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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
帰国編

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38/40

触れられない光

元老たちの冷たい目が、ルミエルを囲む。


視線が重なり合うたび、

空気が一段ずつ冷えていくのが分かった。


幸せになってほしい――

大切な人の笑顔を思い浮かべる。


だが、その祈りは救いにはならなかった。

胸の奥で、押し込めていた闇が、

ゆっくりと息を吹き返していく。


両手から黒霧が溢れ、その後を追うように光の粒が飛び出す。


それを見た元老たちの目が、いっせいに光った。

――僻みと、期待。


発動すると、誰もが確信した瞬間。


ルミエルの手から立ちのぼっていた黒い霧と光の粒は、

ふっと拡散し、跡形もなく消えた。


ルミエルは、そっと周囲に目を向けた。


そこにあったのは、

期待外れだと言わんばかりの表情ばかりだった。


すぐに、ルベルの顔を探す。


そこに落胆はなかった。

優しい瞳の奥にあるのは、ただ心配の色だけ。


「大丈夫だ。もう一度、してみるか?

それとも、やめるか?」


その言葉に、ルミエルは小さく首を横に振った。


「もう……一度……ちゃんと、できる……」


震える声とは裏腹に、

その表情は必死に何かを掴もうとしていた。


いつも通りにしようと、そう考える。


けれど、思い浮かぶのは光ではなかった。


脳裏をよぎるのは、

鎖に繋がれていた頃の、自分。


手のひらに意識を集中させる。

黒い霧が、ゆっくりと集まり始めた。


――大丈夫。


そう言い聞かせた、その瞬間。


黒霧は拡散し、

矢のようになって周囲へ飛び散った。


元老たちは、容易くそれをかわす。


床と壁に残ったのは、

深く抉られた跡だけだった。


目の前の光景が、逃げ場もなく焼き付く。


ルミエルの瞳が見開かれ、焦点を失って揺れた。


そしてヴァーミリオンは、

その結果を眺め、満足げに口元を歪める。


「やはり、嘘だったな。

若様も……戯れは、この辺にしていただきたい」


その言葉に、ルミエルは何も返さず、

ただヴァーミリオンを見つめ返した。



――違う。


そう思ったはずだった。

けれど、その言葉は形にならなかった。


胸の奥で、何かが音もなく崩れる。


期待も、希望も、

守ろうとしていた“光”も。


代わりに満ちてきたのは、

冷えた静けさだった。


視線を向けられても、もう痛くない。

否定されても、心は波打たない。


ただ、分かってしまった。


――信じても、救われない。


ルミエルの唇が、わずかに歪む。


その瞳の奥で、

黒いものが、完全に居場所を得た。


「私にも、魔法がうまく使えず失敗したように見えましたね」


ヴェルディアンも、淡々と口を挟む。


期待を裏切られたとでも言いたげに、

レヴァントは天井を仰いだ。


「なんだよ。

一瞬、気配はあったのに消えるなんて。

期待外れだ」


元老たちが、好き勝手なことを言い始めた、その時。


ルベルはルミエルを抱き上げ、立ち上がった。


腕の中の重みが、いつもより軽い。

それだけで、十分だった。


「悪いが、今日の挨拶はここまでだ。

……もう、十分だろ」


声は低く、抑えられていた。



その判断に、元老たちも静かに頷いた。


「そうですね。その子も……もう限界でしょう」


タリウスもまた、

この会議にこれ以上の意味はないと悟っていた。


ヴァーミリオンも同意するように、ゆっくりと立ち上がる。


「ええ。

小ネズミがこの家を支えるなど、

到底、無理な話です」


元老たちは順に席を立ち、

それぞれ無言のまま部屋を後にしていった。


――ただ一人。


イオランだけが、席に残っていた。


ルベルは、まだ椅子に座ったままのイオランに視線を向けた。


「お前は、行かないのか?」


ルミエルを守るように、腕に力を込める。


「若様。

よろしければ、その子と二人で話せませんか?」


ルベルの眉が、わずかに上がった。


「ダメだ。

話すなら、この場で話せ」


「分かりました。

では、このままで構いません」


イオランは立ち上がり、

ルミエルの視界に入る位置へと歩み出る。


「若様……。

この子、正直に言って、厳しいですね。


俺は、言いたいことだけ言って帰ります。

もし、この子に聞く耳があるなら――

俺の言っている意味も、分かるはずです」


ルベルは、無意識に喉を鳴らした。



「お嬢ちゃん。

若様に与えられたものは、夢みたいだったでしょ。

でもね、今いちばん大事なのは“過去”だ。


……ヒントは、そこにある」


その言葉が、ルミエルの胸に重く沈む。


イオランの顔を、

ただぼんやりと見返すことしかできなかった。


ルベルは、そのやり取りを見つめたまま、

何も言えずにいた。


「……うん。

振り返りたくないんだね。


俺には、お嬢ちゃんがどんなことをされたのかは分からない。

でも――ちゃんと、見つめ直さないと」


そう言い残し、イオランは部屋を後にした。


二人きりになった空間で、

ルベルは、どう言葉にすればいいのか分からなくなる。


沈黙のまま、

彼はルミエルの部屋へ向かって歩き出した。


足取りが重くなる。

廊下を数歩進むたびに、ルベルの胸の内も沈んでいくようだった。


少し進んだ先で、エルが待つように立っていた。

エルはルベルとルミエルの様子を一目見て、事態が良くないことを察している。


「主君……ルミエル様が」


「分かっている!」


ルベルは苛立ちからつい声を張った。


拳を軽く握りしめ、胸の奥の焦燥を吐き出すように。


その声の大きさに、ルミエルを驚かせてはいないかと、一瞬視線を向ける。


しかし、ルミエルの耳にはその声は届いていなかった。


心ここにあらず、目は宙を漂い、呼吸も乱れている。


遠くから聞こえるようなルベルの声は、彼女に届くことなく、空気に吸い込まれていった。


二人は、ルミエルの瞳に何も映っていないことに気づき、言葉を失った。


ルミエルの部屋に着き、ルベルが扉を開ける。


中にいたばあやとモミジの明るい表情は、一瞬で曇った。


ばあやは眉を下げ、

モミジは、込み上げるものを必死に押し殺すように顔を赤くした。


ルベルは、壊れ物を扱うようにルミエルをソファへ座らせた。


その手が離れた瞬間、モミジが弾かれたようにルベルへ飛びつく。


勢いに抗う力もなく、ルベルはそのまま押し倒された。


「なにやっとるん!

なんで、守らんかったん!」


モミジの声には、怒りよりも――

まるで自分を重ねるような、どうしようもない悲しみが滲んでいた。


ルベルは、その感情を見抜いているかのように視線を向ける。


「分かったような顔をするな」

低く、刺すような声。


「お前に、ルミエルの気持ちが分かるのか」



モミジは唇を強く噛み締めた。

口の端から、血が一筋こぼれる。


「……わかるわけないやん」

一拍置いて、かすれた声が続いた。

「でもな……知ってんねん……」


どうして、こんな言葉が口をついて出たのか。

モミジ自身にも、分からなかった。


部屋の空気が殺伐とする中――


エルが二人を引き剥がそうとした、その時。


小さな声が、部屋に響いた。


「……ふ、二人とも……なにしてるの?」


ルミエルの声だった。


先ほどまで焦点の合っていなかった瞳。

そこに今は、濁りながらも、かすかな光が宿っている。


モミジは弾かれたようにルベルから離れ、ルミエルのもとへ駆け寄った。

それに遅れるように、ルベルも身体を起こす。


「……もう、大丈夫なのか?」


ルベルは、ルミエルの様子を確かめるように視線を向けた。


——大丈夫なはずがない。

それは、誰の目にも明らかだった。



「なに言ってるの? 大丈夫だよ」


ルミエルは、まるで何事もなかったかのように答えた。


その言葉に、モミジが過剰なほど反応する。


「その顔……鏡、見てみん!

何もないやつの顔ちゃうやろ!」


ルミエルは、部屋に飾られた姿見へと視線を向けた。


映っていたのは、青白い顔と、虚ろな瞳。


——けれど。


ルミエル自身には、それが異常には映らなかった。


「……何、言ってるの?

いつもと……同じだよ」


その瞬間、

周囲の者たちは、初めて“異常”をはっきりと理解した。


モミジが、さらに言葉を重ねようとした、その時――


エルの手が、そっと彼の口元を覆った。


力はない。

けれど、はっきりとした意思だけが伝わる。


「……顔色が悪かったので。

つい、心配になっただけです」


それ以上は言わせない。

そう言うように、エルは静かに首を振った。


ばあやも、耐えるように閉ざしていた口を、ゆっくりと開く。


「ルミエル様……お疲れなのですね。

今日は、早めに休みましょう」


その声は穏やかで、

浮かべた笑顔は、いつもと変わらない。


――けれど。


それが“作られたもの”だと、

この場にいる誰もが分かっていた。


ばあやもエルもこれ以上は、無理と判断する。


二人はルベルに目線を、向けている。


「休もうか。明日は出かける約束してたの覚えてるだろ?」


ルミエルの動きがピタリと止まる。


「あ、覚えてるよ。すごく楽しみにしてた…」



——朝までは、確かにあったはずのもの。


今はもう、

手を伸ばしても、何も掴めなかった。


ルベルは、ルミエルの歯切れの悪い返事を受け止めながら、

ただ、悲しげに見つめることしか出来なかった。


外では太陽が高く昇り、

冬を思わせる冷たい風が、木々を揺らしている。


ルミエルはベッドに横になると、

何も言わないまま目を閉じた。


そのまま、ゆっくりと――

深い眠りへと沈んでいった。

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