だった。

この世界の常識から、明らかに外れている。


――同じ時間軸の人間ではない。


そう察しても、ルベルは口にしなかった。

モミジ自身が、それを必死に隠そうとしているのも分かっていたからだ。


しばしの沈黙の後、ルベルが口を開く。


「……その動き。教えることは、できるか」


問いは率直だった。

試すでも、責めるでもない。


「教えたこと、ないから……分からへん」


ルベルは、深く息を吐いた。


「そうか」


そして、少しだけ視線を逸らす。


「なら、最後に一つだ。さっき会ったエルヴィアンの元へ行け…本格的に、執事見習いとして教わってこい」


モミジは、確かめるように続けて問いかけた。


「……それができたら」


「お嬢ちゃんの執事として、そばにおってええっちゅうことか?」


ルベルは、一瞬だけモミジを見つめる。

その視線に、試す色はなかった。


小さく、頷く。


「ああ」


「――良い」


その一言が、

モミジの居場所を、静かに決めた。


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