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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
扉の向こうの世界

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18/39

紺の眠りと螺旋の力

胸の奥がじんわりと温かくなる。

ルミエルの想いが強くなるたびに、再封印されたはずの穢魔のオーラが静かに漏れ出し、彼女の身体をゆっくりと包み込んでいく。


だが、それはルベルの穢魔とは違っていた。

本来なら相手を突き刺すような威圧を放つはずの穢魔が、ルミエルにはただ柔らかく、優しく広がるだけだった。


異変に気づいたばぁやが声を上げる。

「ルミエル様、いけません! 止めてください!」


その声には深い理由があった。

人間が穢魔を扱うのは本来極めて危険で、とりわけ幼い少女の身体では耐えきれず壊れてしまう可能性がある。

悪魔なら受け止められる力でも、ルミエルには過酷すぎるのだ。


しかしルミエルには、ばぁやの必死の呼びかけはもう届いていなかった。

胸の奥に灯った温かさと、溢れ出す力に意識はゆっくりと満たされていく。


――どうか、治したい。

病んだ身体を、傷ついた心を、少しでも癒したい。


その純粋な願いが、再び封じられていたはずの穢魔を静かに呼び覚ました。

黒い穢魔のオーラと、光属性の白いオーラが螺旋を描きながら混ざり合い、少女の身体を包む。

しかしその力はルベルの穢魔のように突き刺す威圧を持たず、ただ柔らかく、神聖な光のように屋敷中へ広がっていった。


まるで天使が降り立ったかのように空気が澄み、静かな光だけが部屋を満たしていく。

その中心で、ルミエルは静かに、しかし確かに変化の渦の中にいた。



ばぁやはすぐに異変に気づき、膝の上で眠るルミエルをそっと支えながら声を掛ける。

「ルミエル様、いけません。止めてください」

人間である幼い少女にとって、穢魔を扱う危険性は計り知れない。

悪魔なら耐えられる力も、ルミエルには過酷すぎるのだ。


だが、ルミエルにはその声は届かない。

胸の奥の温かさと、溢れ出す力に意識は満たされ、彼女は静かに、しかし確かに変化の渦中にあった。


黒と白のオーラは次第に混ざり合い、螺旋状の光の渦となって屋敷中に弾けるように広がる。

その光景は、まるで天使が降り立ったかのようで、空気は柔らかく、神聖な静けさに包まれた。


膝の上で眠るルミエルは、力を使い果たしたのか、そのまま深い眠りに落ちる。

小さな手がばぁやの腕に触れ、穏やかに胸が上下する。


ばぁやはその光景を目の当たりにし、自分の身体に起きた変化に気づく。

長年重く感じていた腰や、歳とともに痛みで悩んでいた膝――

そのすべてが、跡形もなく消えていたのだ。


手を触れると、温かさと共に、驚くほどの軽さが伝わる。

それは単なる癒しではなく、ルミエルの願いと力が紡ぎ出した奇跡そのものだった。


膝の上で穏やかに眠る少女の姿を見つめ、ばぁやは小さく呟く。

「……ルミエル様の願いが、世界を変えたのですね……」


屋敷全体が神秘的な光に包まれていた。


夕暮れの柔らかな光が、屋敷の窓から差し込む。

橙色と紫が混ざり合う空の色が、紺色のルミエルの髪に淡く反射し、まるで夜と昼の狭間に浮かぶ幻想のようだった。


ばぁやは膝の上で眠るルミエルをそっと抱き上げ、寝室のベッドに横たえた。

小さな手はまだばぁやの腕に触れ、胸の上下は穏やかだ。

紺色の髪がシーツの上で広がり、夕日の光に艶やかに照らされている。


その瞬間、扉が勢いよく開かれ、ルベルが慌ただしく駆け込んでくる。

「ルミエルはどこだ! あれはルミエルの穢魔だろ!」

普段は冷静沈着な彼も、焦燥と不安で取り乱した表情を隠せなかった。

夕日に照らされた屋敷の空気も、今は張り詰め、未来への不安を映すかのように重く感じられた。

ルベルは膝の上の少女を見つめ、力が狙われることを思うと胸が締め付けられる。


後ろに続いたエルは、理知的な視線を保ちつつも、目の奥には驚きが宿る。

「屋敷中、大騒ぎですよ。風邪が治った、怪我が癒えた、肩こりまで良くなったとか……」

落ち着いた声だが、夕暮れに照らされた屋敷の中で起きた奇跡の大きさに、心の底で戸惑いを隠せない。


クライは腕を見下ろし、驚きと感動の声を漏らす。

「俺の傷痕も綺麗に治った……癒し魔法でも治せなかったのに」

夕日が差す中、自分の手に触れる柔らかな肌の変化に、素直な敬意と驚きが混ざった表情を浮かべる。


ばぁやは落ち着いた口調で、膝からベッドに移したルミエルを優しく支えながら告げる。

「力を使い切って、寝ていますよ」


ルベルはわずかに肩を落とし、安堵の息をつく。

「そ、そうか……」

だが、その胸には未来への重い不安が残る。

この力が知られれば、少女は必ず狙われる――守らなければ、誰にも触れさせてはいけない。


夕暮れに染まる寝室で、ルベルの視線はベッドの上で眠る紺色の髪のルミエルに注がれる。

「……俺が、守る」

膝からベッドに横たわる少女の安らかな寝顔を見つめながら、彼の決意は静かに、しかし揺るぎなく固まった。


夕暮れの光が屋敷の窓から差し込む中、膝からベッドに横たわるルミエルを見つめながら、ルベルは静かに決意を固めていた。

「……誰にも、この力を触れさせはしない」

胸の奥で強く誓ったその瞬間、クライが横目で一言つぶやく。


「なぁ、この娘なら助けられるんじゃないのか?」


その言葉は、ルベルの心を逆撫でた。

「今、何を言った? そんなこと、許されるわけがないだろ!」

ルベルは怒りで声を荒げ、足を地面に踏みしめるようにして、クライの側へと歩み寄る。


クライは動じず、静かに続ける。

「いや、考えてみろ。この娘の力を使えば……今広がっている疫病患者を一カ所に集めることもできる。そうすれば助けられるだろ」


ルベルの頭では、その理屈を理解しないわけではなかった。

今なら、感染情報は王都周辺の町に限られており、まだ大陸全体に広がる前だ。

ルミエルに力を使ってもらえば、多くの命を救うことも可能なのだ。


だが、それを許すことはできない――胸の奥で強くそれを拒む。

「ダメに決まってるだろ!」

ルベルは感情を押し出すようにクライに掴み掛かる。

その瞬間、理知的な顔をしたエルが、鋭い身のこなしで二人の間に割り込む。


「主君、落ち着いてください。団長様の言葉は間違っていません」

冷静に言葉を選ぶエルの声には理性が宿るが、その瞳の奥には怒りと焦りが滲んでいた。

もしこの件が外部の目に触れれば、間違いなくルミエルは政治的に利用される。

それを防ぐためには、今、抑えなければならない――そういう緊張感が全身から伝わってくる。


ルベルは視線をベッドに横たわる紺色の髪の少女に戻す。

その小さな寝顔を守ること――それが今、彼にとって何よりも優先すべき使命だった。

胸の奥で不安と苛立ちが渦巻く中、ルベルの決意は揺るがない。

「……絶対に、誰にも触れさせない」


夕暮れの光が三人の影を長く伸ばし、屋敷内に緊迫した空気を残す。

救うことの可能性と、守ることの使命――その狭間で、三者の想いが交錯していた。


夕暮れの光が屋敷の窓を橙色に染める中、ベッドの上で膝を軽く曲げて眠るルミエルを、ばぁやは静かに見守っていた。

ルベルとクライが声をぶつけ合う中、ばぁやは口を挟む。


「私もルミエル様の能力を見せるのは反対です。でも、治療薬を作る時間も惜しいのも事実です。なので、そこの人物に聞くのはどうですか?」


ばぁやの視線の先、屋敷の外窓際に身を潜める人物――外から屋内の会話を盗み聞きする間者の影がある。

魔力は使えない。だからばぁやは腕力と判断力だけを頼りに行動する。


彼女は静かに窓際に近づき、間者の動きを観察する。壁沿いに身を潜める間者は、隙間から室内の様子をうかがっていたが、完全に隠れてはいない。ばぁやは窓枠を強く押し割り、ガラスの破片が床に散る音とともに冷たい夕風が室内に流れ込む。


驚いた間者が振り向く瞬間、ばぁやは外套の裾を掴み、腕力と体重を使って相手を引き寄せる。間者は逃げようと足を踏み外すが、窓の開口とばぁやの制御で自由はない。片手で肩と腕を押さえ、もう一方の手で裾を押さえつける。


「ここで動いても無駄です」

ばぁやの声は冷静だが威圧感は十分。間者は荒い息を漏らし、身動きが取れなくなる。


間者を押さえたまま、ばぁやはルミエルの眠るベッドのそばまで引き寄せる。ルミエルは紺の髪を枕に広げ、安らかに寝息を立てている。

ルベルは緊張を抑え、クライは腕を組んで状況を観察し、エルも間者の外套や小物を確認する。


「今はまず話を聞きます。ですが、外に知らせることはさせません。魔力が使えなくても、物理で抑えられます」

ばぁやは窓際で間者を押さえつけ、ベッドの上のルミエルを守りながら、静かに状況を掌握していた。


夕暮れの光が窓の破片に反射し、室内の緊張感を淡く照らす。魔力に頼らずとも、ばぁやは確実にルミエルを守る役割を果たしていた。


夕暮れの光が屋敷の窓を橙色に染める中、ばぁやは窓際で間者をしっかりと押さえつけていた。魔力が使えなくても、腕力と落ち着いた判断力で相手を完全に制御している。間者は荒い息を漏らし、必死に抵抗しようとする。


「わかったわ…はなせや…なにもせえへん。バァーさんやのに、めっちゃ力あるやんか!」

間者が驚きと恐怖を混ぜた声で言う。


ばぁやは冷静なまま、押さえつけながらルベルに指示を飛ばす。

「この間者を確実に拘束してください。手錠を持ってくるよう使用人に伝えてください」


ルベルは頷き、使用人が手早く駆け出す。


「この方は先代様の護衛権補佐官をされてましたから。当時は主君よりお強かったのです」

エルがさらりと付け加える。言葉の端に尊敬の色がにじむ。


隣にいたクライは思わず目を見開く。

「それは、すごい婆さんやなぁ。」

幼さを残す口調ながらも、ばぁやの威圧感と力を称える声だった。


間者は暴れようとするが、使用人が駆けつけ、手錠を腕に嵌めると、ついでに足も縛り上げられた。身動きが完全に封じられ、逃走の可能性は消えた。


「話はここまでにして、そろそろ正体でも見せてもらうか」

クライが低く呟き、間者のフードを一気に引き剥がす。


そこに現れたのは、茶髪に栗色の瞳をした、まだ幼さの残る少年の姿だった。顔立ちは整っているが、幼さゆえに柔らかい印象もある。


「ずいぶん若いな…」

クライは少し言い辛そうに、だが率直に感想を漏らす。


間者――いや少年――は、縛られた手足を見下ろしながら、悔しそうに舌打ちをする。

「しゃーないな…お前らに捕まるとは思わんかったわ」

「そないな冷たい目で見んといてや…何もせえへんって言うたやんか…」


周囲の視線が少年に集中する。ばぁやは押さえたまま、冷静に状況を見守り、ルミエルのベッドの上では紺の髪を揺らす寝息が静かに続く。

ルベルは緊張を抑えつつ、少年の動きと表情を見逃さない。エルも静かに眉を寄せ、情報を分析する視線を向ける。

手錠と足の拘束で逃げられない間者は、静かに、だが確実に状況の重さを理解しているようだった。


夕暮れの光が屋敷の窓を橙色に染める中、紺の髪を布団に広げ、ベッドで眠るルミエルを、ばぁやは慎重に抱き上げた。

「ルミエル様、今から安全な部屋へ移動します。もう誰にも触れられません」


ルベルが緊張を抑えつつ頷く。

「安全な部屋まで、迅速に」


ばぁやはルミエルを抱え、慎重に廊下を進む。寝息を立てる紺の髪の少女を、まるで守るかのように抱きかかえる。

クライも背後で警戒し、間者が何か企てないか目を光らせる。




ばぁやは安全な別室でルミエルをベッドに寝かせ、布団を整えた。

「ここなら、もう誰も邪魔できません」

ルミエルは紺の髪を広げ、安らかな寝息を立てる。部屋の中は穏やかで、外の緊張とは対照的だ。


ルベルはルミエルの安全を確認した後、間者のいる部屋に視線を戻す。

「間者をこのまま拘束しておけ」

クライもうなずき、手足の拘束を再確認する。


間者は廊下越しに遠くからルミエルの姿が見えないことを理解し、苛立ちを隠せない。

「くっ…でも、ルミエル様に触れられへんのはしゃーないな…」

少年の声は震え、悔しさと不満が入り混じる。


ばぁやは手を緩めず、落ち着いた声で言う。

「ここから逃げることはできません。まずは話していただきましょう」


屋敷の外からかすかな足音が聞こえ、緊張が部屋を包む。

ルミエルは安全な別室で眠り続け、間者はルミエルの元の部屋で拘束されたまま。

――情報を聞き出す瞬間はまだ訪れていない。次の夜明けが、その時を運ぶだろう。

今回のエピソードでは、ルミエルの秘めた力が初めて姿を現し、膝の上で眠る小さな少女の願いが屋敷中に広がる奇跡の瞬間を描きました。

ばぁやとルベルは守る立場で緊張感を抱え、力を使い切ったルミエルを見守ります。


しかし、クライは現実主義者として、ルミエルの力をどう活かせるかという視点を持っています。

その対立や緊張が、次回以降の物語の大きな軸となるでしょう。


次回は、屋敷に潜む間者との対峙が本格化。

ルミエルは安全な別室に移されますが、彼女の力をめぐる思惑と、現実主義者たちの策略――屋敷に新たな緊張が走ります。


どうぞお楽しみに。


ブクマ、コメントよろしくお願いします。

Xにて後日、紺の眠りと螺旋の力で

ルミエルがはっきりした力の発動週間を挿絵で載せるかも?しれません


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