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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
扉の向こうの世界

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猫の拘束と真実2

ばぁやは間者の様子を見て、本気でルミエルに仕えたいのだと感じ取れる。しかし、敢えて相手の肩を持つこともせず、ただ話を切り出す。


「あなたの情報が真実と言うのはどう証明出来るのです?あなたの言葉を信じて…バカを見る事になるのは私達なのですよ」


そう真剣に答えたばぁやを、間者はじっと見つめ、静かに考え込んだ。


拘束された手の指先で、そばのメモ帳を示した


「……ほな、これ見てくれへんか。

 オレが集めた情報、全部ここに書いとる。日付も符号も、嘘つく理由ないやろ?」


ばぁやはメモ帳を手に取り、走り書きされた文字を読んでいく。

敵の動き、符号、合図──その全てが細かく記され、矛盾は一つもなかった。


間者は、さらにページをめくり、拘束された体を少しだけ傾けながら言う。


「オレを信用せぇとは言わん。でもな……ここに書いとることがホンマなんは、読んだら分かるはずや」


間者は拘束されながらも、言葉より先に証拠を差し出した。

ばぁやはその行動を見て、胸にわずかな揺らぎを感じた。


追い討ちをかけるように、間者は息を短く吐き、拘束されたまま身体を前へ倒して続けた。

その目は必死で、今言わなければ本当に手遅れになるという確信がにじんでいる。


「それでも信じられへんのやったら、後ろのページ見てみぃ。明日の昼や……王族を批判させるために、中央貴族の連中がデモ起こして大暴れする気ぃや。全部、王族のせいにするつもりやで」


ばぁやがページをめくると、走り書きされている計画内容はどれも生々しく、ただの噂とは到底思えない。

その背後からクライが覗き込み、目を鋭くした。


「一体何処で!」


クライの声に、間者は肩をすくめるようにして答えた。

拘束されながらも、淡々と、しかし誤魔化さずにはっきりと言い切る。


「どこって……全国の村や町や。もちろん、この町も入っとるで。

 今から対策しても遅いわ。各地いっせいに仕掛けてくるんや」


淡々とした口調とは裏腹に内容は重大で、場の空気は張りつめた


ばぁやもクライも、その重みを無視できずに息を呑んだ。


間者の話を聞き終えたルベルは、わずかに視線を落とし、冷え切った声音でバッサリと言い放った。


「ここで何が起きようと俺には関係ない。ルミエルと国に戻れば済む話だ。

 ……そこの猫。ウイルスはどれだけ蔓延しそうだ。抗生物質も作ってるんだろ?

 それと、この後ルミエルを追跡できるのはお前だけか?

 その三つだけ答えろ 」


ルベルの言葉は、冷たく突き放されていた。

そのせいで場の空気は瞬時に張り詰める。

間者は返事に詰まり、ばぁやも思わず眉をひそめた。


真っ先に反応したのはクライだった。

堪えきれず、勢いよくルベルに噛みつく。


「この国の人々が何万人も死ぬかもしれないんだぞ!

 それをお前は“関係ない”と言うのか!」


クライの怒鳴り声が静かな部屋に響いた。

しかしルベルは微動だにせず、感情の読めない瞳で淡々と返す。


「あぁ……関係ないな」


その素っ気ない言葉に、クライの怒りはさらに膨れ上がる。

握りしめた拳が震え、ばぁやはわずかに冷たい視線を向けた。

間者も沈黙し、状況を読むしかなかった。


ルベルだけが、ルミエルの存在以外を一切切り捨てるかのように徹底していた。

間者にとっての恐怖は、いつの間にかルベルに変わっていた。

顔色ひとつ変えず、この国の人間より少女一人の命を優先すると言い切るルベルに――


(なんや、この男……迷いもなく。こんなにあっさり決められるものなんか)


険悪な空気の中、間者は小さく息を吐き、冷静に言葉を紡いだ。


「まずやな、ウイルスをそのまま放置したら、あっという間に隣国まで感染する。

 それに、ワクチンの数は少ない。貴族どもは自分らで薬作った言うとるけど、

 自分らの分と金払ってくれる奴にしか渡さん気や。頭の中は権力と金のことでいっぱいや。


 ……んで、お嬢ちゃんを追跡できるんはオレだけや。

 手の内は依頼人にも見せてへんからな」


間者の声は落ち着いているが、言葉の端々に緊迫感が滲む。


ルベルは眉をひそめ、少し考え込むように視線を落とした。

隣国にウイルスが広がる可能性を考えれば、放置できないことは明白だった。


「……なるほどな」

低くつぶやくルベルの声には、冷静な判断と決断の気配が混じる。

ゆっくりと顔を上げ、間者を見据えた。


「……分かった。この件は無視できん。だが、まずはルミエルを守る。最優先はそれだ」


間者はぎくりと息を呑む。

この男は迷いなく、状況の重さを飲み込みつつ、少女の命を最優先に置く――その確固たる意志に、背筋がぞくりとした。


しかし、怒りを抑えきれないクライは納得できず、声を荒げる。


「お前は、人が死ぬことになんとも感じないのか!

 これは自然災害じゃない。悪意からくるものなんだぞ!」


クライの言葉で、室内の緊張はさらに高まる。

だが、ルベルに刺さるものはまるでなかった。

赤く光る瞳は揺るがず、表情に良心の欠片すら見せない。


そして、皮肉めいた微笑を浮かべ、低く響く声で答えた。


「あぁ、そうだ。俺は悪魔だ。

 人間の物差しで俺に説教するな」


その瞬間、ルベルの存在そのものが異様な圧力となり、部屋全体を覆った。

空気はひんやりと重く、微かな呼吸音さえ響く。

クライの怒りも焦燥も、ルベルの冷徹な殺気の前にかき消される。


間者は静かに息を整えつつ、異常な緊迫感を察し、警戒を強めた。

少女の命を守るためなら手段を選ばない――その確固たる意志を、まざまざと感じた瞬間だった。


そんな威圧感にもすっかり慣れたエルが、淡々と口を挟んだ。


「主君はたまにおバカになりますね。

 人間がいなくなれば、私たちは誰から搾取すればいいのです。

 しかも、ルミエルも人間ですよ。同種が殺されたと聞いたら、きっと泣くでしょうね」


エルの言葉で、部屋の空気は一瞬で緩んだ。


ルベルは冷静に視線を動かし、続ける。


「どちらにしても…ウイルスの拡大は止めないといけない。

 貴族どもの動向までは、この猫を捕まえた時点で俺たちは姿をくらませられる。

 だから、放置でも構わん。貴族どもは、クライ、お前に任せる」


その言葉に、クライも渋々ながら頷いた。


「それで、病気はどうやって治す?」


その時、ゆっくりとドアが開かれた。


そこに立っていたのは、ルミエルだった。

ルベルは迷わず近づき、抱きしめる。


「起きたのか?大丈夫か?」


先ほどまでの殺伐とした空気は、たった一人の少女の存在で一気に緩んだ。


ルミエルは自分で持ってきた紙とペンを取り、ゆっくりと書き出す。


「わたしがなおす。いっかいできてかんかくわかった。こんどもできる」


その筆談に、ルベルは眉をひそめ、クライは自然と明るい表情になる。


「ルミエルがわざわざそんなことする必要はない」


ルミエルはルベルの言葉を、どうしても理解できなかった。

目の前に助けられる人がいるのに、どうして手を伸ばさないのか。どうして、その人たちを守らないのか。


「どうして…なんでだめなの…?」

その言葉が、胸の奥で小さく震える。

助けてもらえなかった孤独な日々が、ひりひりとよみがえる。

ルミエルは、ルベルに出会うまで、誰にも、何者にも守られたことがなかったのだ。


そして、もっと早く来てくれなかったルベルへの小さな憎しみも、胸の中でちらつく。

あのとき、自分を助けてくれていたら…

でも今、自分の前にいる人たちを助けられないことは、逃れられない罪のように重くのしかかる。


ルミエルはそっと距離を取り、震える手で紙に文字を書き出した。


「るべるはにんげんきらい? わたしもきらい?」


文字に込められた問いは、ただの疑問ではなかった。

助けてくれた人への憎しみ、助けられなかった自分への苛立ち、そして今、自分が助けられるかもしれない者たちへの責任感——

そのすべてが、ぎゅっと詰まった問いだった。


ふと、頭の片隅でエルの言葉がよぎる。


「ルミエルも人間なのだ」


その言葉が、胸の奥で小さく光を灯す。

たとえ間違えたり、迷ったりしても、ルミエルは人間として考え、感じ、行動する存在なのだと。


「嫌いなわけない」


好きと直接言えない、ルベルの精一杯の返事だった。


ルミエルは、甲冑を着たクライの目を少し怯えながらも見つめ、紙に文字を書き出す。


「かぜのひと、ここのまちにみんなあつめれる?」


その文字を見て、クライは優しい笑顔で答えた。


「ええ、集められますよ。今は王都近郊しか拡大していませんが、王都がここら近くで助かりました…病人を運ぶのはこちらにお任せください。明日のデモが始まる前には集められるかと。」


ルミエルは満面の笑みを浮かべ、ルベルの元へ戻ると甘えるように抱きついた。

その愛らしい行動に、ここにいる全員が思わずほっこりとした。


その様子を見て、エルは微笑みながら静かに言った。


「ルミエル、本当にすごいです。あなたは困っている人のことをちゃんと考えて、行動できるのですね。誇らしいです。」


その言葉に、ルミエルは少し照れながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


クライは続けて言った。


「ルベル、この子はお前の子じゃないな」


「それはどういう意味だ」


ルベルはまた少しイラつき、間者は置いてけぼりになったことに気づくと、すっと抜け出した。


「ほな、オレはこれから抜けさせてもらうさかい」


間者は茶色と白の模様の猫に変身し、拘束具から抜け出すと前足をペロペロと舐めた。


「そのまま逃げる気じゃないだろうな?」

ルベルが鋭い目で睨む。


「逃げへんよ。オレはこれからそこの騎士さんに着いて、貴族が施してる魔法阻害の解除して、嬢ちゃんの護衛するさかい」


「そうしてくれたら私も助かります。あなたの名前はなんていうんだい?」

ばぁやが間者に尋ねる。


「オレはモミジ言うんねん」


ルベルの腕の中にいたルミエルは、モミジに目を引かれた。

動物を目の前で見るのは初めてで、その仕草のひとつひとつが新鮮で興味深かった。


ルベルは、ルミエルの視線がモミジへ向いていることに気付かないまま、そっとその小さな身体を抱き上げると、その場から歩き出した。


「俺とエルとばぁやは、これから患者の受け入れ先をここの領主と話してくる。

ルミエルの姿を人前に晒さないよう、慎重に進めないといけないからな。」


その声はいつになく低く、強い決意が滲んでいた。


エルは深く頷き、落ち着いた声で続ける。


「俺たちだけでなく、領主も協力してくれるはずです。ルミエル様を守るためにも、万全の体制を整えます。」


ばぁやも胸に手を当て、静かにルミエルへ微笑みかけた。


その横では、モミジが尻尾を揺らしながらクライへついていき、これからの案内と護衛役として動き始めていた。


それぞれが明日に来る“嵐”に備え、役割を持って歩き出す。


――静かな部屋に残ったのは、ほんのわずかな緊張と、確かな希望の気配。


こうして、ルミエルたちは明日の大きな一歩へ向けて準備を始めるのだった。

最後まで見ていただきありがとうございます。

ここ最近は二、三日に一回の投稿でしたが話数も溜まって来たのでもう少しゆっくり更新させていただきます。

休載中はXにて情報更新さして頂きます。

よろしければご覧ください

@K3tQ5kQXNn90449

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