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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
扉の向こうの世界

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30/39

怒りの行き先

冬の気配が近づいているのか、朝の空気は一段と冷たくなっていた。

屋敷内も冬支度に追われ、どこか慌ただしい空気をまとっている。


感染症の騒動もようやく落ち着き、

屋敷前に屯していた人々の姿はすっかり消えた。


——なのに。

教会から届く招待状だけは、相変わらず途切れなかった。


ルベルは届いたばかりの封筒を乱暴に握りしめる。

手に力が入りすぎたのか、指先がわずかに震えていた。

怒りだけではない。

そこには“嫌な予感”のようなものが混じっていた。


その様子に気づいたエルは、手にしていた資料を静かにテーブルへ置き、

落ち着いた声音で口を開く。


「そろそろ……一度、顔を出してはどうです?」


しかし、ルベルは即答しない。

眉間に深い皺を刻み、低く答える。


「……それはダメだ。行けば、ルミエルを連れて行かざるを得なくなる」


その声には、苛立ちよりも“守ろうとする強い意志”が滲んでいた。

エルも短く息を吐き、静かに頷く。


「確かに……能力検査なんてされたら、教会はルミエル様を恐れるでしょうね」


ルミエルは特別だ。

人間でありながら悪魔にしか扱えぬ力を持ち、

さらに穢魔を操る希少な存在。

そして光属性まで扱えるとなれば——。


教会が畏怖と蔑みを抱くのは必然だった。

守るべき存在を、彼らに晒すわけにはいかない。


ルベルは手にした手紙へ視線を落とす。

丁寧な文面のはずなのに、どこか命令めいて冷たい文言があった。

それが、胸の奥に小さな棘のように引っかかっている。


「……ルミエルを巻き込みたくない」


その一言だけで、エルはすべてを理解した。


ルベルは握り潰した紙片を無造作に机へ投げ捨てる。

その音は小さいはずなのに、部屋の空気がさらに重くなるほどだった。


エルが静かに息を吐いた、その時。


ノックの音が響く。


「ルベル様……報告がございます」


メイドの声はどこか緊張を含んでいた。


「……何だ」


「教会の使いの者が、屋敷の門前まで来ております。

 “本日、お返事をいただく必要がある”とだけ……」


ルベルの表情が一瞬で変わる。

さきほど潰した手紙よりも、もっと直接的な圧。


エルが眉をひそめる。


「……押しかけてきましたか。手紙が駄目なら、次は実力行使……というわけですね」


ルベルは低く舌打ちした。


「ルミエルに見せるわけにはいかない」


そう言った瞬間——

扉の向こうから、小さく控えめな足音が近づいてきた。


「ルベル……? 何か、あったの?」


金色の瞳が、扉の隙間から不安そうにのぞいている。


ルミエルが部屋へ入ってきた瞬間、

ルベルは一瞬だけ表情を硬くし、苛立ちを押し隠すように視線を逸らした。


だが——

その手に、白い小さな花がちょこんと収まっているのに気づくと、

わずかに緩んだ呼吸とともに、声の調子が柔らかくなる。


「……なんでもない。それより、その花はどうした?」


あからさまな話題転換。

ルミエルはその意図を理解し、

“聞いてはいけないことだ”と悟って素直に答える。


「これね、温室で……もらったの」


その顔には、年相応の嬉しさがにじんでいた。

ルベルはしばし言葉を忘れ、穏やかな空気に包まれる。


——しかし。


エルが控えめに咳払いをしたことで、その静けさは破られた。


「……お客様が来ているようなので、出迎えを」


その一言で、ルベルの顔ははっきりと不機嫌へと変わる。

ルミエルはその変化に気づき、小さく息を呑んだ。


「……わたしの、ことだよね。

 それなら……一緒に行くよ」


迷いと覚悟の混ざった声。

ルベルは一瞬言葉を失い、そして低く返す。


「でも……危険かもしれない。

 行かない方がいいんだ」


その言い方には、拒絶ではなく“守りたい”という想いが滲んでいた。


「でも……言ってたよ。

 悪い人が狙ってるって」


その一言で、ルベルの空気が変わった。


笑っている。

だが、その笑みの裏に明らかな苛立ちが混じり、

抑えきれない圧がじわりと漏れ出す。


「——誰に聞いたんだ?」


声は穏やかだった。

けれど、その静けさが逆に背筋を凍らせるほど冷たい。


いつもとは違うルベルの声音に、ルミエルの身体はわずかに強張る。

教えてくれた相手を思うと、それでも口を開けなかった。


ただ——

ほんの一瞬だけ、廊下の方へ視線が逸れる。

それだけでルベルは察した。


「……モミジ。出てこい」


次の瞬間。


ドアの向こうで コトッ と小さな音がした。

ゆっくりと扉が開き、影がのぞく。


申し訳なさそうに、

しかし逃げるつもりはないという顔で——


モミジが、静かに姿を現した。


「申し訳ないと思ってるで。でもな、オレはルベルの旦那やなくて――嬢ちゃんについて行くと決めてるんや」


モミジはまるで悪びれる様子もなく、きっぱりと言い切った。

それは“従う主はルベルではなくルミエルだ”と宣言するに等しい。


当然、その言葉をルベルが受け入れられるはずがない。


「任せられるか。仮にそうだとしても、お前がここに居られるのは俺の許可あってのことだ!」


怒気をはらんだ声で噛みつくルベル。

その険悪な空気に、客が来ていることなど忘れかけている二人を横目に――


ルミエルが、バッと執務室から飛び出した。

教会からの使者に会うため、エントランスへ一直線に向かっていく。


エルはその小さな影が駆けていくのを見て慌てて後を追い、執務室を出る瞬間、ふたりに鋭い視線だけ残す。


「……ルミエル様に追い越されてますよ。保護者が喧嘩に夢中で子どもを置き去りにするなんて、格好つきませんからね」


それだけ言い捨て、エルもエントランスへと走っていった。


エルの忠告を受けた二人は、同時に動き出した。


先頭を走るエルの背中を追いかけるように、

後ろではルベルとモミジが肩をぶつけ合いながら競り合っている。

どちらも「相手には負けたくない」という顔をしていた。


幼いルミエルが先に飛び出したはずだが、

大人三人のスピードに敵うはずもない。


息を切らし、肩で呼吸するルミエルのすぐ後ろに、

常人ではあり得ない速度で三人が迫ってきた。


そして、エントランスが見えてくる直前、

ついにルミエルは追いつかれ、走りながらルベルに抱え上げられた。


捕まったルミエルは、頬をぷくりと膨らませて睨み上げる。


「そんな顔するな。ここまで来たら、もう相手にも気づかれてる。」


ルベルは息を整えつつ、ルミエルの乱れた服を直してやる。


その後ろにエルとモミジも追いつき、エルは自分の服を整えながら、

ちらりと横目でモミジを見る。


「その格好でお客様の前に出るつもりですか?……恥ずかしいので、隠れるか猫になってください。」


言われた瞬間、モミジは面倒くさそうに肩を落とし、

結局いちばん楽な“猫の姿”へと変わる。


その光景を見て、エルは呆れたようにため息をつく。


「……あなた、断られるたびに猫になるんですね」


「ええやん。オレはこの姿が楽なんやから」


モミジは上品な猫を気取るように、しなやかに歩き出す。


その様子を見ていたルミエルが、ぱっと目を輝かせてルベルの袖を引いた。


「ルベル……モミジ触りたい」


動物好きのルミエルは、モミジが猫になるたびに触りたくなるのだ。


「ダメだ。今は戯れてる時間じゃない」


ルベルは言い聞かせるように言ったが、

内心では――モミジに触れられるのが羨ましくて、少し嫉妬していた。


これから教会の人間と会うというのに、

そこにはトゲトゲしさはなく、むしろ落ち着いた空気が流れていた。


四人はそのまま足取りをそろえ、お客様のもとへ向かう。


目の前に立つと、ルベルは嫌悪を隠そうと、

慣れない作り笑いを浮かべた。


「お待たせしました。……それで、どのようなご用件で?」


使者は平然としたまま、淡々と言う。


「こちらから招待状を何度もお送りしましたのに返事もなく。

そのため猊下より“迎えに行け”とのご指示がありまして。

お迎えに参りました。」


その物言いは遠慮というものが欠片もなかった。

ルベルが怒るより先に、エルが一歩前に出て答える。


「こちらとしては、セフィロス様にはすでに“参加できない”と

お返事をしているはずですが。」


「ですが教会としても、ヴェルファレイン様のご息女の能力を

確認する必要がございまして。

なにせ光属性持ちとなれば極めて珍しい――

把握しておかねばなりません。」


その返事に迷うことなく、ルミエルは素直に答えた。


「いくよ……」


その瞬間、ルベルが咄嗟にルミエルの口を手でふさぐ。


「ルミエル。できないことは“できない”って言わないといけない。

こういう連中は、言わないと分からん……いや、言っても分からんがな。」


言い切ったルベルの言葉に、教会の使者は露骨に不快な表情を見せた。


その様子を見て、ルミエルがルベルを少し強めに睨む。


「そんな言い方したらだめ。ばぁやもエルも……

“他人には優しくしなさい”って、いつも言ってる。」


どこまでも純粋なその言葉。

それはルミエルの長所でもあり、同時に危うさも感じさせた。


名前を出されたエルが、静かに一歩前に出て優しく教える。


「ルミエル様。それは“思いやりがあり、常識のある相手”にだけでよろしいのです。

このように、人の話を聞かぬ無礼者にまで優しくする必要はございません。」


エルの言葉に、ルベルもモミジも大きく頷いた。


大人たちの指摘を受けて、ルミエルは教会の使者を可哀想そうに見つめた。


「でも……いかないと、かわいそう……」


ルミエルの純粋すぎる言葉に、使者は表情に露骨な嫌悪を浮かべながらも、

声だけは取り繕ってみせる。


「いえ、そんなことはございませんよ。

しかし──お嬢様は行きたがっておられるようですし。

このまま教会に入り、修道女として過ごされるのも……悪くはありません。」


その一言。

ルベルにとって絶対に触れてはならない“地雷”だった。


次の瞬間、ルベルの手が使者の襟元を掴んでいた。


「……そうか。なら一度行ってやろうじゃないか。

望み通り、今すぐにな。」


低い声で言い放つと同時に、ルベルの足元に白い光の魔法陣が広がる。

近くにいたエル、ルミエル、モミジも巻き込まれ、転移魔法が発動した。


そして──次の瞬間。

四人は教会の正面扉の前に立っていた。


「……主君。感情任せに動くのを、そろそろどうにかしませんか?」


エルがこめかみに手を当てながら言う。


「せやで……オレなんて初めてやから……うぇ……」


モミジは完全に転移酔いして、足元がふらついていた。


「我慢しろ。今、アイツを黙らせてすぐ帰る」


モミジの酔いに気を取られまいと、ルベルの足は迷いなく前へと動き出す。

握りしめた拳からは、抑えきれない怒気がにじみ、空気がひりついた。


――今夜、教会はただでは済まない。


ルベルの背中が闇の奥へと消えていく。

その一歩一歩が、嵐の始まりを告げていた。


前回の次回予告では「教会との争いに突入する」とお伝えしていましたが、

今回はそこへ至る直前までの展開となりました。

お待ちいただいた方には申し訳ありません。


次回こそ、いよいよ教会へ乗り込む場面に入ります。

ぜひ楽しみにしていただけると嬉しいです。


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