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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
扉の向こうの世界

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24/40

孤影の警告

皆さまへご報告


いつも応援ありがとうございます!

おかげさまで、PVが 1000突破 しました。本当にありがとうございます。


これからも皆さまに楽しんでいただけるよう頑張りますので、応援していただけると嬉しいです。

気軽にコメントや評価、ブクマもよろしくお願いします!


少し時を遡る。ルミエルたちは、感染者用の仮設テントが立つ広場に先に到着していた。


すでにこの街や近隣の患者は集められていたが、遠方の患者たちは、阻害魔法のせいで転移魔法が使えず、まだ到着していない。


馬車の窓から外を覗こうとしたルミエルの手を、ルベルが静かに制した。


「いま、俺たちが入る専用のテントを立てさせている。準備ができるまでは絶対に出るな」


以前の力で回復できるのは、本人だけには効かないことが実証されていた。

その証拠に、ルミエルの奴隷時代の深い傷は、今も生々しく残っている。


もしルミエルがウィルスに感染すれば、もう治せない――。

その事実が、ルミエルの胸を締め付ける。

ルベルは慎重に、外に出ることを固く禁じていた。


ルベルとエルだけは、現場の整備のために馬車を降り、ばぁやに任せられた。


少し落ち込んでいるルミエルを見て、ばぁやはそっと助け舟を出す。


「ルベル様は、心配で厳しく言っただけです。ばぁやも、ルミエル様が病気になってしまったら悲しいですから」


ルミエルは握りしめていた紙とペンで、自分の気持ちをそっと書いた。

まだひらがなしか書けない不器用な文字で、胸の中の不安を伝える。


「わたしも…るべるとえるがそとにいって…びょうきにならないかしんぱい」


ばぁやはにっこり笑い、優しくルミエルの手を取りながら頷いた。


「大丈夫ですよ。悪魔は人間と違って、病気には強いんです」


ばぁやの手の温かさに、ルミエルの胸はふわりと軽くなった。

声は出せなくても、握った紙とペンをぎゅっと抱きしめる手の力で、少しずつ安心が伝わる。

目に小さな光が戻り、肩も少し上がる。


馬車の中の小さな世界に、ほっとした静かな時間が流れた。

ルミエルは、まだ言葉ではなく文字だけで、自分の気持ちを伝えながら、安心の温もりを感じていた。


しばらく待っていると、ルベルとエルが戻り、馬車を少し動かした。


「仮設テントができましたので、ルミエル様とばぁやはそこで待機をお願いします」


エルは馬車を仮設前に停め、ルミエルとばぁやを案内しながら、ばぁやが状況を確認した。


「今はどうなっているんですか。ルミエル様を長く待たせたくないのですが」


エルは少し険しい顔で答えた。


「騎士団長様と間者が魔法陣の破壊に向かっていますが…まだ魔力が戻らず、予定より遅れています。

魔法陣を壊せば、間者がルミエル様の護衛に付きます」


ばぁやはため息をつき、察したように言った。


「それが予定より遅れているのですね」


「その通りです」


ルベルはテントの中にある椅子に、ルミエルを座らせながら言った。


「あの間者は見込みがあると思ったが…エル、あの間者は弱く見えたか?」


ルベルはエルに、実力を確かめるように訊く。


「私も使える程度の実力はあると感じました。ただ、獣人なのに猫というのが少し引っかかりますね。

もっと強い虎などなら、戦闘力はさらに高くなるのでしょうが」


ルベルは考え込みながらも、俊敏さや場の空気の読みの鋭さを評価した。

戦闘もあの俊敏さなら十分こなせるだろう、と確信する。


そして、若いこともあって、伸びしろも大いに感じられた。


ばぁやは、エルとルベルの会話をしばらく聞いてから、ピシャリと咳払いした。


「あなた達は……そんな大事な場所を“見張りなし”だと思っているのですか?

下っ端なんて置くわけありませんよ」


エルとルベルは、ぽかーんと顔を見合わせた。


「はぁ? 人間に手強いだと?」

ルベルが眉をひそめ、聞き捨てならないという顔で言う。


エルも静かに頷き、さらりと言った。


「ええ。手強いとは思いません。片手で十分ですね」


──ばぁやとルミエル、同時にため息。


まるで示し合わせたように、2人が同じ動作をする。


(ほんとにこの子達、分かってないのね……)


ルミエルは小さな手でペンをつかみ、紙に一生懸命書いた。


『でも、てきも おじさんも にんげんだよ。

もうひとりは ねこ だよ』


ルミエルにはまだ “獣人=強い” の感覚がなく、

猫はただの弱くてかわいい生き物のカテゴリだった。


その一言で、ようやくエルとルベルの頭の中で線が繋がる。


「……ああ、そっちの基準か」

「くせんしてるのか」


二人の声が、息ぴったりにハモった。


ばぁやはそっと額を押さえた。

今日も頭痛薬が手放せそうにない。


エルは少し考えたあと、淡々と付け足した。


「でしたら、私が行って片付けたほうが早そうですね」


するとルベルは肩をすくめ、平然とした声で言う。


「あいつらが死んでも……こちらとしては何の問題もないが」


ルミエルの身体がピクリと跳ねた。

慌てて紙にペンを走らせる。


『るべる、つめたい』


紙を突き出すように見せるルミエルの目は、ほんの少し吊り上がっていた。


その表情を見た瞬間、ルベルの胸に“親バカスイッチ”が入る。


(かわ……いや、違う。違う違う。ここで嫌われたらダメだ)


慌ててルベルは咳払いし、言葉を軌道修正した。


「まぁ……でも、失敗されたら作戦に支障が出るからな。エル、頼んだ」


「分かりました」


エルはその言葉と同時に、影のように静かに姿を消した。


そして、エルが姿を消してからしばらく経ったころ。


ルベルがふと顔を上げ、空気のわずかな揺らぎに気づく。


「……魔力量の気配が変わったな。どうやら、解除された」


そう言いながら立ち上がり、外へ視線を向ける。


「俺はこのまま転移魔法の起動に魔力を貸してくる。向こうが準備を整えているはずだ」


ばぁやは深く頷き、落ち着いた声で答える。


「分かりました。ルミエル様とここで待機させていただきます」


「頼んだ」


短い言葉を残し、ルベルは風のようにテントを出ていった。


その瞬間、テントの中には

ルミエルとばぁや、二人だけの静けさが残った。


外では人々のざわめきと、重い空気が少しずつ変わり始める気配がする。

だがこの小さなテントの中には、別の種類の緊張がそっと漂い始めていた。


ルベルが去り、静寂が落ちたテントの中で――

ルミエルは、胸の奥にじわりと広がる“違う種類の緊張”を感じていた。


それは、敵でも病でもなく。

「本当に自分の力で治せるのか」

その一点に対する、漠然とした不安だった。


もし魔法が発動しなかったら――。

発動しても、治らなかったら――。


考えれば考えるほど、胸の奥がぎゅっと強く締め付けられる。

頭の中で、不安の渦が止まらず、ぐるぐる回り続ける。


そんなルミエルの変化を、ばぁやはすぐに見抜いた。

そっと肩に手を置き、優しく声をかける。


「失敗してもいいんですよ」


その言葉は、とても静かで、けれど揺るがない強さがあった。

「元を言えば――これはこの国の問題です。教会が動かないことも、天使族が動かないことも……すべて、この国の責任なのですから」


ばぁやの言葉は、責めるのではなく、ルミエルに“背負わせないため”の優しい盾だった。

その温かさが、ルミエルの胸にゆっくり染み込んでいく。

肩の力が少しだけ抜け、心がふっと軽くなった。


その時――テントの外で、風がひゅう、と鳴った。

寒くもないのに、肌がざわっとした。

胸の奥に、言葉にならない“違和感”が走る。


ルミエルは紙とペンを握りしめ、そっと入口を見つめる。

まるで誰かが、外でじっと息を潜めているみたいな――そんな感覚。


テントの布がかすかに揺れる。

風でも獣でもない、もっと静かで、狙う足取り。


ばぁやはまだ気づかない。

ルミエルだけが、その気配を感じていた。


(……なに?)

胸が小さく震える。



テントの外から、誰かが急ぎ足でやってくる音がした。

小さな足音と、かすかな呼吸の乱れ。ルミエルは紙を握りしめて、そっと入口を見つめる。


「ばぁや殿、ルベル様より伝言です。転移魔法の準備で少し手を貸してほしいとのこと」


声の主は、見た目も仕草もルベルの護衛にそっくりだった。

ばぁやは一瞬考えたが、ルベルの言葉だと思えば当然従うべきだと判断し、すぐに頷く。


「分かりました。すぐ戻ります」


ルミエルは不安そうにばぁやを見つめる。 


ルミエルは急いで紙に書いてばぁやに見せた。


「……ばぁや、どこへ?」


「少しだけ外で確認してきますね」

ばぁやは優しく笑ったが、その背中はすぐにテントの外へ消えた。


テントの中、一人残されたルミエルの心臓は、いつもより速く打ち始める。

警告音のように、胸の奥で鳴り響く。


黒ずくめの気配は完璧に消されていた。

普通の人間なら、まったく気づかないほど――その場の空気に溶け込んでいる。


けれど、ルミエルは本能でわかった。

人生で味わってきた過酷な経験が、彼女の感覚を研ぎ澄ませていた。


――この黒ずくめの男が、ただならぬ悪意を持って近づいていることを。


紙をぎゅっと握る小さな手に力が入り、胸の中の恐怖と覚悟が、静かに交錯する。

テントの中の静けさは、外の影に対する唯一の防御であり、

ルミエルの本能が告げる、最初の警告音だった。


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