表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
本家の檻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/54

話す覚悟

昼間の陽光が差し込む、静かな一室。

ベッドやソファーといった最低限の家具は揃っている。


――にもかかわらず。


部屋の隅、影が濃く落ちる場所で、胡座をかいて座る一人の男がいた。

背を丸め、膝に置いた手は、わずかに強張っている。


部屋と溶け込むように、気配は薄い。

そこに“居る”というより、“存在を消そうとしている”ようだった。


その姿は――

何かから逃げるでもなく、

ただ、何かを待ち続けているようにも見えた。



静寂を打ち破るように――


バン!


無造作に、ドアが開かれる。


堂々とした足取りで、ルベルが部屋に入ってきた。

視線が一巡する。


整えられたはずの部屋に、生活の痕跡はほとんどない。

その違和感に、ルベルは僅かに眉を顰めた。


ドアを閉め、当然のようにソファへ腰を下ろす。

まるで自分の部屋であるかのように。


「モミジ。――生きてたんだな」


冷めた声。


その言葉に、床の男はすぐには反応しなかった。

一拍遅れて、ようやく顔を上げる。


「なんや……

自殺でもしてた方が、よかったん?」


声に力はない。

挑発の形をしているが、覇気はなく、どこか投げやりだった。


ルベルは、その様子が気に入らない。

ほんの僅か、顔が歪む。


「お前、つまらなくなったな」


その言葉に、モミジは再び顔を上げる。

思っていたよりも顔色は悪くない。


――生きてはいる。

それを確認し、ルベルは無意識に胸を撫で下ろした。


「なんや、つまらんて……

オレやて、調子悪い時くらいあるんや」


軽く流すような口調。

だが、内側では必死だった。


自分でも整理できない記憶。

知らないはずの感情。

それらが、絶えず頭の奥を引っ掻き回している。


「俺は、ルミエル以外に気を使うつもりはない」


唐突な宣言。


その一言に、モミジは小さく鼻で笑った。


「なんや今更。

そんなん、みんな知ってるやん」


笑ったはずなのに、

その目には、少しだけ――諦めが滲んでいた。


「だから、言う。

お前、何を思い出した」


ルベルの一言には、迷いがなかった。

――確信だ。


モミジの肩が、僅かに強張る。

嫌なところを突かれ、奥歯をぎゅっと噛みしめた。


どこまで、話していいのか。

気味悪がられないか。


喉の奥で言葉が絡まり、上手く出てこない。


「……なにって……」


それ以上、続かなかった。


ルベルは一瞬、モミジを見つめ――

それ以上の追及を、あっさりとやめた。


「分かった」


短く、それだけ。


「そうそう。お前に会いたがってる奴が二人いる。

……会うか?」


その言葉を聞いた瞬間、

モミジの脳裏に浮かんだのは――


あの、幼いルミエルだった。



モミジが口を開こうとした瞬間、ルベルは遮るように言った。

「まぁ、お前に選ぶ権限はない」


心の中で舌打ちをしたモミジは、じっとルベルの顔を見据える。

ドアの向こうで待機している者の気配を感じ取りながら、どう動くか考えを巡らせる。


「一人はお前の引き取りに来たものだ」


ルベルの言葉に、モミジの拳がわずかに震える。

怒りが身体を駆け巡り、耳と尻尾が自然と逆立った。

「なんやそれ! 何勝手に決めてるんや!」


詰め寄るモミジのすぐ後ろで、ドアがゆっくりと開く。

その隙間から現れたのは、ルミエルとエルヴィアン――二人揃ってこちらを見つめていた。


「若様、わざとあんな言い方をしているなら、ちょっと性格悪いですよ」

エルヴィアンがやわらかく声をかけ、場の緊張を和らげる。


モミジの目に、ルミエルが映った。


一瞬、血の気が引く。

そしてすぐに、熱が身体を駆け巡り、心臓の鼓動が速くなる。

手は自然と力を握りしめ、身体は小さく震えていた。


「な、何しに来たんや…」


会えたはずなのに、胸が締め付けられる。

嬉しい気持ちと、戸惑い――

そのどちらもが、同時に押し寄せてきた。


「し、心配で…あれから…一度も会えなかった…」

ルミエルの声が、モミジの心をさらに揺さぶる。



「心配はいらへん。俺はどこも怪我してへん」


モミジは両手を広げ、笑顔で主張する。

ルベルと二人きりだった時とは違い、ルミエルの前では無理にでも元気そうに振る舞わなければ――そう自分を律していた。


ルミエルはその無理な笑顔に気づいていた。

目の奥に隠れた迷いと、心の痛み。


「身体じゃない。心だよ、モミジも向き合わないと」


噛み合わない言い方だったが、その言葉は部屋の空気を静かに変えた。

横にいたエルヴィアンは二人のやり取りを静かに見つめ、ひとりで納得するように頷いた。


「どうやら、こちらお嬢様には頭が上がらなそうですな」


エルヴィアンの一言が、部屋の緊張をふっと緩ませた。


モミジは知らない顔の男を睨みつける。

「おっさんは何もんや?」


エルヴィアンは微笑を崩さず、ゆっくりと答えた。

「私はエルヴィアン・タリウスです。ここの元老の一人です。

あなたが、問題児のモミジですね」


モミジの頭の中には、演習場で騎士を巻き込んで大騒ぎした自分の姿が蘇る。

エルヴィアンはその一件を、軽く「問題児」と片付けただけだった。


モミジは、

ルベルが訓練としてその場を収めた時のことと、

エルヴィアンが「問題児」と言った言葉とを、頭の中で重ねていた。


「なんや……ここの屋敷の奴らは、随分と太っ腹やな……」


胸の奥が、じわじわと苦しくなっていく。

その痛みから目を逸らすように、モミジは皮肉めいた言葉を吐いた。


だがエルヴィアンには、

その態度もまた――

嫌な現実から目を背けようとする、子供の精一杯の強がりにしか見えなかった。



「あなたは、まだ子供ですからね。ある程度は聞きますよ」


青年になりきれていないモミジのその表情は、

エルヴィアンには――助けを求める子供のものに見えた。


このままでは、また一人で抱え込んでしまう。

ルミエルは、そう確信して一歩踏み出した。


そのやり取りを、ルミエルが遮る。


ルミエルの足が、モミジの前で止まる。

あと一歩踏み出せば、ぶつかってしまうほどの距離。


「モミジ……モミジは、何を見たの……?

ここでは言えない……?

誰になら、話せる?」


苦悩を少しでも取り払おうと、ルミエルは真剣な眼差しで見つめた。


その視線に耐えられず、モミジはそっと目を逸らす。


モミジは、目の前に立つルミエルではなく――

その背後にいるルベルへと、視線を向けた。


一瞬のことだった。

だが、その小さな選択が、はっきりと意味を持ってしまう。


「……せやな。まずは……ルベルの旦那に、話そう思う……」


その言葉に、ルミエルの眉がわずかに下がる。


何かを言いかけて、結局口を閉じ、

彼女は一歩、後ろへと下がった。


――選ばれなかった。

ただそれだけの事実が、胸の奥に静かに広がっていく。


「……分かった。それじゃ、私はもう行くね……」


精一杯、明るく。

子供なりに、ちゃんと大丈夫なふりをして。


「……分かった……」


モミジも、そう返すしかなかった。

間違ったことをしたわけじゃない。

それでも、胸の中は少しも晴れなかった。


ルミエルは背を向ける。


その小さな手が伸びた先は――

ルベルではなく、エルヴィアンだった。


ぎゅっと掴んだ指先は、ほんの少し震えている。


「行こう」


エルヴィアンは何も言わず、その手を受け取り、

ルミエルと共に部屋を後にした。


扉が閉まる。


部屋には、ルベルとモミジだけが残された。


モミジの肩は、目に見えて落ちていた。

背中も、表情も――まるで一回り小さくなったようだ。


ルベルは、黙ったままそれを見ている。


モミジの態度。

そして、ルミエルが迷いなく、別の大人の手を取ったこと。


理解はしている。

正しい判断だとも、分かっている。


――だが。


胸の奥に残る、言いようのない苛立ちだけは、消えなかった。


「お前は、あとで鍛え直す。覚悟しろ」


その一言で、

モミジの目が、はっきりと見開かれた。


――見捨てられた。

そう思っていたからだ。


喉が鳴る。


「……なんや。オレ、用無しちゃうんか……?」


思わず漏れた声は、さっきより少しだけ明るい。


「さっき……あのじいさんに引き渡す、言うてたやん」


強がるように言いながら、

胸の奥では、確かに安堵が広がっていた。


「分かった。最初から、ちゃんと話す。

……お前も、ちゃんと話せ」


その声音は、

頼みではなく――命令だった。


モミジは一瞬だけ視線を落とし、

やがて、ゆっくりと頷く。


その重さを、理解したからだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ