過去と今の交差
ギリギリ書き終えましょうた。
誤字あったら申し訳ありません
ルミエルたちは宝石店で代わりの品を選び、気温調節ができる魔石も購入した。
ルミエルの服に魔石が取り付けられると、柔らかな暖かさが全身を包み込む。
その様子を、少し離れたところからモミジが見ていた。
淡く光る魔石を目にした瞬間、胸の奥がわずかに軋む。
理由は分からない。
ただ、装着された“何か”が、守りであると同時に縛りにもなり得ることを、
モミジは知っていた。
「……ちゃんと効いとるみたいやな」
そう言った声は、どこか硬かった。
だが、モミジが壊したブローチはやはり偽物で、
ルミエルの表情はどこか硬くなった。
店を出た一行は、街のざわめきの中で立ち止まる。
ルベルは静かにポケットから小さなケースを取り出した。
「これを、気にしていただろう。」
ケースの蓋が開くと、黒銀の枠に収められた赤い宝石が光を反射する。
ルミエルの瞳が一瞬揺れた。
その瞬間、自分が宝石を気にしていたことに、
ルベルが気づいていたのだと悟る。
胸がほんのりと温かくなる。
「なんで…」
「それは、ルミエルのことが大切だからだ。」
ルベルはそっとルミエルの頭に手を添える。
その優しい動きに、閉ざされかけていたルミエルの心も、
少しずつ柔らかくなっていった。
「一緒に…いていいの?」
ルベルは頷き、そっとネックレスをルミエルの首にかけた。
「ああ。いいぞ。」
ルミエルは首元のアクセサリーを見つめ、ほんの少し微笑む。
胸の奥に、小さな温かさが戻ってきたようだった。
ルベルは、ルミエルを街に連れて行ったのが
正しい選択だったと、心の中で安堵した。
一日中買い物を楽しみ、美味しいものを口にした後、夕方になった頃にはルミエルの瞳に生気が少しずつ戻りつつあった。
屋敷に戻り、部屋に入る頃には、ルミエルの表情は硬くなっていた。
冷たい空気が屋敷全体を覆い、使用人たちの視線が無言の圧力となって、彼女を押しつぶすようだった。
頭の中に、元老たちの挨拶の声が繰り返し蘇る――冷たく厳格で、少しも温度を持たない言葉の数々。
部屋で待っていたばあやは、その硬い表情を見て胸を撫で下ろした。
ルミエルの肩にそっと手を置き、安心できる場所に戻ったのだと静かに感じた。
「ルミエル様、少し表情が明るくなりましたね」
ばあやにそう言われ、ルミエルは申し訳なさそうに眉を下げる。
「心配掛けてごめんなさい」
「元気になるルミエル様を見れて、私も嬉しいですよ」
その時、部屋のドアを軽くノックする音が響いた。
「失礼します」
ばあやがドアを開けると、使用人が荷物を手に立っている。
「今日の買い物ですね。私が受け取ります」
荷物を部屋に運び入れ、使用人が去った後、ルミエルはふと近くの箱に目を留めた。
中を覗くと、ビリビリに破れた服が無造作に詰め込まれている。
猫姿のモミジも、それを目にした。
ルミエルの胸がぎゅっと締め付けられ、反射的に箱を閉じる。
「ばあや…開けないで、そのまま…置いといて…」
声は小さく、でも必死に抑えた震えが混じっていた。
ばあやはすぐに頷き、ルミエルの手をそっと握る。
「どうかしましたか? 何か、怖いことでも?」
ばあやが、ルミエルの顔を覗き込む。
ルミエルはゆっくりと顔を横に振った。
言葉は出ないけれど、胸の奥のざわつきがまだ消えていないのが伝わる。
「ばあや…少しで…いいから、部屋、外して…護衛は…モミジがいるから…お願い」
声は小さく、途切れ途切れだった。
それでも、表情には先ほどよりも少し安らぎが戻りつつある。
ばあやは優しく頷く。
「わかりました。それでは、何かあればすぐ呼んでくださいね。モミジちゃんと護衛、しっかり頼みますよ」
ルミエルの視線の先で、モミジがゆっくりと猫の姿から人の姿に戻る。
「わかったで。ちゃんと見とくさかい」
ルミエルは小さく息を吐き、安心したように肩の力を抜いた。
ばあやはそっと部屋を後にし、静かな時間が残った。
ルミエルとモミジが2人になった部屋には、冷たい空気が静かに漂っていた。
イライラした様子で、モミジが口火を切る。
「なんや。何で、黙っとるんや!朝からおかしいことばっかりやん!」
その表情はまるで、自分が受けた痛みを誰かに押し付けられたかのように傷ついている。
ルミエルは小さく肩をすくめ、声を震わせながら答える。
「でも…言えない…ルベルに迷惑かけたくない…」
モミジは目を大きく見開き、少し怒りを抑えながら叫んだ。
「あいつは…嬢ちゃんの親やん!迷惑かけたってええやんか!」
モミジの胸の奥に、今日一日の使用人たちの冷たい視線や小さないじめの光景が蘇る。
そしてその中で、見覚えのある映像が重なった――
煌びやかな屋敷の廊下、腕輪を嵌められ、青く点滅する電子機械。
迎えに現れたのは、悪意に満ちた表情で拳を握る大人の姿。
モミジの体が小さく震え、胸がぎゅっと締め付けられる。
だが視線の先には、怯えるルミエルの姿があった。
息が詰まり、視界が揺らぐ。
その異変に、ルミエルはすぐ気づいた。
そっと手を伸ばし、モミジの手を両手で包み込む。
「モミジ……大丈夫。ここには……いない」
その声に、モミジははっと顔を上げた。
「なに言ってるん! オレは……なにもされてへん……」
モミジは頭を押さえ、振り払うように首を振る。
まるで、今しがた流れ込んだ“何か”を、必死に追い出すかのように。
「……そんなことよりや。今回は黙っといてやる。
せやけど次は、味方するつもりあらへんで」
そう言い切ると、モミジは迷いなく箱の蓋を開けた。
ルミエルはその様子を見て、首を傾げる。
「……何してるの?」
「見たら分かるやろ」
破れた服を掴み上げた瞬間、モミジの手がわずかに止まった。
指先に力がこもり、布がきしむ。
「残しといたら、面倒になる」
視線を逸らしたまま、低く続ける。
「……嬢ちゃん、知られたないんやろ」
その横顔を見て、ルミエルは小さく息を吐いた。
そして、ほんのりと微笑む。
二人で箱の中身を確かめ、破けたスカートや壊されたアクセサリーを一つずつ処分していった。
まだ使えるもの、思い出が残るものは丁寧に分け、静かに片付けていく。
それは作業というより、心の中を整理する時間のようだった。
気がつけば、外はすっかり暗くなっていた。
夜になる頃には、部屋の中から箱も、嫌な痕跡も消えていた。
すべてが整ったのを確かめてから、ルミエルはそっとばあやを呼ぶ。
モミジは、何もなかったかのような顔で、
いつもの位置――ルミエルの脇に立っていた。
ルミエルは、ばあやに寝かせつけられ、部屋を出たのを確認した。
ベッドの上で目を開け、元老達の言葉をひとつひとつ、ゆっくりと思い出す。
思い出すことで、自分の中のもやもやを整理しようとしていた。
その中で――
元老達の中で一番若い男、イオランの言葉がふと頭をかすめる。
「お嬢ちゃん。
若様に与えられたものは、夢みたいだったでしょ。
でもね、今いちばん大事なのは“過去”だ。
……ヒントは、そこにある」
なぜこの言葉が、今、心に浮かんだのか。
ルミエル自身、はっきりとは分からなかった。
ただ、胸の奥で何かが小さくざわつくのを感じる。
夜が更け、頭の中で考えがぐるぐると巡っていたルミエルは、
いつの間にか眠りに落ちていた。
次に目を覚ました時、窓からは朝日が柔らかく差し込んでいた。
胸の奥がざわつき、眠気は一瞬で吹き飛ぶ。
ルミエルは布団から飛び起き、手早く服に着替えると、息を弾ませながら部屋を飛び出した。
その様子に気づいたモミジが、慌てて後を追う。
「朝から、どこに行くんや?」
ルミエルは振り返らず、決意を込めた声で答える。
「部屋にいても、もうダメ…今を、確かめなきゃ」
ルミエルは気がつけば、演習場の近くまで足を伸ばしていた。
既に本家の騎士たちは、剣の稽古に励んでいる。
すると、一部の兵士がルミエルとモミジに気づき、近づいてきた。
「おいおい、こんな所になんのようだ。
1人はルベル様のオモチャか?」
軽く嘲笑う声に、周りも吊られて笑い出す。
ルミエルの肩が小さく震え、心臓が早鐘を打った。
後ろにいた男が前に出る。
「オレとも遊ぼうぜ」
その声は軽やかだが、悪意に満ちていた。
モミジは反射的にルミエルの前に立つ。
背筋を伸ばし、目に鋭い光を宿す。
「今度はペットか?可愛い猫ちゃん」
兵士は獣人であるモミジを鼻で笑い、軽く肩をすくめた。
その瞬間、モミジの拳にわずかに力が入り、血が逆流するような熱が胸に走る。
「そうやって…お前らは…」
モミジの瞳に映るのは、目の前の兵士ではなく、別の“者”だった。
胸が締め付けられるような恐怖が、全身に走る。
「俺らをバカにするんやな…いつも…」
黒いスーツに身を包み、手には光るスタンガを持つ男が、
威圧的に立ちはだかる過去の映像。
冷たい笑みと脅す手つきが、今の現実と重なり、モミジの体は小さく震えた。
異変に気づいたルミエルは、そっとモミジの袖を引く。
「何を…見てるの…」
その声に、モミジは一瞬ハッと我に返る。
しかし胸の奥に残るざわめきは、まだ消えていなかった。
兵士たちは、モミジの異変を楽しむかのように大笑いした。
「この猫、頭おかしいぜ。俺らで鍛え直すか?」
その言葉は、モミジに対する先制布告――
「こいつをボコボコにして、後ろのオモチャもボコボコにしたら面白そうだな。」
その瞬間、モミジの中で何かが弾けた。
お腹の奥底から黒く、ドロドロとした感情が溢れ出し、全身に熱と圧力となって広がる。
怒り、憎悪、そしてルミエルを守りたい気持ち――
複雑な感情が入り混じり、理性はすぐに追い越されてしまった。
体を硬くし、牙をわずかに見せ、耳をピンと立てるモミジ。
その瞳は、もはや兵士たちの嘲笑を受け流すどころか、呑み込む勢いを帯びていた。
ルミエルはモミジから溢れる怒りと憎しみを、身体の芯で感じ取った。
それは、虐待で身も心もボロボロにされた者だけが纏う、濃密な恨みだった。




