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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
本家の檻

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腕に宿る想い

静かな一室。


ルミエルの「許さない」という一言は、冗談には聞こえなかった。


それに応えるように、エルヴィアンは隠していた威圧感をあらわにする。

空気が、ひときわ冷たくなる。


ルミエルは息を呑み、指先に力が入るのを感じた。


「……許せない、か」


低く落とされた声。


「だが、お嬢様には私を抑え込むほどの権力はない。それが事実だ」


一拍。


「それを理解したうえで、どうする?

若様に頼るか?」


ルミエルは顔を横に振った。

どうしようもない――立場のない自分にとって、あまりに残酷な質問だった。

それでも、その表情はどこか穏やかに見えた。


「ルベルに…頼らない…」


エルヴィアンの目が、さらに鋭く光る。


「頼らないで。君自身は、何をする?」


ルミエルの意識は虚ろだった。

だが、頭の中でイオランの声が蘇る――あの会話が、微かに響く。


「お嬢ちゃん、今いちばん大事なのは“過去”だ。

ヒントは、そこにある」


過去を見つめ直せ――その言葉が、混乱に包まれた頭の奥で、かすかな光のように揺れている。

身体は強張り、息は浅く、冷や汗が額を伝い、背中を滴る。指先までじんわりと熱を帯び、全身が張りつめる。


思い出そうとすればするほど、心も体も焦りで支配されていく。


ルミエルが明らかに異常な様子を見せているのに――

それでも、エルヴィアンは手を貸さなかった。

黙って、答えを待つだけだ。


「わ、私が…エルヴィアンさん…必要…証明する…」


言い終えた頃には、顔色が青ざめ、唇は震えていた。

身体の奥から冷たい力が抜け、手足の感覚まで遠のくようだった。


エルヴィアンは、ルミエルの言葉に息を呑む。


「お嬢様は、私が認めるほどの何かを持ってるのか…?」


ルミエルはこれまでのエルヴィアンの発言や行動を思い返す。

──何を示せば認めてもらえるんだ。何を言えば、役に立てるって証明できるんだ。


「私…ルベルの役に立てる。」


「役に立つ、とな?」

エルヴィアンの目が鋭く光る。

「今のお嬢様は、若様に迷惑をかけることしかしてないように見えるが…」


彼は冷静に、これまでのルミエルの行動を思い出しながら、言葉を選ぶように告げた。


「迷惑いっぱいかけてる…私が…無力だったから…」


ルミエルは、これまでの自分と向き合った。


エルヴィアンはやはり子供か、と諦めたように思った。


「君は幼い子供だ。まだ、守られる立場だ。

それを受け入れるような子供は、この屋敷には必要ない」


現実を突きつけるその声に、ルミエルはソファーから立ち上がり、エルヴィアンに近づく。

そして、突然右手を握った。


「ここで逃げたら…ヴェルファレインの名に恥をかかせる…!」


ルミエルの手に光が集まり、その力がじわりとエルヴィアンの身体を包む。


「エルヴィアンさん、腕…治りましたか?」


そう問われ、エルヴィアンは右手を挙げる。

今まで上がらなかった腕が、光に導かれるようにゆっくりと動いた。


胸の奥が熱くなるのを、エルヴィアンは感じていた。


今まで、思うように上がらなかった腕が、スッと軽くなる。


まだ、幼い子供だった――

世界も、人間も、優しささえも怖いと言ったこの子が、

今、まるで世界で一番純粋な心を持っているかのように見えた。


ルミエルは、ゆっくりと手を伸ばし、自分の意思で光を集める。

掌から溢れる光が、じわりと周囲に広がり、エルヴィアンを包み込む。


「なぜ、私の腕が怪我していると分かった?」


その問いに、エルヴィアンはわずかに眉を寄せる。


「挨拶した時から……そっちの手だけ、動きが悪く見えたんだ。

手を組むときも……左手で持ち上げているように見えた」


ルミエルの胸に、ふっと温かい感情が流れる。

無言のまま光が手のひらからこぼれ、エルヴィアンの腕を包む。

その光は、痛みを追い出すように優しく力を伝える。


エルヴィアンはゆっくりと右手を挙げる。

今まで上がることのなかった腕が、すっと軽くなる。


目から一滴、光に反射する涙が溢れた。

胸の奥が熱くなるのを、ルミエルも、エルヴィアンも感じた。


「ありがとう……」

ルミエルの声はかすかに震え、でも確かに意思を帯びていた。

その瞬間、幼かった自分と決別する覚悟が、静かに胸の奥で固まる。


世界はまだ残酷で、怖いものも多い。

それでも――もう、逃げない。

ルミエルの瞳に、わずかに光が宿った。


「これがお嬢様の答えですか?」


エルヴィアンのその質問に、ルミエルは首を横に振った。


「分からない…でも、ルベルが傷ついたら、治してあげられる。

屋敷の人が傷ついたら、治せる」


ルミエルは一拍置いた。


「でも、エルヴィアンさんはそんな答え…求めてない…」


ルミエルは、自分が気づいていることを言葉にした。


「その通りだ。私は傷を治せるだけの能力に価値を見出してはいない」


エルヴィアンはそう言いつつも、心の奥で認めずにはいられなかった。

誰にも治せなかった腕が治る――その事実の重みだけではない。


「きっと…エルヴィアンさんが…求めてるものは…すぐには手に入らない。

人の心を動かすのは…難しいから……」


その言葉を聞いたとき、エルヴィアンはすべてを理解した。


――君は力を使うだけでなく、自分の意思で行動し、屋敷の人たちを信用させることを理解して示しているのだ、と。

力だけでなく、覚悟と心で信頼を得る――それこそが、君の答えなのだ。


「お嬢様、これからよろしくお願いします」


エルヴィアンはゆっくりと立ち上がり、頭を下げた。

その所作は、目上の者に礼を尽くすかのように丁寧で、無駄のない動きだった。


ルミエルは、その美しい所作に目を見開く。

そして、幼い子供特有の屈託のない笑みが、ふっと顔に浮かんだ。


「お願いします…」


エルヴィアンはルミエルを受け入れ、二人はソファーに座り直した。

空気はまだ少し張り詰めているが、会話は静かに流れ始める。


「お嬢様と獣人の関係を教えてもらってよろしいでしょうか」

エルヴィアンは、ルミエルが気にしているであろうモミジの話題に戻した。


ルミエルは小さく息を吐き、視線を床に落とす。

「関係……分からない」


エルヴィアンは唸り、少し間を置く。

「では、どういう流れで知り合ったのですか」


ルミエルはゆっくりと顔を上げ、素直に話し始める。

「最初は……私の命を狙いに来たって……」


その言葉に、エルヴィアンは眉をひそめた。

命を取ろうとした相手に、どうしてここまで執着できるのか、理解が追いつかない。


「近くに置くのは、宜しくないかと」

静かに提案するエルヴィアンに、ルミエルは首を横に振った。

「出来ない……モミジは……特別だから」


「お嬢様には、彼はどのように見えていますか」

問いかけに、ルミエルの瞳が揺れた。

「モミジは……壊れそう……もう……消えそうな……」


言葉に詰まり、指先がわずかに震える。

その弱さの裏に、揺るぎない想いがあることは、エルヴィアンには一目で分かった。


「彼は私が預かろうと思います。

彼自身、護衛や執事としての素質もある。私のもとで教育しましょう」


その答えを聞いた瞬間、ルミエルの胸の奥に溜まっていたものが、すっとほどけた。

知らず、息を詰めていたことに気づく。


最悪の結末を、ずっと思い描いていたからだ。


「じゃ……殺すとか……じゃないの?」


ぽつりと零れた言葉は、あまりに幼く、切実だった。

あれだけの騒ぎのあとだ。

そうなっても、不思議ではない――ルミエル自身、そう思っていた。



「正直、そのまま元老院に送られてしまえば…どうなるかは分かりませんが。

私に預けていただければ、問題ありません」


ルミエルは胸の奥から、すっと安堵が流れ込むのを感じた。


「良かった。エルヴィアンさん…お願いしてもいいですか?」


エルヴィアンは優しい目で頷く。


「いいですよ。私に出来ることであれば」


ルミエルは両手をモジモジさせながら、小さな声で続けた。


「一緒にモミジに会ってくれる?」


その言葉に、エルヴィアンは軽く眉を上げる。


「なぜでしょうか?」


「ルベルも、エルも、ばあやも、許してくれないの」


ルミエルの答えに、エルヴィアンは納得した。

モミジ自身が、また暴れる可能性を考えて、距離を置かせているのだろう。


「私と会いに行きま…おっと、お迎えが来ましたね」


廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえる。

エルヴィアンは、誰が来たのかすぐに察した。


「今すぐ、お嬢様の願いが叶うかもしれませんね」


そして、ドアが勢いよく開かれた。




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