猫の拘束と真実1
先にご挨拶いたします
今回、前回のエピソードと被るシーンありますが表現の誤差あるかもしれません。ご了承よろしくお願いします
彼は、権力を振りかざすことしか能のない貴族どもに雇われていた。
今回の仕事は、ひとりの少女を探し出すこと。
――あの“封筒”を見たらしい少女を、だ。
もっとも、封筒そのものは貴族たちが厳重に抱え込んでいる。
彼に渡されたのは、そのとき少女が触れていたという麻袋だけだった。
中身はすでに抜かれており、ただの布切れにすぎない。
だが彼は、その麻袋にこっそりと追跡魔法を仕込んでいた。
その魔法の痕跡を辿れば、少女の居場所はおおよそ掴める。
彼の魔法は、わずかな残滓でも拾い上げる。
薄く、消えかけた痕跡であっても、逃がしはしない。
問題は、街全体が妙に魔の気配に濁っていることだった。
古い結界が地中に埋まっているのか、追跡の方向がやけにぶれる。
人混みの中を進みながら、彼は小さく舌打ちした。
そして、人の目を避けるため、彼は静かに姿を変える。
猫――小柄で目立たず、だが機敏な姿へ。
石畳の上を、靴音や馬車の軋む音の隙間を縫うように進む。
追跡魔法の反応は、ときおり途切れ、また灯る。
まるで、誰かに意図的に遮られているかのようだった。
額の奥が、じんわりと熱を帯びる。
魔法が、かすかな返答を寄越した。
位置は――街の南。
古い建物が多く、影の濃い地区だ。
彼は石壁の影に身を潜め、細く目を眇めた。
光の粒が、空気の中で揺れている。
追跡の糸は、確かにその方向へと伸びていた。
(……見つけた、かもしれんな)
だが、彼はまだ踏み込まない。
この街には、妙な結界の気配が残っている。
慎重すぎるほどで、ちょうどいい。
風が鳴り、彼は猫の目で街を見渡した。
少女を見つけるのは、時間の問題。
問題は――その先に、何が待っているかだった。
猫の姿で路地を抜けた先に、ようやく目的の屋敷が見えた。
追跡魔法の反応は屋敷の中にある。間違いない――あの少女はここにいる。
だが、近づいた瞬間、空気が変わった。肌を刺すような冷たい圧。
屋敷全体が、強力な術式の結界に包まれていた。
(――噂通りだな。ここの主、ルベルとかいう奴……只者じゃない)
人間の術式とは思えないほど緻密で深い。触れたら一瞬で弾かれるどころか、魂ごと焼かれそうだ。猫一匹でも、ここに踏み込むのは無理だった。
彼は石垣の陰に身を潜め、舌打ちする。
貴族どもが街に張った“魔力阻害の結界”が発動するまでは、動かない方が賢明だ。
あれが発動すれば、この屋敷の結界も多少は揺らぐはずだった。
(ほんま、回りくどい仕事やな……)
木の根元を蹴り、枝の上へ跳び上がる。
葉の影に紛れて屋敷を見下ろし、静かに息を潜めた。
昼の光に照らされた壁は白く眩しく、どこか神聖めいた気配さえ漂っている。
しかし、その内側にある魔の気配が、かすかに鼻を刺した。
(……この家、やっぱり普通じゃないな)
彼は栗色の瞳を細め、屋敷を睨むように見据えた。
枝の上からでも、空気の揺らぎや魔の匂いは手に取るように分かる。
朝が来て、街が賑わい始めても、屋敷の結界はびくともしない。
通りを行く人間は誰も、その異様な気配に気づかない。
まるで“外”と“中”の世界が断絶しているかのようだった。
しかし――昼を過ぎたころ、日差しが真上から差し込み、空気が熱を帯び始めた瞬間、
屋敷の周囲に張られた結界がかすかに揺れた。
波紋のように空間が歪む。
それを見た瞬間、彼の栗色の瞳が自然と輝いた。
(……来たな。貴族どもが、魔力阻害を発動したか)
魔力阻害によって張り詰めていた魔の糸が、ほんの少しだけたわむ。
そのわずかな隙を、彼は逃すはずもなかった。
ピンと張り詰めていた魔の糸が、ほんのわずかにたわんだ。
その一瞬の隙を、彼が見逃すはずがない。
枝の上で身を起こし、
金の瞳ならぬ、栗色の瞳で屋敷の中をじっと見据える。
――ここからが、本番だ。
彼はしばらく屋敷の外をうろついた。
麻袋に仕掛けた追跡魔法の反応を頼りに、少しずつ中の動きを読む。
だが、反応の底にあったのは……少女ではなかった。
男が三人、ひそひそと話している気配があるだけだ。
(……予想はしてたが、やっぱりハズレか)
腹の奥に小さな苛立ちを覚えつつ、彼は外壁沿いに回り始める。
建物の影に身を潜め、音を殺して歩を進めた。
そのとき、年老いた女の声が耳に届いた。
「ルミエル様、いけません。止めてください」
声の向こうから、異様な魔力の気配が流れてくる。
彼は即座に足音を消し、その方向へと向かった。
そこで目にしたのは――探し求めていた少女だった。
(……穢魔か……しかも、光属性?)
金色の瞳が、ふと空を仰ぐ。
放たれる魔力の気配は、もはや人間のものとは思えない。
彼は思わず、息を呑んだ。
(なんだ、この子……人間じゃないのか?)
彼は木の影に身を潜め、観察を続ける。
これからどう動くか――判断を誤れば命取りになる。
屋敷の影から見守る中、
少女――ルミエルの体から、魔力が螺旋を描いて混ざり合う瞬間が訪れた。
穢魔の闇がうねり、光属性の清らかな輝きと絡み合う。
二色の力は、渦潮のように空気を切り裂きながら舞い上がり、
やがて目に見えない力の線となって、屋敷全体へと広がっていく。
(……なんだ、これは……)
屋敷の壁も庭木も、空気そのものさえ、魔力の渦に巻き込まれて揺らいだ。
その波は、彼の体にも確かに届く。
不思議なことに、夜更かしでこわばっていた体が、すっと軽くなる。
骨の隅々まで血が巡るような感覚。
気づけば、疲労は消え、背筋が自然と伸びていた。
指先にまで、力が満ちていく。
(……こんな感覚、初めてだ)
魔力の渦が触れるたび、闇と光の両方が同時に体を包み込む。
それはまるで、悪魔と天使が同時に手を差し伸べてきたかのような――
得体の知れない、それでいて抗いがたい感覚だった。
彼が目を細めると、渦の中心で少女の小さな体が、光と闇を自在に操りながら静かに揺れているのが見えた。
その瞬間、彼は言葉にならない感動と戦慄を覚えた。
(……こいつ……人間じゃない……)
屋敷の周囲に広がる螺旋状の魔力は、外の世界の空気さえ揺らし、彼を包み込み、同時に少女の存在を否応なしに主張していた。
彼は木の枝にしがみつき、息を潜めたまま、その光景を目に焼き付ける。
次にどう動くか――まだ決められない。
ただ、彼の体と感覚が、あの力に魅了されていることだけは確かだった。
魔力の螺旋が広がった直後、屋敷の中で大きな騒ぎが起きた。
麻袋の近くにいた男たちも慌てて駆けつけ、何やら声を交わしている。
彼は人の姿に戻り、壁にぴったり張り付いて中の声を盗み聞いた。
音を立てず、息を殺しながら耳を澄ます。
「屋敷中、大騒ぎですよ。風邪が治った、怪我が癒えた、肩こりまで良くなったとか……」
「俺の傷痕も綺麗に治った……癒し魔法でも治せなかったのに」
その声を聞いた瞬間、彼の背筋がぞくっとした。
やはり、あの少女の力は常人のものではない。
癒しの魔法すら及ばない回復力――それに穢魔まで操る力がある。
(……なんだ、この子……本当に人間か?)
屋敷の中は混乱しているのに、外の空気は妙に静まり返っていた。
西日が差し込み、屋敷の影は長く伸びる。
気づけば、昼を過ぎ、夕方に近づいていた。
彼は壁に張り付いたまま、栗色の瞳で中を睨み、心の奥で小さく呟く。
「この屋敷と少女……ただの依頼じゃないな」
仕方がない。
あの神秘的な光景と力を見て、惹かれない方が不自然だった。
だが、その一瞬の油断が命取りになった。
窓ガラスが割れる音と同時に、強烈な力が彼を押さえつけた。
見上げた先にいたのは、少女のそばに控える老女だった。
逃げられないと悟った彼は、素直に拘束されるしかなかった。
ルベルは険しい表情で、無言の圧力を彼にかけていた。
ばぁやは窓際で間者を押さえつけ、ベッドの上のルミエルを守りながら、静かに状況を掌握していた。
「今はまず話を聞きます。ですが、外に知らせることはさせません。魔力が使えなくても、物理で抑えられます」と、ばぁやは冷静に告げる。
夕暮れの光が屋敷の窓を橙色に染める中、ばぁやは手を緩めず、間者を確実に制御する。
ルミエルは安全な別室に移動されるまで、静かにベッドで眠っていた。
ルベルは手早く間者の拘束を確認し、情報を引き出すために冷静な視線を向ける。
エルも静かに、少年の表情と動作を観察していた。
間者は手錠と足の縄で身動きを封じられ、苛立ちを隠せず荒い息を漏らすが、状況の重さは理解していた。
「それで、お前は何をしにここに来た? この部屋にいた少女に用事だったのか」
ルベルの声は確信に迫るものだった。
間者は肩を落とし、偽りを話せばすぐに見抜かれることを理解していた。慎重に言葉を選びながら答える。
「せやなぁ……あんさんの言う通り、嬢ちゃんに用事があったんは確かや」
「理由は」
「嬢ちゃん、封筒の中身見たんやろ。オレの依頼人からの命令は、嬢ちゃんを殺せっちゅうことや」
その言葉で部屋の緊張感はさらに増し、ルベルやエルから殺気が漂った。
「お前は殺しに来たのだな」
「せやったんやけど……あの嬢ちゃんをやるのは無理や。オレは嬢ちゃんを殺せへん」
その言葉に、エルは不思議そうに問い返した。
「なんでですか? あなたはプロなら、あの方の重要性はわかるはずです」
間者は俯き、声を落として続けた。
「そら、わかるよ。だからこそや。オレは嬢ちゃんに魅入られた。嬢ちゃんが……いや、あんたらが許してくれるなら、嬢ちゃんの側に置いてほしいくらいや」
その言葉を聞いたルベルの顔に怒りが走る。
「お前みたいな殺人鬼を信じろと?」
間者は肩をすくめ、諦めにも似た口調で答えた。
「そんな『信じろ』言うても信じられへんのはわかっとる。やけど、本当はな、こんな状況からでも簡単に逃げ出せるんやで」
「それはどういうことだ」
ルベルの声は冷たく、問いの重みが部屋の空気を引き締めた。
間者はしばらく黙り、観念したように小さく息を吐き、ゆっくりと体の緊張を解いた。
固唾を呑む周囲の視線を受け、間者は説明を分かりやすくするつもりか、身を低くして構えた。
すると茶色い髪の裾から、ふわりと小さな耳が顔を出す。次いで腰のあたりがむずむずと動き、短い尻尾がにゅっと現れた。
「……そら、分かりやすいやろ」
クライは目を見開き、小さく呟いた。
「なるほど……獣人だったか」
ルベルは舌打ちし、淡々と言い捨てる。
「こんなもので縛り上げても、意味はないな」
ばぁやは間者の変化を冷静に見つめたまま、手元の力をわずかに緩める。
だが、拘束は解かない。
間者の猫の姿は小柄ながら、しなやかな筋肉がはっきりと残っていた。
手錠と縄で封じられてはいるものの、爪と体の柔軟さを使えば脱出は容易――それは誰の目にも明らかだった。
間者は肩をすくめ、悔しさと自嘲が混じったような笑みを浮かべる。
「せや。猫に戻れば、すぐに抜け出せるで。お前らも分かっとるやろ?」
ルベルは短く頷き、間者の目を真っ直ぐに射抜いた。
「分かった。――お前は依頼主を裏切れるのか?」
間者は一瞬だけ視線を逸らし、細く目を伏せる。
だが、返答は早かった。
関西弁が、静かな怒りと覚悟を帯びて部屋に響く。
「出来るね。あいつらは、脳まで腐っとる。
それにオレは元々、殺し屋やない。護衛と情報収集が本業や」
エルは眉をひそめ、言葉を選びながら問い返す。
「護衛と情報収集……。では、なぜ殺害を請け負ったのです?」
間者は俯き、声を落とした。
「仕事や。金や。
せやけど……あの嬢ちゃんを見て、変わった。依頼の内容は最初から分かっとったが、現場で見たら、もう無理やった。――殺せへん」
その一言で、部屋の空気がわずかに震える。
ルベルは短く息を吐き、次の言葉を慎重に選んだ。
「本当に裏切るというなら、代償はどうする」
間者は小さく笑い、肩をすくめる。
「オレは、あんたらが欲しがる情報を全部出す。
依頼主の名、動き、繋がり、金の流れ……
それでオレを食い物にしとった連中は潰れるやろ。それで十分や」
ルベルの瞳が鋭く細まる。
ばぁやは表情一つ変えず、間者を見下ろした。
クライはそのやり取りを見つめながら、少年の瞳の奥に宿る覚悟に気づく。
――それは、子供のものではない。
何かを捨てると決めた者だけが持つ、静かな決意の色だった。
最後までご覧いただきありがとうございます
今回は一回で書き終わらないので数回?に分けてエピソードを区切らせてもらいます。よろしくお願いします




