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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
扉の向こうの世界

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まだ形にならぬ力

執務室の重厚な扉を閉めると、ルベルは深く息をついた。

前回の確認で、少なくとも穢魔エマは結界の中でも作用することが分かった――その事実が、今の会議の焦点だ。


エルは少し息を整え、ルベルの視線に合わせる。

「結局、私たちが頼れるのは穢魔だけ、ということですか……?」


騎士団長は机に手を置き、真剣な表情で頷く。

「その通りだ。ルベル殿自身は魔力を扱えぬ。戦力として使えるのは、あくまで穢魔エマだけだ」


ルベルは机に手をつき、低く言葉を紡ぐ。

「穢魔は、通常の悪魔や人間とは性質が違う。闇魔法に関しては圧倒的な力を発揮できるが、回復や浄化などの聖魔法――光の力――は一切使えない」


エルが眉をひそめ、声を潜める。

「戦う力はあるけれど、支援や治癒はできない……」


「そうだ」

ルベルは静かに頷く。

「つまり、私が指揮できるのは闇の力だけだ。それでも正しく扱えば、闇の戦場ではほとんど無敵に近い力を発揮できる――だが、万能ではない」


騎士団長は腕を組み、深く息をついた。

「なるほど……制約を理解した上で戦術を組む必要があるな。光の力が効かない場所で、穢魔の力がどれだけ頼れるか……慎重に検討せねばならん」


ルベルは机の書類に目を落としながらも、視線の端で黒い渦を思い浮かべた。

あの力が確かに存在する――しかし、頼れるのは穢魔だけ。

現実は残酷だが、だからこそ慎重に、しかし大胆に進むしかない。


部屋には、力の可能性と制約が交錯する静寂だけが、深く響いていた。


エルはふと、あることを思い出した。

「ここの国にいる天使たちは、いったい何をしているのですか? 穢魔エマが使えるなら、聖焔セイエンなら使えるのではないですか」


クライは困ったように唸り、肩を落とす。

「教会の……奴らがうるさいんだよ。悪魔と違って、天使は人間から信頼を得てる。特に教会からな。聖焔セイエン自体、扱えるものが少なすぎるんだ。だから、神みたいに祭り上げられてしまって――下級の兵や一般民に使うのはもったいないとか、勝手な理屈をこねるんだ」


ルベルは腕を組み、静かに視線を前に固定した。

聖焔セイエンは天使族に宿る特有の魔力だ。穢魔エマが闇魔法に特化してるのと同じで、扱えるのはほんの一握り。戦闘向きじゃなくて、回復や浄化、瀕死者の復活に力を発揮するんだ」


エルは目を見開き、少し口を開く。

「瀕死者まで……そんな魔力があるのですね……」

その言葉を言い終えると、無意識に手を重ねて前に置き、肩を小さく震わせた。まるで怒りや苛立ちを抑えるように。


クライが小さく苦笑いし、肩をすくめる。

「天使と悪魔はお互い信用してないからな。穢魔を扱う悪魔は嫌われるし、天使は光の力を信頼してない。だから、本当に使える天使はほとんどいない」


ルベルは黒い渦を指先に思い浮かべ、低く言った。

「力を使える天使は一握りだ。さらに使うと、使い手の体力や精神力に大きな負荷がかかる。軽い傷ならすぐに治せるが、疫病や大怪我を治すとなると、かなり覚悟がいる」


エルは少し唇を噛み、視線を床に落とす。

「なるほど……光の援護は理論上は存在しても、現実にはほとんど望めないのですね。だから、私たちは穢魔エマに頼るしかないのですか」


ルベルは静かに頷き、黒い渦と光の炎を交互に思い浮かべる。

「そうだよ。闇の力は制約こそあるけど使える。でも光の力、聖焔セイエンは存在しても、現実の戦略にはほとんど届かない――その差が、この国の戦局を左右してる」


部屋には再び静寂が訪れた。

闇と光、両方の力が意識されることで、三人の胸には次の行動を考える重みと覚悟がしっかり刻まれていた。

クライは小さく舌打ちし、天使と悪魔の険悪な関係を思わせる仕草で腕を組み直した。

エルは小さく息をつき、静かにそれを見守る。


「そう考えれば、ルミエルはすごいですよね」

エルが突然、目を輝かせて口を開いた。声には驚きと純粋な称賛の混じった色がある。


ルベルは軽く眉をひそめ、少し戸惑いながらも口調が柔らかくなる。

「何がすごいんだ。あの子は特別な子だ。常人と同じ扱いをするな」


小さく肩をすくめ、親バカを隠せない様子がにじみ出る。

「こいつの娘が凄いとはどういうことだ?」

クライは怪訝そうに眉を上げる。


エルは少し得意げに笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「ルミエルは魔力診断をしに行ったのですが、面白い結果が出ましてね」


クライは興味ありげに頷く。

「それはどんな結果だったのか、気になるな」


エルは軽く手を組み、目を細めて嬉しそうに話す。

「水属性、風属性、闇属性の結果の他に光属性も出ていました。そして――悪魔しか持たない穢魔も備えているんです」


ルベルは自然と鼻が高くなる。心の中で、娘の特別さを誇らしく思った。

「なんだ、それ! あり得ないだろ! 闇と光を両方持つ事例なんて聞いたことがないぞ! しかも、悪魔しか持たない穢魔まで――ルベルの娘は悪魔じゃないのか!」

クライは目を見開き、口元を押さえるように驚いた。


ルベルは穏やかに、しかし力強く頷く。

「人間だ。だから、特別な子だと言ったんだ」


エルは嬉しそうに小さく息をつき、目を輝かせたまま続ける。

「だから、私はつい褒めたくなったんです。普通の子なら到底持てない力を、ルミエルは既に身につけているのですから」


ルベルは少し照れたように目を細め、しかし娘を守る気持ちは変わらない。

「だが、力だけじゃない。強さも、優しさも、あの子は全て特別なんだ」


クライは二人のやり取りを見つめ、驚きと共にため息をつく。

「……なんというか、親子揃ってややこしいな。でも、確かにすごい子だ」


部屋には、誇らしさと称賛、そして少しの戸惑いが混ざった温かい空気が漂った。

闇と光、悪魔の力と人間の資質――そのすべてが一つに収まったルミエルの存在が、この瞬間、三人の心に鮮やかに刻まれたのだった。


「しかし……そうなると……」

クライが眉を寄せ、静かに唸った。声には不安と疑念が混ざっている。


「ただの人間の子供じゃないだろう」

その言葉に、ルベルの眉に深い皺が寄る。目の奥には、娘の特別さへの驚きと警戒心が垣間見えた。


「それは、その内調べる」

ルベルは低く言いながら、机を軽く叩く。

「闇と光が、あの子の中で半端に収まることは許されない……だからな」


エルは手を小さく叩き、思考を整理するかのように言った。

「今の所、感染者は隔離されていますので、この町で蔓延することはないでしょう。

しかし……何人が命を落とすことになるのかは、想像するしかありません」


ルベルは遠くの窓を見つめ、静かに頷く。

「中央の貴族共も、バレないと思って行動しているだろう。

そうなると……調べるのは……」


言葉を途切れさせ、ため息混じりに頭を抱えるルベル。

書類や地図、魔力の残響の合間で、三人の思考が静かに交錯していた。


執務室は静まり返っていた。

その沈黙の中、ふと穢魔エマの気配が漂った。


次の瞬間――光と闇が交わった穢魔が、執務室内を駆け巡る。

ルベルは一瞬で気づき、直感的に「あれはルミエルの穢魔だ」と理解した。


近くにいたクライ

が思わず叫ぶ。

「なんだ、今の……俺の腕にあった古傷が、綺麗に消えてる!」


言葉を言い終える前に、ルベルは執務室から飛び出し、ルミエルの部屋へと駆け出した。



少し前に遡る――


ルミエルはばぁやに魔術書を読んでもらっていた。

書かれている内容は難解で、専門用語も多い。しかし、ばぁやは優しく簡単に説明する。


「ルミエル様、魔術書は本来、魔術が未熟な者が見るものです。初心者であれば、術の名前を唱えなければ発動できません。ですが、使い手になればイメージだけで、このように使いこなせるのですよ」


ばぁやは人差し指に水を集め、可愛いうさぎの形を生み出す。

数秒後、その水のうさぎは弾け、光と水の輝きだけを残した。


「魔力が阻害されていても、熟練した悪魔であれば、一瞬で発動できます。さらに、悪魔は人間より強力な魔力を持つので、イメージだけで何でもできるのです。ルベル様の瞬間移動も、同じ原理ですよ」


ルミエルは目を輝かせ、集中してばぁやの説明を見つめた。



「しかし今は魔力阻害も受けていて、ルミエル様の穢魔も再封印されていますので、使うのは難しいかもしれませんね」

ばぁやは柔らかく声をかけながら、魔術書をテーブルに置く。

「でも、イメージトレーニングは大事ですよ」


そう言うと、ばぁやはルミエルを膝の上に優しく抱き上げる。

その小さな体を包むように膝に座らせ、視線を合わせる。


「ルミエル様は光属性も使えるそうですね。優しいルミエル様にはぴったりです」

ばぁやは微笑み、手のひらで空気を柔らかく撫でるようにして説明を続けた。

「光属性には癒しの力もあります。傷を癒すことも、疲れを和らげることもできるのです」


ルミエルは小さくうなずき、目を輝かせてばぁやを見上げる。


「ルミエル様、今どんな魔法を使いたいですか?」

ばぁやは優しく問いかけ、ルミエルの想像力を引き出すように手を差し伸べた。

「どんなことでも構いませんよ。イメージすることが、力を育てる第一歩です」


ルミエルは少し考え込み、手をゆっくり握る。

小さな胸の中で、光と闇、二つの力が静かに渦巻く。

膝の上の温もりとばぁやの優しい声が、彼女の魔力を引き出す準備を整えていた。



ルミエルは、これまで受けた優しさを思い返した。


ルベルの腕に包まれ、痛む体を丁寧に治してもらったこと。

初めて触れた「優しい世界」の温もりが、胸の奥で静かに広がる。


エルの笑顔と、宿で用意してくれたご飯。

いつも変わらず笑いかけてくれるその姿に、心がじんわりと温かくなったこと。


屋敷に来れば、ばぁやがそっとそばにいてくれた。

「お母さんがいたら、きっとこんな感じなのだろう」と、心の中で思った。


ルミエルはその優しさのひとつひとつを胸に刻みながら、願った。

みんなの傷が癒え、病が消え、心までも温かくなりますように、と。


小さな胸の中で、光と闇の力が静かに渦を巻く。

その想いは、まだ形にはならない――けれど、確かに力となり始めていることを、ルミエルは感じていた。


そして、次の瞬間、何かが起ころうとしていることも――彼女の胸は小さく高鳴った。

最後まで見ていただきありがとうございます


数時間前にXにてルベルの自己紹介文更新してます。イメージイラストも変更してます


また、次回もお楽しみください

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